2:もう恐ろしい夜は明けたよ
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ぼんやりと、朝が来たのを知った。窓から光が差し込んできて、だんだんと部屋の中が温まっていくのを、薄眼を開けながら感じた。
…………待て、なんだ、この痛みは。あまりひどくは無い。だが、ごつん、と背中を殴られたような痛みだけが、ぼんやりした意識の中にはっきりと浮かび上がる。アキラは身を捩らせた。姿勢を変えると、すこし痛みが和らぐ。痛みのせいで目が覚めてきて、昨日のことが繋がりの無いかけらとなって、次々に思い出された。
扉の向こうの騒ぎ。窓から落っこちたこと。雨音。痛み。薄れていく意識。
がばり、と起き上がった。と、背中がまたずきりと痛んで、「うっ」とアキラは思わず声をあげた。
「あー、だめだって、いきなり起き上がっちゃ」
ユーリの声が飛んできた。今朝は首からボロ切れを掛けていて、首筋の汗を拭っていた。手元には水の入った器があって、中には綺麗な布が入っていた。
「また傷口開いちゃうかもしれないでしょ」
アキラはとっさに背中の下の方に手をやった。自分の腹の周りにぐるぐると布が巻いてある。少し腰を回してみると、何か突っ張るような感じがして、それとともに刺すような痛みもあった。
「手当て、してくれたのか?」
「まあね。素人の処置だから、ちょくちょく傷の具合は気にしないといけないけど」
包帯の下に手を滑り込ませてみた。明らかに肌とは違う感触がある。傷口が適当な糸で縫われているのだ。そこまで膿が出ているわけでも無い。傷口の出血もどうやら止まっているようだった。
それにしても、こうして手で触れてみると、大きな傷だった。
「でもよかったよ。アキラが死んだりしなくて」
「死ぬって…………」
そんな物騒な、と軽く笑顔で返そうと思ったのだ。
しかし、顔をあげたアキラを待っていたのは、ユーリの瞳だった。
真面目そうな瞳だ。一見、氷のように冷たそうに見える。でも、薄い氷の向こうには、真っ赤な炎が静かに燃えているのだ。
「本当に、良かった」
安堵の声だった。限界まで張り詰めた糸が緩むと、人間は静かに安堵するのだ、とアキラは思った。
礼を言おう、と、アキラは思った。傷を負う羽目になる場所に自分を送り込んだのは目の前の赤毛の少女だけど、それとは関係なしに、自分を死の淵から掬い上げてくれたのも、彼女だった。
「なんだ、その…………、ありがとな」
「どういたしまして。お礼はルーにも言ってあげてね、後で」
隣を見ると、毛布を被って、すーすーと平和な寝息をあげているルナリアがいた。
「大雨の中を、あんたを担いで来てくれたんだから」
「ルナリアが⁈」
「雨に濡れながらそんな大仕事したから、熱出しちゃってね。今やっと深い眠りについたとこ」
ユーリはそう言うと、ふーっ、と息を吐いて、また首筋の汗を吹いた。
つまり、ユーリは今夜も眠っていないわけだ。疲れが溜まっているはずなのに、目の前の彼女は、そんな色一つ見せずに微笑んでいる。
アキラの口はひとりでに動いていた。
「ありがとな」
「なに? 二回目だよ、それ。三回目こそはルナリアに言ってあげるんだよ」
「解ってるよ。なんだか言いたくなっただけだから!」
アキラはそのままユーリの隣を通り過ぎ、丸テーブルの椅子に腰掛けた。丸テーブルの椅子に腰掛けてみる朝の窓は、考えてみれば、初めての景色だった。




