第1話「待っているのは魔法使いが生きにくい世界【フィル視点】」
「就職、決まった?」
「あー……、無理ー……魔法使いなんて、国に仕えるくらいしか能がないんだー……」
伝統的な魔法学園の制服に身を包んでいるはずなのに、周囲は浮かない顔ばかり。
卒業を控えた生徒たちに、生まれたときのような希望が宿ることはなかった。
「フィルは国に仕えるんだっけ?」
「一応、ダンジョンの探索要因」
「いいなー、羨ましい……」
魔法使いが必要とされない時代の到来。
「時代なんだから、魔法を諦めろとか言われてもな」
「現実見て、まともに就職しろってことかー……」
世界は、魔法が使える人間と魔法が使えない人間に分けられる。
魔法が使えない人間が、努力をしないまま生を終えるとは考えにくい。
時が流れれば流れるほど、科学やら化学やら文明やらの技術が発展していく。
努力が、魔法の才を上回るのは時間の問題と言われていた。
「仕事、行ってくる」
魔法とは関係ない企業に就職せざるを得ない同期生の二人を置いて、宮廷魔法師としての仕事を行うために学園を去る。
(魔法使いが滅んだわけじゃないのに)
手元の杖を見つめ、過去の栄光を思い浮かべる。
かつては魔法の力が世界を救ったこともあったはずなのに、杖は魔法の使い方を忘れてしまったかのように錆びついて見える。
気のせいだって分かっていても、魔法の杖から光が失われているような感覚だけは本物。
溜め息の数が、自然と増えていく。
「我が家は、千年の歴史を持つ魔法使いの家系でね」
「私の家系なんて、代々、宮廷魔法師としての地位を築いているのよ」
石造りの城の大広間には、煌びやかなシャンデリアが魔法使いを輝かせるような光を放っていた。
数多くの魔法使いたちで埋め尽くされている大広間で、魔法使いたちは誇らしげに自分の家系の歴史を語っていた。
(死ぬまで、どうやって食い繋いでくつもりなんだろ)
魔法に魅了されたら、ある意味で最後。
なんとか魔法使いとして生計を立てる道はないかと模索しなければいけない。
今はアンスベルム国に雇われている魔法使いだって、いつかはダンジョンの閉鎖と共に滅びるわけにはいかない。
(明日、食べる物に困る生活は、もうたくさん)
魔法使いを必要としている人を探すことをすら困難な時代。
魔法使いは、ダンジョンに潜るくらいしか必要とされないと言われている。
(明日、食べる物はある。でも、明後日、食べる物は……)
誇らしげな笑い声が響く中、自分は一人で大広間の隅に立ち尽くしていたときのことだった。
「これより、我らが偉大なる聖女候補よりご挨拶を賜ります」
金色の燭台の灯りが揺らめいたところで、赤い絨毯の上を十数人の少女たちがぞろぞろと歩いていく。
(これが、次世代の聖女候補たち……)
医療分野が発展していることもあって、治癒魔法もいつかは滅びるとは言われている。
それでも、ダンジョンに潜るくらいしか能のない魔法使いとは違う。
(食いっぱぐれる心配、ないんだろうな)
聖女候補の少女たちは、光そのものと言わんばかりの純白の衣装と穏やかな微笑みを浮かべている。
国が作った精巧な人形じゃないかってくらい、みんながみんな同じ顔をしていることを奇妙にも思った。
(みんなが、必死)
アンスベルム国への雇用が決まれば、生活を保証してもらえる。
聖女になるためだったら、作り笑顔でもなんでも得意にならなければいけないのかもしれない。
魔法使いだって努力を積み上げているはずなのに、いつかは必要とされなくなると言われたって納得ができない。
「お疲れ様です、お疲れ様です」
てっきり聖女候補の中から代表して、一人の少女が挨拶するものだと思っていた。
けれど、実際は聖女候補の少女たちが分担して、大広間に集った精鋭たちに声をかけていくという流れだった。
(効率悪っ)
そんなことを思ったのは自分だけではないだろうけど、正直に心の内を話す人間はこの場にはいない。
「あなたたちが、この旅に出る勇気を持っていること……持って……持って……?」
集まった人々の視線が、一人の少女に向けられる。
俺の周辺にいる人たちに言葉を送る聖女候補の少女の言葉はぎこちなく、言葉を紡ごうとするのに、その言葉は次へと繋がらない。
「落ち着いて」
近くにいた、もう一人の聖女候補が声の震える少女の肩へとポンと手を置く。
「深呼吸、深呼吸」
「ディアナ様……ありがとうございます……」
言葉を発することができなかった少女の頬は、真っ赤に染まっていく。
ディアナと呼ばれた先輩っぽい聖女候補は、後輩の聖女候補を温かい眼差しで支えていく。
「私たちは、皆さんと共に歩むためにここにいます」
後輩の呼吸が整うまでの間を、ディアナと呼ばれた少女が繋ぐ。
「私たちの力、すべてを尽くします。皆さんのお力を、どうか私たちにお貸しください」
ディアナの声がきっかけとなり、周囲にいた人たちが活気づくのに気づく。
あれだけ家系の自慢話で盛り上がっていた人々が、自分たちの力で大きな成果を上げようと勢いづいていくのを感じる。
「ディアナ様……ごめんなさい、私、失敗して……私、私……」
「ほら、聖女候補が泣いたら、冒険者の人たちを不安にさせちゃう」
泣きじゃくる後輩に、柔らかな声をかけ続けるディアナ。
聖女候補の審査官らしき人は後輩にマイナス評価を下しただろうことを察するけど、ディアナは後輩が自分の力で涙を拭えるようになるまで後輩を励まし続けた。
「ご武運を」
「……ありがとうございます」
アンスベルム国に雇用された冒険者たちの拍手と歓声が広がる中、俺とディアナは初めて言葉を交わした。
「待って! 待って! 話が違う……」
「うわぁぁぁぁぁぁ」
薄暗いダンジョンの中、目の前に巨大な影が現れる。
その目は赤く光、息は荒い。
このモンスターは人を喰らうために現れたんだって、一目で分かる外見がむごたらしいと思った。
「地の源」
魔法学園の授業にダンジョンでの研修はあったものの、秘宝探索に駆り出されている冒険者全員が魔法学園出身というわけではない。
生まれつき魔法を使うことができるから、魔法職を必要としている国の求人に応募した。
そんな人たちで構成されているパーティが、ダンジョンの中で理想通りの戦闘を繰り広げられるわけがなかった。
「モンスターも、人間も、守りたいものがある……」
人間が、ダンジョンに眠る秘宝を探索しなければ救われる命もあったかもしれない。
でも、アンスベルム国にとって、ダンジョンに眠る秘宝の数々は国を維持するためになくてはならない価値ある物。
どんなに人の命が犠牲になろうと、探索部隊は秘宝を持ち帰らなければいけなかった。
(俺は、何を守りたいんだろ)
足元の砂が舞い上がる。
冒険者たちは自分の命を守るために次々と技を繰り出すが、圧倒的な力を前にかすり傷ひとつ与えることができない。
(自分の命……?)
一人。
また一人と倒れていく仲間たち。
剣士の手からは剣が滑り落ち、魔法使いの手からは杖が手放される。
(でも、ここで死んでも悔いはない気がする)
明日、食べる物を保証してもらえない。
この先、長生きしたところで、待っているのは魔法使いが生きにくい世界。
だったら、国に仕えることで命果てることができたのなら、それは本望とも言えるのかもしれない。




