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パラレル・トラベラー ”72時間だけ、もう一人の異世界のわたし”  作者: Hamin
第4章 竜の王との戦い

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16話 暴走する竜たち〈残り20時間〉

 翌朝の、ならし飛行。


 王都の上空に、竜騎士隊《りゅうきしたい》の竜たちが、二列にならんで舞《ま》いあがった。祭りのための、最後の練習だった。


 下の王都では、すでに祭りの準備が始まっていた。屋根から屋根へ、赤や青や金色の布がわたされ、広場には屋台がならんでいる。焼き菓子《かし》のあまいにおいと、太鼓《たいこ》の音が、上空まで、かすかにのぼってくる。


 遥《はるか》は、セレンの背で、手綱《たづな》をそえていた。


[隊列、良好。予定どおりです]


 ノヴァ1が言った。


 けれど、セレンの背中は、かたかった。いつものぬくもりの下で、筋肉が、ぴんとはりつめている。


〈……セレン、何か、聞いてる〉


 ノヴァ2の声が、ささやいた。


 次の瞬間《しゅんかん》、北の空から、それが、とどいた。


 オオオオオオォォォ――。


 空そのものが、ふるえるような声だった。


 竜の王の、さけびだった。


◇ ◇ ◇


 隊列が、くずれた。


 前を飛んでいた竜が、急に、首をふりあげた。となりの竜が、それにおどろいて、大きく翼《つばさ》をばたつかせる。一頭、また一頭と、竜たちが、騎士の手綱を無視して、ばらばらの方向へ飛びはじめた。


「隊列をもどせ!」


 遥はさけんだ。けれど、声は、風にちぎれた。


 セレンも、暴れはじめた。からだを大きくねじり、北へ、北へと、向かおうとする。遥は、太ももに力をこめて、必死にしがみついた。


[全騎《ぜんき》に、高度を上げるよう指示を。いえ、下げるよう――計算中です。変数が多すぎます]


 ノヴァ1の声が、めずらしく、乱れていた。


 王都の上空は、混乱していた。竜どうしがぶつかりそうになり、屋根の飾《かざ》りの布が、竜の爪《つめ》にひっかかって、引きちぎられる。下の広場から、悲鳴があがった。


 そのとき、遥の目のはしで、小さな影《かげ》が、竜の背から、ずり落ちた。


 トマスだった。急な旋回《せんかい》が苦手だと言っていた、あの新人の騎士だ。


 トマスのからだが、空中に投げだされる。手が、むなしく宙をつかむ。落ちていく。屋根へ、石だたみへ。


「トマス!」


 赤い影が、急降下した。


 イリスとルベルだった。ルベルは、翼をたたんで、矢のように落ちていき、屋根の直前で、トマスのからだを、前足でひっかけるように受けとめた。けれど、勢いは止まらなかった。トマスとルベルは、いっしょに、ある家の屋根に、はげしくぶつかった。


 瓦《かわら》が、はじけとんだ。


◇ ◇ ◇


 トマスは、生きていた。


 けれど、右足の骨が折れていた。医務室に運ばれるあいだ、トマスは、歯を食いしばって、うめき声をこらえていた。ルベルも、片方の翼に、深い傷を負っていた。


 竜たちは、ようやく、なんとか竜舎《りゅうしゃ》にもどった。けれど、どの竜も、落ちつきなく、北の空を見つめていた。


 遥は、草の原に、ひざをついた。


(……わたしのせいだ)


 訓練を、後まわしにした。イリスに言われたのに。ノヴァ2に聞かれたのに。目の前の書類の山だけを見て、竜たちの震《ふる》えを、見ないふりをした。


 ドラグネアの空を、こわしかけているのは、また、わたしなのかもしれない。


「ハル」


 イリスが、となりに立っていた。腕《うで》に、包帯を巻いている。ルベルが屋根にぶつかったときに、イリスも、けがをしたのだ。


 イリスは、何も言わずに、腰《こし》の剣《けん》をぬいた。そして、その先で、草の原の土の上に、大きな四角を描《か》いた。四角を、十字に区切る。四つの部屋。


「ハルが、新人のころ、わたしに教えてくれた図よ。覚えてる?」


 イリスは、剣の先で、上の左の部屋を指した。


「ここは、『急ぎで、大切なこと』。けが人の手当て。竜の暴走。今みたいなとき」


 上の右。


「ここは、『急がないけど、大切なこと』。竜の訓練。竜と話す時間。ちゃんと休むこと。……ここは、だれも、せかしてこない。だから、いちばん、忘れられる」


 下の左。


「ここは、『急ぎだけど、大切じゃないこと』。鈴《すず》の数とか、飾りの布とか、侯爵《こうしゃく》の、急な注文とか」


 下の右。


「ここは、どっちでもないこと」


 イリスは、剣を地面につきたてて、遥を見た。


「ハルは、いつも、この右上の部屋を守ってた。どんなに書類が多くても、訓練だけは、休まなかった。……ここ二日のハルは、左下の部屋に、住んでたわ」


 遥は、土の上の、四つの部屋を見つめた。


 右上の部屋。急がないけど、大切なこと。


 遥の毎日には、その部屋が、なかった。絵を描くこと。母と話すこと。陽菜《ひな》に返事をすること。父の手帳を開くこと。どれも、急がないから、いつも、後まわしにしてきた。


 そして、後まわしにしたものは、いつか、急ぎの部屋に、なだれこんでくる。今日の、竜たちみたいに。


「……ごめん、イリス」


 イリスは、少しだけ、目を見ひらいた。それから、肩《かた》をすくめた。


「あやまるなら、竜たちに。……それで、どうするの、副隊長」


◇ ◇ ◇


 遥は、目をとじた。


「ノヴァ。……全部、どうにかして」


[承知しました。現在の課題を列挙します。一、竜の暴走の原因の特定。二、負傷者の治療《ちりょう》の手配。三、祭りの中止または延期の判断。四、ヴァルデン侯爵への連絡《れんらく》。五、王宮への報告。六、飛行隊列の再編成。七――]


 ノヴァ1の声は、止まらなかった。20、30。47番目の「鈴の注文の取り消し」まで来たところで、遥は、両手で耳をふさいだ。


「ストップ!」


[……以上、47項目《こうもく》です]


〈遥。47個、ぜんぶ、今いる?〉


 ノヴァ2が聞いた。


 遥は、土の上の図を見た。四つの部屋。いちばん大きくて、大切な問題は、どこにあるのか。


 ひとつずつ、だ。大きすぎる問題は、一度にかかえると、つぶされる。


「ノヴァ1。……まず、竜を落ちつかせる方法だけ。それだけ、教えて」


 ノヴァ1は、一瞬《いっしゅん》だまった。


[……承知しました。一つだけ、お答えします。竜は、群れの長の声にしたがいます。竜の王の声が乱れているかぎり、竜たちは落ちつきません。竜を落ちつかせるには、竜の王が、なぜさけんでいるのかを、知る必要があります]


 さっきの47項目とは、ちがった。ひとつの答えが、まっすぐに、次の道を照らしていた。


〈じゃあ、もうひとつ。……セレンは、何を、さがしてる?〉


 遥は、ふり返った。


 竜舎の入り口で、セレンが、首をのばしていた。北の空ではなかった。セレンが見つめていたのは、天空砦《てんくうとりで》の中庭。


 大きな布をかぶせた、ヴァルデン侯爵の荷車だった。


 布の下で、何かが、心臓のように、ゆっくりと、光っていた。


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