24話 第三の道〈残り10時間〉
夜。長の家のいろりのまわりに、また、村の者たちが集まった。
遥は、峠のお堂で見たことを、ぜんぶ話した。黒谷の、ひびわれた田んぼ。空の桶をさげた子どもたち。玄蕃の、ふるえていた指先。
話しおえると、だれも、口をきかなかった。
「……あっちも、苦しいんだな」
弥平が、ぽつりと言った。
「けどよ、お遥さま。両方が生きのびる道なんて、ほんとに、あるのかね。龍の口の泉は、うちの村だけで、ぎりぎりなんだぜ」
遥は、答えられなかった。
心の中で、ノヴァ1に聞いた。
(ノヴァ1。両方の村が、生きのびる案を、出して)
[承知しました。……案を、三つ、出します。一、泉の水を、半分ずつに分ける。ただし、両方の田が、半分しか育たず、両方が冬を越せない可能性があります。二、両方の村を、ひとつに合わせる。ただし、もめごとが起きる可能性が高いです。三――]
どれも、どこかで、だれかが、がまんしなければならない案だった。
(……なんか、ちがう)
[どのように、ちがいますか]
遥は、言葉につまった。どうちがうのか、うまく言えない。ほしいのは、こういうのじゃない。でも、じゃあ、どういうのがほしいのか。
〈遥。……「こういう感じ」って、何か、見せてあげられるもの、ある?〉
ノヴァ2が聞いた。
◇ ◇ ◇
「おたね婆さま」
遥は、いろりの向こうの、いちばん年寄りの女の人に、声をかけた。
「むかし、この村で、水のことで、もめたことって、ありましたか。……それが、うまくおさまったことは」
おたね婆さんは、しわだらけのまぶたを、ゆっくりと、しばたたいた。
「あったともさ。わしが、まだ、娘っこのころ。40年も前の、ひどい日照りの夏だよ」
おたね婆さんは、いろりの火を見つめながら、語りはじめた。
「そのときは、下の、川向こうの村と、もめたのさ。どっちも、水がほしい。どっちも、ゆずれない。とうとう、男衆が、鍬をもって、にらみあった。……そのとき、川向こうの村の長が、言ったんだよ。『おまえさんたちの村には、水がある。わしらの村には、石を切る腕がある。水と腕を、とりかえっこしようじゃないか』って」
「とりかえっこ……」
「そうさ。こっちは、水を、日をきめて、分けてやった。かわりに、あっちの石工たちが、こっちの村に、石の水路をつくってくれた。それまで、半分は地面にしみこんでむだになってた水が、石の水路のおかげで、ぜんぶ、田んぼまで、とどくようになったんだ。……結局、水を分けても、こっちの田には、前より、たくさんの水が来た」
おたね婆さんは、にやりと笑った。
「足りないもの同士でも、ちがうものを持ちよれば、足りるようになることも、あるんだよ」
遥は、息をのんだ。
ちがうものを、持ちよる。
黒谷は、水がない。けれど、黒谷には、何がある。
◇ ◇ ◇
(ノヴァ1)
遥は、心の中で、言った。
(さっきの案、ぜんぶ、やりなおして。……むかし、この村でやった、こういうおさめ方に近い案を。水を分けるかわりに、相手の得意なことを、もらう。足りないもの同士が、ちがうものを持ちよって、足りるようになる。そういう形の案を、出して)
[……承知しました。例を、受けとりました。その形にそって、再計算します]
少しの間があった。
[案を、一つ、出します。黒谷の忍びは、「土遁の術」――地面を掘り、山の中に道をつくる技にすぐれています。龍の口の泉の水は、峠の地下の岩のすきまから、わきだしています。記録によれば、峠の北側の岩の奥にも、まだ、だれも掘りあてていない、水の通り道がある可能性があります。
水無瀬は、黒谷に、当分のあいだ、泉の水を、日を決めて分ける。そのかわりに、黒谷の忍びは、その土遁の技で、峠の北の岩を掘り、新しい水の通り道をさがす。見つかれば、その水は、両方の村で使う。……成功すれば、両方の村の水が、今より、ふえます]
遥は、目を見ひらいた。
さっきの三つの案とは、まるでちがった。だれかが、がまんするのではない。ちがうものを重ねて、新しい道をつくる案だった。
(言い方……ううん。見せ方を、変えただけなのに)
〈例があると、形がわかるんだね〉
ノヴァ2が言った。
〈それに、遥。この案は、ノヴァ1だけのものじゃないよ。おたね婆さんの40年と、黒谷の人たちの技と、遥の「だれも犠牲にしない」が、いっしょになって、できたんだ〉
◇ ◇ ◇
その夜おそく、遥は、もう一度、峠のお堂へ向かった。
こんどは、吾作と弥平と、甚八の弟の平太が、いっしょだった。平太は、おたね婆さんを背負っていた。
お堂には、玄蕃と、黒谷の年寄りたちが、待っていた。
遥は、案を話した。水を、日を決めて分けること。そのかわりに、黒谷の忍びが、峠の北を掘ること。新しい水が出たら、両方で分けること。40年前の、おたね婆さんの話も。
話しおえると、黒谷の年寄りのひとりが、ふるえる声で言った。
「……北の岩の奥か。たしかに、むかしから、岩に耳を当てると、水の音がすると、言いつたえがある」
玄蕃は、腕を組んで、長いあいだ、考えていた。
やがて、遥の前に、手をさしだした。
「その道、乗った」
遥は、玄蕃の手をにぎった。ごつごつした手。今は、もう、ふるえていなかった。
お堂の外で、夜風が、杉の木を、さわさわとゆらした。
――そのときだった。
遠くで、かん高い、指笛の音がした。
玄蕃の顔色が、変わった。
「……蛇蔵か」
玄蕃が、立ちあがった。
「おれの配下の、片目の男だ。今度のことで、もとから、おれのやり方に、文句を言っていた。……あの指笛は、夜討ちの合図だ」
遥の背中に、つめたいものが走った。
「夜討ちって……どこを」
玄蕃は、遥の目を、まっすぐに見た。
「水無瀬だ」
峠の向こう、水無瀬村の方角の夜空が、ぼんやりと、赤く、そまりはじめていた。




