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パラレル・トラベラー ”72時間だけ、もう一人の異世界のわたし”  作者: Hamin
第5章 母親になった私

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22話 敵の砦からの使者〈残り24時間〉

 3日目の朝。


 水無瀬村《みなせむら》の門の前に、黒い装束の男が、ひとり、立っていた。


 顔の半分を、黒い布でおおっている。背中に、短い刀。音もなく、気配もなく、まるで、朝もやの中から、いきなりわいて出たようだった。


 村の男たちが、鍬《くわ》や鎌《かま》を手に、遠まきにしていた。


「水無瀬の長に、お伝えしたい」


 男は、低い声で言った。


「黒谷の頭、鬼塚玄蕃《おにづかげんば》さまからの、ことづてである」


 遥《はるか》は、お鈴《すず》をだいたまま、門の前に出た。腕《うで》の中のお鈴が、知らない男を見て、ぐずりはじめる。


「わたしが、長です」


 男は、遥を、じろりと見た。


「泉の水を、黒谷に、ゆずってもらいたい。龍《たつ》の口の泉を、まるごと」


 村人たちが、どよめいた。


 龍の口の泉は、水無瀬村の、たったひとつの水源だった。きのう、遥が、吾作《ごさく》と弥平《やへい》のために、水門にしるしをつけた水路も、その泉から引いているのだ。


「そんなことをしたら、この村の田は、ぜんぶ、枯《か》れてしまう」


「それは、そちらの事情」


 男は、表情ひとつ変えなかった。


「明日の夜明けまでに、返事をいただく。断れば、夜明けとともに、この村を、焼く」


 それだけ言うと、男は、一歩うしろにさがった。次の瞬間《しゅんかん》、白い煙《けむり》が、ぽん、とはじけた。煙が晴れたとき、男のすがたは、もう、どこにもなかった。


 お鈴が、火がついたように、泣きだした。


◇ ◇ ◇


 話しあいの前に、遥は、ひとりで、龍の口の泉へ行った。


 村の裏の、苔《こけ》むした岩場だった。岩に、竜《りゅう》の頭のような形が、ほりこまれている。その口から、水が、ちょろちょろと流れ出て、小さな池にたまっていた。水は、手が切れそうなほど、つめたく、すきとおっていた。


 泉のまわりの岩に、横に、何本もの線が、きざまれていた。


 よく見ると、線の横に、小さく、年の数が、ほられている。いちばん上の線は、ずっと古い年。その下に、少し新しい年。さらに下に、もっと新しい年。


[村人が、毎年の水の高さを、記録してきたもののようです。……線は、年々《ねんねん》、下がっています。この十年で、水の量は、およそ半分になっています]


 遥は、いちばん下の、まだ新しい線に、指でふれた。ひんやりとした、岩の手ざわり。


(……ここでも、何かが、へっていってる)


 大時計の、消えていく糸。かえらない、竜の卵。そして、年々、下がっていく、泉の線。


 遥は、冷たい水を、両手ですくって、顔をあらった。


 考えなければ、いけない。夜明けまでに。


◇ ◇ ◇


 村の長の家に、村の主だった者たちが、集まった。


 いろりのまわりに、男も女も、年寄りも、ぎっしりとすわっている。みんなの顔が、青ざめていた。


「戦うしかねえ!」


「相手は、黒谷の忍《しの》びだぞ。こっちの男衆は、10人もいねえ。甚八《じんぱち》さまも、いねえのに」


「だったら、泉をゆずるのか。田が枯れたら、冬を越《こ》せねえ。どっちにしろ、死ぬんだ」


 声が、いりみだれた。


 遥は、いろりの火を、じっと見つめていた。


 耳の奥《おく》で、ノヴァ1の声が、すずしく、ひびいた。


[状況《じょうきょう》を分析《ぶんせき》しました。黒谷の戦力は、推定で忍び30名。水無瀬村の戦える者は、12名。正面から戦った場合の勝率は、9%です]


 遥は、くちびるをかんだ。


[しかし、勝率を上げる方法があります。村の東の谷に、戦えない村人18人に武器を持たせ、おとりとして配置します。黒谷の忍びを、そちらに引きつけているあいだに、残りの者で、鬼塚の本陣(じん)を、背後からおそいます。この攻略《こうりゃく》で、勝率は、82%まで上がります]


「……おとりになった人は、どうなるの」


[おとりの生存率は、推定で、15%です]


 遥の、背すじが、冷たくなった。


[村全体の生存者数を、最大にする作戦です。数の上では、これが、最適解です]


 ノヴァ1の声は、まちがっていなかった。数字は、うそをつかない。


 けれど。


 遥は、いろりのまわりの顔を、ひとつひとつ見た。吾作。弥平。おたね婆《ばあ》さん。井戸ばたの女たち。そして、遥の着物のすそを、ぎゅっとにぎっている、小太郎《こたろう》。


 この中の、だれを、おとりにするのか。


◇ ◇ ◇


「ノヴァ1」


 遥は、心の中で、ゆっくりと言った。


「勝つ方法を、教えて」


[先ほどの――]


「ちがう。……条件がある」


 遥は、息をすった。


「勝つ方法を。ただし、だれも、犠牲《ぎせい》にしない」


 ノヴァ1が、だまった。


[……その条件では、先ほどの作戦は、使えません]


「うん。だから、聞いてる」


[条件を、くわしく教えてください。「犠牲」には、どこまでがふくまれますか。村人だけですか。それとも、黒谷の者も、ふくまれますか]


 遥は、はっとした。


 黒谷の者。


 水をよこせ、と言ってきた、敵。焼きはらう、と言った、敵。


 遥は、しばらく考えた。それから、自分でもおどろくほど、はっきりと答えた。


「……ふくむ。黒谷の人も、ふくむ」


[承知しました。条件を、更新《こうしん》します。「水無瀬村と黒谷の、だれも犠牲にしない」。……再計算します。現時点で、この条件を満たす作戦は、わたしのデータの中には、ありません]


〈……でも、ないって決まったわけじゃ、ないよね〉


 ノヴァ2が、そっと言った。


〈条件を書いたから、答えが変わった。まだ、だれも、さがしていない道が、あるのかもしれない〉


 遥は、顔をあげた。


 いろりのまわりの村人たちが、遥の顔を、じっと見ていた。


 さっきまで、おとりの話をしていたノヴァ1の声は、もちろん、だれにも聞こえていない。けれど、遥には、わかっていた。ここにいる人たちは、さっき、遥が、その作戦を選ぶかもしれなかったことを、知らない。


 遥は、ゆっくりと、立ちあがった。


「その攻略は、選ばない」


 村人たちが、ぽかんとした顔をした。


「攻略……?」


 遥は、あわてて、言いなおした。


「……戦わない。おとりも、出さない。明日の夜明けまでに、べつの道を、さがす」


 しんと、静まりかえった。


 やがて、おたね婆さんが、しわだらけの顔で、ふっと笑った。


「そうかい。……それでこそ、甚八の嫁《よめ》だ」

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