第3話「抱きかけている悔しさすら心地よく感じる」
「まあ、お見事な包丁さばきですわね」
「オーフィア、聖女候補様に包丁、持たせないで!」
五十階層にある宿泊施設で購入してきた貴重な食材たち。
ダンジョンでは植物が育つ場所が限られていることもあって、色とりどりの野菜を手にできるっていう奇跡的な出来事に圧倒された。
「ルト、そうやってディアナの行動を制限するのは良くないですよ」
「確かに聖女候補は、自分の体に治癒魔法使い放題だけど!」
手には、きらりと光る包丁が握られている。
幼い頃に両親の元を旅立った私は、本物の包丁を見るのも初めて。
刃のずしりとした感触は私に未知との遭遇を与えてくるけれど、ここで緊張していたら調理工程が少しも進まない。
覚悟を持って、私は包丁の冷たい柄をしっかりと握る。
「いきます!」
「ディアナ、包丁を使うときに掛け声とかいらないから!」
まな板の上で、勢いよく包丁の刃を落とす。
「切れたっ」
「その調子ですわ、ディアナ様!」
「……僕、別の調理に取りかかる」
黄色い皮の野菜が二つに割れるだけで、自分を褒めたくなってしまう。
魔法使いのルトと、全回復したオーフィアさんの二人に初めてだらけの毎日を支えてもらいながら、私は人生で初めての野菜スープづくりを終わらせた。
(それにしても、ルトの風魔法、凄かったなぁ)
ルトほどの実力ある魔法使いなら、包丁なしで野菜やお肉を理想通りの形に切り分けることができる。
そんな事実に感動しながら、私は慎重に彼の部屋へと野菜のスープを運ぶ。
(風魔法も、いつかは……)
風魔法があれば、この世に包丁という刃物は誕生しなかった。
生まれつき魔力を授かっていない人たちが刃物の必要性を感じたからこそ、包丁が誕生した。
そんな歴史的な流れなんて意識したことがなかったけど、魔力を授からなかった人たちからすれば言い分はいろいろとあるのかもしれない。
「失礼します」
同居人の部屋には勝手に入らない。
そういう決まりはあるものの、最近のフェルはモンスター討伐に力を注ぎすぎて寝込む時間が多い。
医療術師として、同居人の体調を管理しなければいけない身として、私だけは同居人の部屋に入ることを許されている。
「少しでも食べてね」
テーブルの上に、そっとスープ皿を乗せる。
漂うスープの湯気が、フェルが体を休めている部屋をじんわりと暖めていく。
でも、肝心の彼から返事はない。
「今日はね、風、気持ちいいよ」
ダンジョンの中は、エリアによって天候が違う。
ずっと晴れの場所もあれば、ずっと冬の世界に閉ざされた雪しか降らない場所もある。
私たちが滞在している五十階層は天候がころころと変化を見せる場所で、今日は春のような穏やかな風が心地よく感じる一日。
「ここはダンジョンの中なのに、地上にいるみたい」
せっかく暖まりかけていた部屋の窓を少し開けると、春の始まりを感じさせる少し冷たい風が流れ込んできた。
額に触れた風が、安堵の感情を運んできたときのことだった。
「あの……俺、死んでないんだけど」
「知ってるよ」
彼が言葉を返してくれるようになると、私の口角は自然と上に向かっていく。
「おはよう、調子はどう?」
「いや、別に、体調が悪いわけでも……」
「でも、魔力を消費したくなるくらいの何かはあるのかなって」
ベッドの傍に添えてある椅子に腰を下ろして、フェルの顔色を確認する。
フェルは料理の上手い下手を気づかれないように細かく刻んだ野菜スープに目を向けていたけど、食欲がありそうな瞳をしているうちは大丈夫だと確信した。
「目が覚めると」
銀色のスプーンを手に取って、ゆっくりとスープの温かさを確かめるように一口だけ飲み込んだ。
「魔法、使えなくなってんのかなとか」
スープに温かさはあっても、彼に笑顔を取り戻すにはまだ足りない。
「そんな風に思うときがあって」
彼の目が閉じられる。
「それで、無性に魔力を消費したくなる」
でも、すぐに彼の瞳が戻ってくる。
「でも、このスープ飲むと、夢じゃなくて現実を生きてるんだなって実感できる」
「つまり、不味いと」
「ううん、普通」
初めての料理にしては上手くできた気もするけど、彼のお腹を満たすにはまだまだだと気づかされる。
ここで悔しさを抱くべきなのかもしれないけど、その抱きかけている悔しさすら心地よく感じるのはなぜなのか。




