↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パラレル・トラベラー ”72時間だけ、もう一人の異世界のわたし”  作者: Hamin
第3章 空を飛ぶもう一人の私

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/51

13話 隊長の手帳〈残り48時間〉

 隊長ガイウスは、天空砦《てんくうとりで》の医務室で、ベッドに横になっていた。


 白いひげ。がっしりとした肩《かた》。それなのに、毛布の上に置かれた手は、思っていたよりも、ずっとやせていた。


「来たか、ハル」


 ガイウスは、かすれた声で言った。


「医者に、ひと月は飛ぶなと言われた。……情けないことだ。祭りの準備と、北の峰《みね》の見回りと、新人の訓練と。ぜんぶ、自分でやらねばと思っておった。気がついたら、竜舎《りゅうしゃ》の床《ゆか》で、天井を見ておったよ」


 遥《はるか》は、胸の奥《おく》が、きゅっとちぢむのを感じた。


 休みなく働きつづけて、倒《たお》れた人。


 父の顔が、浮《う》かんだ。


「ハル。これを、あずける」


 ガイウスは、枕《まくら》もとから、一冊の手帳を取りだした。茶色の革の表紙が、手あかで黒ずんでいる。


「隊長になった日に、先代の隊長から、もらったものだ。最初のページを、読んでみろ」


 遥は、手帳を開いた。


『最後のスピーチ。

自分のお別れの会で、仲間に、何と言われたいか。

それを先に書け。それから、毎日を飛べ』


 その下に、ガイウスの、太い字。


『ガイウスは、一度も、仲間を見すてなかった』


 さらに、その下に、ずっと新しいインクで、小さく書き足されていた。


『……それと、たまには、休んでいた、と言われたい』


 ガイウスは、てれくさそうに、天井を見あげた。


「それは、ゆうべ書いた。倒れてから、やっと気づいたのだ。わしの『最後のスピーチ』には、走ることしか、書いておらんかった」


◇ ◇ ◇


 昼すぎ、訓練に使う地図を取りに、ハルの部屋にもどったとき、遥は、ハルの日記を見つけた。


 見るつもりは、なかった。机の引き出しを開けたら、地図の下から、すべり出てきたのだ。


 閉じようとした。けれど、開いたページの、最初の一行が、目に入ってしまった。


『最後のスピーチ』


 ハルも、ガイウスの手帳をまねて、書いていたのだ。


『ハル・ヴァルトは、仲間の命を、最後まであずかった』


『ハル・ヴァルトは、セレンの、いちばんの友だちだった』


 そして、三行目。インクが、少しにじんでいた。何度も書いては、消そうとしたあとがあった。


『イリスに、「副隊長」でも「ヴァルト家の娘《むすめ》」でもなく、「ハル」と呼ばれたい。……本当の、わたしの名前で。いつか』


 遥は、日記を、そっと閉じた。


 昼間の、心臓の音を思いだす。イリスが笑ったときの、あの、どくん。


 ハルは、イリスのことが、好きなのだ。


 そして、それを、だれにも言えずにいる。


 机の上には、もう一通、手紙が置かれていた。ヴァルト家の紋章《もんしょう》の封蝋《ふうろう》。父親からの手紙だった。


『祭りのあと、ヴァルデン侯爵家《こうしゃくけ》の長男殿(どの)との顔合わせを行う。竜騎士《りゅうきし》の家の娘として、よき縁組《えんぐ》みである。心しておくように』


 この国では、騎士の家どうしが縁組みをするのが、あたりまえなのだと、からだが知っていた。女の騎士が、女の騎士を愛することなど、だれも、考えてもいない。


 遥は、ベッドにすわり、胸に手を当てた。


 ハルのからだの心臓は、今は、静かだった。静かで、少しだけ、重かった。


(ハルは、ずっと、ひとりで、これを抱《かか》えてきたんだ)


 人を好きになることに、正しい形なんてあるのだろうか。遥には、わからなかった。わかるのは、ただ、このからだの奥にある気持ちが、まっすぐで、本物だということだけだった。


 遥は、ハルの日記を、引き出しの、地図の下にもどした。


(ハルの気持ちは、ハルのものだ。わたしが、かわりに決めちゃいけない)


〈……うん〉


 ノヴァ2が、小さく言った。ノヴァ1は、何も言わなかった。


◇ ◇ ◇


 その日の午後、遥は、イリスといっしょに、新人の騎士たちの着地訓練を見ていた。


 天空砦の下の、草の原。新人たちの竜が、次々《つぎつぎ》に舞《ま》いおりてくる。けれど、何頭かは、うまく着地できず、何度も草の原の上を旋回《せんかい》していた。


「あの子たち、着地する場所を見てないのよ」


 イリスが、腕《うで》を組んで言った。風に、短い黒髪《くろかみ》がなびく。


「竜はね、降りる場所を見てから、飛ぶの。どこに降りるかを、先に決める。そうしないと、いつまでも、空をぐるぐる回るだけ。……ハルが、新人のころ、わたしに教えてくれたことじゃない」


 イリスは、遥の顔を、のぞきこんだ。


「ハル。最近、ちょっと変よ。隊長が倒れて、つかれてるの?」


 どくん、と、心臓が鳴った。


 遥は、それを、ハルの気持ちとして、そっと胸の奥にしまった。


「……だいじょうぶ。ありがとう、イリス」


 イリスは、少しだけ目を見ひらいて、それから、ふっと笑った。


「めずらしい。ハルが、ありがとう、なんて」


 イリスが行ってしまうと、遥は、草の上にすわりこんだ。


 降りる場所を見てから、飛ぶ。


 自分は、どうだろう。専門学校に入ったとき、どこに降りたいのか、考えていただろうか。何者かになれたら、いい。いつか、だれかにみとめられたら、いい。そんな、ぼんやりした空を、ぐるぐる回っていただけではなかったか。


 だから、ちょっと風がふいただけで、どこにも降りられずに、落ちてしまったのではないか。


〈遥の、着地点は、どこ?〉


 ノヴァ2が、聞いた。


 遥は、答えられなかった。


 自分のお別れの会で、何と言われたいか。考えたことも、なかった。


 ふと、北の空を見あげる。高い峰の向こうから、低く、長い、うなるような声が、かすかに聞こえた気がした。


「……今の、何?」


[北の峰に住む、竜の王の声と推定されます。……過去の記録と比べて、声の周波数が、不安定です]


 イリスが、遠くでふり返り、同じ空を見ていた。


「ここ何年か、竜の卵が、ほとんどかえらないの」


 イリスの声が、風にのって、とどいた。


「巣に卵があっても、中で、眠《ねむ》ったまま。竜の王も、それで、気が立ってるのかもしれない」


 遥の背中に、つめたいものが走った。


 消えていく糸。枝が分かれる数が、へっている。――魔法王国《まほうおうこく》の地下で見た光が、目の奥でまたたいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。