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ぼくをみて。2  作者: 雨宮ツムグ


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2/3

何も無い。

「あっ、うそ、先輩、好きです!」

「え?」

「(は?)」

体育の授業前。

俺は例の如く、トイレの個室で着替えていて。

外から聞こえた女性の声と、春海に声に、動きが固まる。

「一人珍しいですね!体育ですか?あ、ID交換しませんか?」

「いや、」

「あ、もう行かなきゃ、あの、これ!連絡してください!」

「ちょ」

それからバタバタと駆けて行く足音がして、静寂。

「(……嘘だろ)」

俺は、指先が冷えていくのを感じた。


「希」

「……」

「希、ごめん。顔見せて」

「……」

どう反応するのが正解か、分からなかった。

だから言っただろ、なのか。

すぐ断れよ、なのか。

連絡、するのか、なのか。

まさか、まさかしないだろうとは思いつつ。

律儀な春海のことだから、完全に無いとは言い切ることができなくて。

もう授業が始まるし、着替えたし、行かなきゃ、そう思うのに、トイレの個室から出られないままでいる。鍵を開ける勇気が、出ないままでいる。

「希、下がってて」

「っえ」

バン、と強い音がして、驚いているうちに、春海が空から降ってきて。

え?

「希、」

「いやいやいやお前」

「希聞いて」

「いや、」

真剣な顔をして距離を詰めてくる春海。

でも俺はそれどころじゃなくて。

どうやって登ったんだよ、え?降ってきたぞ?は?

パニックで、とりあえず腕を伸ばして、春海を押さえ付けて、距離を取る。

扉を閉めて、鍵も閉まっているトイレの個室に、春海は上から入って来た。

上から。

上から??

「希」

「まて、待てって、お前どうやって」

「跳んだ」

「とっ、跳べるかよばか!」

「しー」

必死に押して、反抗していたら宥められる。

個室で二人はそんなに余裕も無くて。

今は見たくない春海の顔が、どうしても目に入る。

「は……」

るみ、と、何故か呼べない。

お前、何告られてんだよ。

俺にだけモテるんじゃなかったのかよ。

何IDとか貰ってんだよ。

触られたのかよ。

……違う、違う。

春海は何も悪くないのに。

「希、ごめん、嫌な思いさせた」

「……ちがうだろ。お前が謝ることじゃない」

「でも泣かせた」

泣いてねぇとは、流石に言えない。

泣くことじゃないのに、泣いていた。

悔しいのか、嫌だったのか、混乱なのか、よく分からないけれど、涙が出る。涙が止まらない。

「おれ、泣くつもりじゃ」

「うん、ごめん」

「お前のせいじゃない」

「俺のせいだよ」

ちがう、違うのに。

俺だけの春海がいい。俺だけが春海と居たい。俺の春海なのに、勝手に好きになるなよ、取るなよ、見るなよ。

俺だけが春海の良いところを知っていると思っていたのに。

俺だけが春海の傍に居たいのに。

俺だけが春海を独り占めしたいのに。

「春海」

「うん」

「居なくならないで」

春海の隣がいい、春海の傍がいい。

春海の近くが俺の居場所で、春海の傍なら息がしやすい。

俺が俺で居られるのは春海が居るからなのに。

俺から春海を取るなよ、俺には春海しか居ないのに。

俺には春海だけなのに。

狂ったように涙が出る。

泣こうと思っていないのに涙が出る。

なんでこんなに泣けるんだろう。

春海が居れば幸せなのに。

…………春海が居ないと、何も無い。

「っごめん出て」

春海を無理やり個室から追い出す。

鍵を閉めて、振り返ると吐いた。


最悪だ、と思う。

胃液だけを吐いた後、また降って来た春海が鍵を開けて、俺を連れ出した。

上手く便器に吐けたけれど、流す暇なんて無くて、春海に見られた上に、春海が流した。

突き放そうとする俺に肩を貸して、手洗い場で口をゆすがせる春海。

力が入らなくてその場でしゃがみ込もうとして、また肩を貸されて、支えられて、保健室まで連れて行かれた。

どう見てもフラフラの俺に、先生は直ぐにベッドを空けてくれて、倒れ込む。

その後先生と春海が揉めているような声が聞こえたけれど、俺はまた何故か涙が止まらなくて、そのまま意識を手放した。


頭に響く、チャイムの音で目が覚める。

知らない色が見えて、カーテンだと理解して、そこから少しだけ覗く天井を見て、ここが保健室だと思い出す。

寝返りを打つと、カーテンの向こうで足音がして、カーテンが開く。

「目、覚めたね。気分は?」

「……気持ち悪い、です」

「そっか、親御さんは仕事かな?今日はもう帰る?」

「……はい」

ハキハキとした保健室の先生に促されるまま、ベッドから降りる。

けれどフラフラして、倒れかけて、先生が支えてくれて。

「っ希!」

先生の肩に掴まっていたら、身体が引かれて、ぶつかる。

見なくても分かる、この声と、温かさは春海で。

安心するより先に、また泣きたくなった。

力が入らなくて、崩れる。

「しんどそうだね〜、後一時間あるから寝て行く?」

「……はい」

結局、ベッドに逆戻りで、俺は目を閉じて。

「俺ここに居ます」

「ダメダメ、私が先生に怒られちゃう」

「怒られてください、ここに居ます」

「は〜!ほら行った行った!」

「っ希、後で迎えに来る」

ガラガラと勢い良く開け閉めされる扉の音。追い出される春海の、遠い声。

先生とすら、話す声に嫉妬した。

泣きたくないのに涙が落ちる。

春海と離れたくないのに。

今は一番会いたくなかった。


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