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3:いたずらに気づかれた子どものように

 今日はあんたとルーはここで休んでて、というユーリの言葉にしたがって、アキラは素直に一日中この汚い小部屋の中にいた。

 ユーリは、別に夜にだけ暗躍しているわけでは無いらしい。今日はちょうどそんな日で、昼間こそ人の目が届きにくくなる場所もある、と言って、白昼堂々出かけていってしまったのだ。太陽はちょうど真南に辿りついた頃だろう。部屋の中は外の真っ白な光と比べて、一層暗く、埃っぽく見えた。

 ルナリアはまだ起きない。すーすーと深い眠りについたまま、一向に目を醒ます気配がなかった。熱も下がってきたようだ。

 つまり、一人で暇だった。

 アキラは、ふとユーリの作業台に目をつけた。いつも彼女は作業台の前について、忙しそうに手を動かしている。

 彼女が一体何をしているのか知りたい。突如生まれた気持ちが、どうにも抑えられなくなった。

 アキラはおもむろに立ち上がると、ユーリの作業台の前へと歩いて行った。

 なんだか訳のわからない埃をたくさんのせた作業台には、楕円形の型が放り出してあって、その周りには石ころが、色別に分けて小さな麻袋に入っていた。すべすべなものもあれば、ザラザラしているのもある。真っ黒なものもあれば、真っ白なもの、透き通ったものもあった。その奥には透明だったり茶色いガラスの瓶が、きちんと整列している。

 視線を左に移す。いつも火が熾されているここには、今はユーリが留守だからだろう、炭と灰がこんもりと積もっているだけだった。

 もう一度、さっきの型を見る。

 やっぱりだ。

 ここにある石ころや薬を鍋に入れて、火に掛ける。薬は、石を簡単に溶かすためのものだろう。溶けてしまった石が何色になるのかは解らない。でも、それをさっきの型に流し込んだなら…………。

 でも、いまそれを試すわけにはいかない。こっそりユーリの作業台がどうなっているか、見ているだけなのだ。混ぜたらどうなるかわからないものを弄る気にもならない。

 それに、曲がりなりにも命の恩人だ。疑うような事はしたく無い。

 でも、知りたい事は知りたい事なのだ。そう簡単に割り切る事もできない。アキラは作業台の椅子を引いた。椅子の足元にも何だかよくわからない麻袋が転がっていて、一つの山を作って、ご丁寧にほこりまで積んでいた。

「汚ねえなあ」

 アキラは思わず独り言を零した。咳をしながら姿勢を低くして、作業台の下に体をねじこもうとする。と、途端に傷が傷んだ。「うっ」と言って傷口を押さえる。どうやらこの体勢は傷に悪いらしい。

 アキラはしゃがんだ状態から、腕だけ作業台の下に差し入れた。適当な麻袋を引っ張り出そうと、手に触れたものをとりあえずつかんでみる。

 と、廊下の床板が扉の向こうで軋むのが聞こえた。

「やべっ」

 アキラはとっさに掴んでいたものを放すと、急いで窓際に駆け寄った。窓際に何があるわけでも無い。とりあえず作業台から離れたほうがいい、と、勘がそう告げたのだ。

 床板はぴったり三回軋むと、今度はこの部屋の扉が開かれる音がした。

 やっぱりユーリだった。

「やっほー、あれ、まだルーは寝てるんだ」

「あ……、ああ、そうみたいだな」

 自分の声に変なところが無いか心配になったせいで、余計に変なしゃべり方になった。が、ユーリはあまり気づいていないようだ。てくてくとベッド脇に寄ると、ルナリアの額に手を当てた。

「んー、まだ少し熱が残ってるかなあ」

 そう言うと、今度はくるりとアキラの方を向いた。

「あのさ、私はこれからもう一個魂玉を回収しに行くんだけどさ、適当な頃になったらルーの事起こしてあげて」

「なんで?」

「調子を聞いといて欲しいんだ。あと、ルーに、夜になって目が冴えられても困るし」

「ああ、なるほど」

 慌ただしい会話だった。ルナリアはそう言っている間にも作業台の中から冊子とインクを取り出し、適当なページに印をつけ、それをしまい、再び扉の前に立った。

「じゃ、行ってくるね」

「おう、気をつけてな」

「ルーがいくら可愛いからって、不埒な事したら許さないからね」

「しねーよ」

 アキラの返事を聞く事なく、ユーリは再び行ってしまった。

 体を縛っていた紐がぷちぷちと切れていく感じがした。自分だけが張り詰めた空気の中にいるという事は、かなり自分の身を削っていく感じがする。

 さて、とアキラは再び作業台の前に立った。

 今度はさっさと見てしまおう。あんまりゆっくり注意深くなったって得な事はあんまり無い。でも、一応深呼吸をしておこう。深い呼吸を数回繰り返し、再び作業台の下の暗がりを覗き込む。やっぱり、さっきと変わらないボロボロで埃まみれの麻袋が積まれていた。

 アキラは乱暴に作業台の下に手を突っ込むと、麻袋を引き出した。思ったより重く、前につんのめりそうになった所を踏ん張ると、今度は傷がずきりと痛んだ。

「うっ、っつー。いてて」

 言葉にならない声を出して、どうにか痛みを耐える。やっぱり昨日の傷は小さな傷ではなかった、と今更ながらそう思う。

 アキラは無造作に麻袋を開いた。じゃらり、と重そうな音がして、広げた袋の口からいくつか中身がこぼれ落ちた。

 真紅の透き通った石が、袋には詰まっていた。窓から差し込んだ白い光が、この石だけを照らしているように思えた。

「あ、見ちゃったんですね」

 不意に背中から声がして、アキラはとっさに袋の口を閉じて振り返った。振り返って、袋の口を閉じるのが手遅れだった事に気づく。

「ルナリア…………、起きてたのか」

「うん。これだけ寝てしまったんですから、さすがに起きてみたくもなります」

 そう言って、ルナリアは眩しそうに、窓から傾き始めた太陽を眺めた。いつの間にかお昼も終わりにさしかかろうとしていた。


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