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パラレル・トラベラー ”72時間だけ、もう一人の異世界のわたし”  作者: Hamin
第6章 誰も犠牲にしない戦い

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23話 勝ち負けの外側〈残り18時間〉

 昼すぎ、遥《はるか》は、ひとりで、山道をのぼっていた。


 水無瀬村《みなせむら》と黒谷のあいだにそびえる、峠《とうげ》の上の、古いお堂。そこに、鬼塚玄蕃《おにづかげんば》が、来るはずだった。


 朝のうちに、遥は、黒谷へ、使いを出していた。「夜明けの返事の前に、一度、長どうしで、話がしたい」。返事は、すぐに来た。木の札に、たった一言。『峠の堂にて。ひとりで来い』。


 村人たちは、とめた。わなに決まっている。殺されに行くようなものだ。


 けれど、遥は、行くと決めた。


 ノヴァ1が、うるさいほど、危険をならべた。それでも、遥は、足を止めなかった。


[危険度、推定78%です。お遥《はる》さまのおからだに、もしものことがあれば、ルール2に――]


(わかってる。……でも、話もしないで、戦うか、ゆずるかを決めるのは、もう、いやなの)


〈遥。こわい?〉


(こわいよ)


〈うん。こわいままで、いいと思う〉


 山道は、けわしかった。42歳《さい》のひざが、一歩ごとに、きしんだ。汗《あせ》が、こめかみをつたう。杉《すぎ》の木立の中は、ひんやりとして、しめった土と、松やにのにおいがした。どこかで、きつつきが、木をたたいていた。


 とん、とん、とん。


 遥は、指先で、耳たぶを、たたいた。


◇ ◇ ◇


 峠の上に出ると、急に、視界がひらけた。


 遥は、思わず、足を止めた。


 峠の向こう側。黒谷の村が、見おろせた。


 畑が、ひびわれていた。


 田んぼの土は、白くかわき、亀《かめ》の甲羅《こうら》のように、さけ目が走っている。稲《いね》は、茶色く枯《か》れて、たおれていた。村の真ん中の井戸のまわりに、人が集まっている。桶《おけ》をさげて、長い列をつくっている。


 そして、その列の中に、子どもたちがいた。


 やせていた。腕《うで》も、足も、枝のように細い。小太郎《こたろう》と同じくらいの年の男の子が、空の桶をさげて、地面にすわりこんでいた。


 遥は、のどの奥《おく》が、からからになった。


(……黒谷も、水がないんだ)


[黒谷の水源は、2年前から、枯れてきたと推定されます。……この地域の泉は、どれも、年々《ねんねん》、水の量が減っています]


 年々、減っている。


 遥は、魔法王国《まほうおうこく》の大時計を思いだした。消えていく糸。かえらない竜《りゅう》の卵。


 この山の泉も、何かに、少しずつ、しぼられているのだろうか。


◇ ◇ ◇


 お堂の中は、うす暗かった。


 くもの巣の張った、古い仏像の前に、ひとりの男が、あぐらをかいてすわっていた。


 思っていたよりも、ずっと、若かった。30歳くらいだろうか。日に焼けた顔に、左のほおから口もとにかけて、古い刀傷が走っている。目は、するどかった。けれど、その下には、何日も眠《ねむ》っていないような、深いくまがあった。


 鬼塚玄蕃だった。


「ほう。本当に、ひとりで来たか」


 玄蕃は、遥を、じろりと見た。


「甚八《じんぱち》の嫁《よめ》は、きもがすわっていると聞いていた。うわさどおりだな」


 遥は、玄蕃の向かいに、すわった。ひざが、ふるえないように、両手で、ぎゅっとおさえた。


「峠から、黒谷が見えました」


 玄蕃の目が、ほんの少しだけ、細くなった。


「子どもたちが、空の桶を持って、ならんでいた」


「……だから、どうした」


「だから、水がほしいんですよね。焼きはらいたいんじゃなくて」


 お堂の中が、しんと、静まりかえった。


◇ ◇ ◇


 玄蕃は、長いあいだ、だまっていた。


 やがて、ふっと、息をはいた。それは、笑いにも、ため息にも聞こえた。


「……2年だ。黒谷の泉が減って、2年。あちこちの村に、水を分けてくれと、まわった。どこも、門前ばらいだった。自分たちの水も、足りないからとな」


 玄蕃は、自分の手のひらを見つめた。


「頭を下げても、だめなら、うばうしかない。……忍《しの》びの頭として、村の者を、これ以上、飢《う》えさせるわけには、いかんのだ」


 遥は、玄蕃の手を見た。ごつごつした手。けれど、その指先は、かすかに、ふるえていた。


 この人も、こわいのだ。


 セレスティアと、同じだった。首席でいつづけることを、こわがっていた、あの子と。


「わたしも、村の長です」


 遥は、言った。


「水無瀬の泉を、まるごと、ゆずることは、できません。そうしたら、今度は、うちの村の子どもたちが、空の桶を持って、ならぶことになるから」


 玄蕃の目が、けわしくなった。


「では、戦うしかないな」


「いいえ」


 遥は、まっすぐに、玄蕃を見た。


「わたしは、あなたに勝ちたいんじゃない。あなたにも、負けてほしくない。……水無瀬も、黒谷も、両方、生きのびる道を、さがしたいんです」


 玄蕃は、目を見ひらいた。


「そんな都合のいい道が、どこにある」


「まだ、わかりません。でも、さがしもしないで、どっちが勝つか負けるかだけを決めるのは、もう、やめたい」


 遥は、膝《ひざ》の上で、こぶしをにぎった。


「それでも、もし、その道が、どうしても見つからなかったら。……そのときは、わたしは、この場所を去ります。泉もゆずらないし、戦いもしない。村の者をつれて、別の場所へうつる。だれかを犠牲《ぎせい》にする約束だけは、むすばない」


[……遥さま。その選択肢《せんたくし》は、わたしの計算にはありませんでした]


 ノヴァ1が、小さく言った。


 玄蕃は、しばらく、遥の顔を見つめていた。それから、くつくつと、のどの奥で、笑いだした。


「おもしろい。……泉もゆずらん、戦いもせん、村をすててでも、だれも死なせん、か。甚八の嫁は、とんでもない女だな」


 玄蕃は、立ちあがった。


「よかろう。夜明けまで、待ってやる。それまでに、その、両方が生きのびる道とやらを、持ってこい。持ってこられなければ――」


 玄蕃は、お堂の戸を開けた。外の光が、さあっと、なだれこんできた。


「そのときは、そのときだ」


◇ ◇ ◇


 山道をくだりながら、遥は、ずっと考えていた。


 勝つか、負けるか。ゆずるか、うばうか。


 遥の毎日も、いつも、そうだった。店長に怒《おこ》られるか、怒られないか。専門学校で、ほめられるか、けなされるか。陽菜《ひな》に、勝つか、負けるか。


 だから、負けそうになると、逃《に》げた。勝てない勝負から、いつも、その場所を、去ってきた。


 でも、それは、今日の「この場所を去る」とは、ちがう。


 あれは、ただ、逃げていただけだった。


 ふたりとも勝つ道を、最後まで、さがしたうえで、それでもだめなら、去る。それは、逃げることとは、まるでちがう。


〈遥〉


 ノヴァ2の声がした。


〈ちゃんと、話、聞けたね〉


(……うん)


 峠の木立のすきまから、水無瀬村が見えた。夕方の光の中で、田んぼの稲が、風に、さわさわと、ゆれていた。


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