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ぼくをみて。2  作者: 雨宮ツムグ


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3/3

今でも、一緒

眠れないまま、ぼーっとしていたらチャイムが鳴る。

もうそんなに時間が経ったのか、と起き上がって、立ってみる。

さっきよりは安定していて、自力で歩いて、カーテンを開けて。

先生と目が合って、頭を下げる。

「顔色良くなったね、自力で帰る?」

「はい」

「彼、待つ?」

「…………」

「はは、おいで」

悩んでいたら、先生が自分の前にある椅子を指差すから、近寄って、座る。

仄かにコーヒーの香りがして、何だか、自由な人だなと思った。

「君、ファンクラブある子?」

「っえ、あ、はあ」

「だよね、のぞむって呼ばれてたもんね」

「……」

「大丈夫咎めたりしないよ。たまに生徒が教えてくれるから、存在を知ってるだけ」

「はぁ」

独特な空気感だな、と思う。

先生、ではあるけれど、他の先生、とは違う。

もちろん生徒でもないけれど、どこか、親戚、のような。

家族と他人の間、先生と生徒の間、そんな、雰囲気。

「痴話喧嘩でもした?」

「……いや」

「でも泣いてたでしょ」

「……」

ズバズバ聞いてくるなぁ、と、少し引く。

容赦の無さが痛くて、でも、不快な感じはしない。

多分、悪意は、感じないからだと思う。

「好きならね、離さない方が良いよ」

「……」

「じゃないと、奪われちゃうからね」

先生も、そういう過去があったのだろうか。

その時だけは静かな、穏やかな声で。

奪われちゃう、が、やけに脳に響いた。

「……俺。アイツ以外、何も要らないんです」

「うん」

「……でも、アイツが居なくなったら。俺、何も無くなるんです」

「なるほどねぇ」

頷きながらコーヒーを飲んだ先生は、少し黙って、頬杖を突く。

伝わったのだろうか、と思っていると、先生は笑う。

「恋してるねぇ」

「……はぁ」

「それだけ夢中ってことでしょ、彼に。良いと思うけどなぁ、それで」

「……でも」

「居なくなった時のことは、居なくなった時に考えるんだよ」

「……え」

「だって、今は居るでしょ」

「……」

まあ、そう、だけれど。

そんな単純な考え方で良いのだろうか。

そんな簡単な、考え方で良いのだろうか。

だって、春海は俺の全てで。

その全てが無くなったら、呼吸すらままならない程、苦しいと思う。

だから、もし、を考えて、備えておきたいし、そんなもしもは絶対に回避したかった。

回避する為にはどうすればいいのか考えておきたいし、それなのに、考えることすら辛くて怖かった。

春海の傍なら俺で居られて、そんな春海がもし、居なくなったら。

俺は、何になるんだろう。

俺は。

「私の恋人はさ、出会った時から、余命が決まってたんだよね」

「……え」

「だから、失うことが確定している恋だった」

「……それは」

辛いな、と思う。

終わりが、分かっている恋。

さよならが、確定している恋。

「でも一緒になる以外、あり得なかった。本当に、本気で愛してた。だからさ、話し合ったんだ。どうやったら最後まで、二人の時間を謳歌できるかって。その答えが、さっき言ったこと」

「……居なくなってから、考える」

「そ!私も辛くて仕方なかった。一生一緒に居たいのに、絶対無理って決まってたから。でもね、恋人が言ったの。自分が居なくなった時のことは、居なくなってから思う存分考えてって」

「……」

「酷いでしょ。全部私に丸投げか、って大暴れしたよ。でも、自分は天国で、同じだけ苦しむからって。それって、一生、傍に居るってことじゃないかなって」

先生は、こめかみを押さえて、明るく話しながら、静かに泣いていた。

今でもずっと、その人のことを想っているのだと、痛いほどよく、伝わってくる。

「今でも苦しい。もっと一緒に居たかった。でも、でもね。一緒にいる時は、居なくなった時のことなんて考えないようにして、ずっと、これからも一緒だって疑わずに、ずっと、楽しい気持ちだけを集めていたからさ。その記憶が、私の支えなんだ」

「……」

なんて、言えば良いのか。

たった一瞬で、人生を聴いた。

二人分の人生を、愛を、生き様を。

なんて言っても言葉が足りないと思った。

だから真っ直ぐ、先生を見る。

春海を思い出しながら、真っ直ぐ。

「だからさ、今は、居なくなるかもしれない不安より、居てくれる幸せを存分に噛み締めたら良いよ。それが、居なくなった時の支えになるし、今をもっと、大切にできるんじゃないかな。まあ、持論だけどね」

ふっ、と息を吐いて、先生は笑う。

心に深い傷がありながらも、笑う先生。

さっと払われた涙はきっと、もう何度も、何度も流してきた涙なのだと思う。

先生が恋人を想って流す涙は、もう、きっと、数えられないほど、何度も。

「失うのが怖い、って、怯えるんじゃなくて、失った時の痛みを支えられる程に、幸せを貯めていく……」

俺なりにまとめてみると、先生はゆっくり頷く。

「うん。そうやって、ずっと一緒に居る。私の恋人は、自分を忘れて次の恋へ、なんて言わなかった。一生そうやって、傍に居続けてやるって、笑ってた」

ばかだよね、って、笑う姿が、幸せそうだと思った。

囚われていて辛そう、なんて感想は微塵も湧かない。

先生は、先生の恋人と、二人の約束を、二人で愛している。

俺は、今は、傍に居る喜びを。

もし、居なくなっても、その時を耐えられる程の、幸せを。

幸せが大きければ大きい程、失った時の辛さも大きいのではないかと思ったけれど、先生は、悲しみ続けても、良いのだと。

そういう形の愛も、あるのだと。

春海が居なくなったら、俺は俺で居られなくなると思った。

でも、その時の俺も、俺なのだ、と。

「聞かせてくれて、ありがとうございます」

「こちらこそ。初めて人に話したよ」

「っえ」

「それだけ君が、あの時の私と似てたのかもね。傍に居るのに、もう居ない、みたいな顔してた」

「……」

そんな顔を、と、少し恥ずかしくなる。

けれど、そんな顔を見たからって、先生の大切な人との記憶は、秘めておくこともできた訳で。

だから、もう一度頭を下げる。

聞かせてくれてありがとうございます。

先生達の覚悟には、遠く及ばないかもしれないけれど。先生達の考えに倣って、俺も少し覚悟を決める。

「……何か少しでも、救いになったのなら、あの時の私も、報われるよ」

そう言う先生は、もう泣いてはいなくて。

強い人だなと思った。

自由な人、ズバズバ聞いて来る人、そんな最初のイメージとは全く異なっていて、俺はまた、その人を知ることで印象が変わることを体感した。

このお話ですら、先生の一部だろうから、全てを理解したことにはならないけれど、でも。

先生が見せてくれた、見せようとしてくれた一部のお陰で、俺は今確かに救われている。

春海に会いたい、と思った。

会いたくないとか、思って、ごめん。

他の人に告白されて、他の人から注目を浴びて、俺だけの春海が、俺だけの春海じゃなくなることが怖かった。

でも、今付き合っているのは俺で、春海だって、今ちゃんと、傍に居てくれている。

だから、信じる。

居なくなるかもなんて考えず、居なくなるかもしれない時なんて考えず。

今春海と一緒に居られることに感謝して、いつか別れが来たとしても、耐えられるくらい、幸せを貯めていく。

耐えられるかどうかは、その時に考える。

耐えられなくても、それも俺。

視線を上げると、真っ直ぐに俺を見ている先生と目が合う。

先生の恋人は、どんな人だったんだろう。

居なくなっても尚、まだこんなにも人に愛されているその人に、会ってみたいと思った。

けれど、もう会えないという事実に、知り合ってもいない俺すら、悲しいと思った。

「今でも、一緒なんですね」

会ったことの無い俺が、会いたいとすら、思う程に。

「君……泣かせるねぇ」

眉を下げた先生は、泣きながら、笑っていた。



本ページあとがき

書きながら泣く、という体験を初めてしました。

何かを抱えながらも前を向く人は、何処か滲み出ている魅力があるなと思います。

いつか先生のお話も書けたら良いなと思いつつ。

いつか!



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