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10:私は怪盗ソキウスじゃない

 夕方が近づくにつれて、アキラの調子は目に見えて悪くなっていった。昨日触れたものやみたものを思い出してしまって、胃のあたりを絞られるような感覚に囚われるのだ。

 アキラは「うう」と言いながら、ベッドにうつ伏せに寝ていた。

「なにしてんの。だらしないんだから」

 ユーリの厳しすぎる言葉にも、アキラは黙って首を揺らすだけだった。

「大丈夫ですか、アキラ」

「ああ、まあ、大丈夫だけどさ」

 うっかりすると本音が飛び出しそうである。

 いや、飛び出してもいいのだ。なんで飛び出させないんだろう。どうしてもルナリアだけには、もう二度と落ち込んでいる本音を見せたくない気がした。

 帰りたい。ウルフの家を出てもう二晩過ぎている。もうそろそろ、本格的にウルフとヘレナは自分が帰ってこないことを心配し始める頃だ。そして、魔術師派遣協会に赴いたところで、自分の行き先は杳として知れないのだ。

 なのに、なんでこんなところに自分はもたもたと居座っているのか。あたりまえだ。そこの作業台で作業をしながら、あまつさえ口笛さえ吹き始めそうな女が、自分に脅しをかけているからだ。

「ああああぁぁぁ、八方塞がりじゃん…………」

 駄々っ子の様に足をバタバタさせると、さらにルナリアは心配した。

「だ、大丈夫ですか……?」

「大丈夫じゃない。ぜんっぜん大丈夫じゃねえよ…………」

 いつまで自分はあんなことを繰り返させられるのか、解らないところも薄気味悪い。もしかしたら、自分が老いるまでずっと、あんなことをやらされるのかもしれない。そもそも、この街に、魂玉をつけた機械傀儡がどれだけあるのかすら解らないのだ。

 服を来た外見だけじゃ、どれが胸に魂石を埋め込まれた機械傀儡だか解らない。だから、実感としてその数を理解することはできないのだ。

 …………ちょっと待て。

 ユーリは、自分は怪盗ソキウスではないとなんども主張している。そのために、自分がここへ連れてこられた時も、もっともらしいことをいろいろ並べ立てて、自分を説得にかかっていた。

 まず、そこが間違いだったんじゃないか。

 本当は怪盗ソキウスであるユーリが、言葉巧みに自分に「ユーリ・ジュディティウムは怪盗ソキウスではない」と信じ込ませ、自分の悪事の片棒を担がせていたのではないか。そうすると、ルナリアがここにいる理由が解らなくなるが、そこには理由があるのだろう。なんなら、ルナリアだって騙されているのかも……。

「お前が怪盗ソキウスだな、ユーリ!」

 いきなり起き上がり、ぴしっ、と人差し指で指してきたアキラをみて、ユーリはわざとらしくため息をついて見せた。

「だから、前にも違うって言ったじゃん。なに今更そんなこと言ってんの?」

「騙されねーぞ。どうせ、俺を騙して自分の悪事を手伝わせてるんだろ」

「はー、これだから妄想は嫌だね」

 ユーリが肩をすくめ、ルナリアがオロオロとアキラとユーリを交互に見る。変な空気が流れた。

「私は」突然、強い口調でユーリは口を開いた。「怪盗ソキウスじゃない。傍目からみれば同じ様なことしてるのかもしれないけど、それでも、奴とは違う。それだけは言い切れる。私がやってることは、少なくとも私のためだけじゃない。私の肩には、何百っていう他の人の幸せが乗っかってるの。それがちょっと重すぎるから、アキラに手伝ってもらってるだけ。

 いい? 金輪際、あんな、怪盗ソキウスみたいな奴と一緒にしないで」

 話しているうちに、ユーリは自分の熱でさらに自分を温めていった。

 一息に言い終わったユーリの顔を見る。頰が赤くなって、息も上がっていた。見開かれた目からはいつもの冷静さが消えて、アキラだけを見据えていた。

 演技なのだろうか。アキラは考える。演技だとしても、今の言葉に嘘が含まれているだろうか。

 嘘が混じっていたとして、今、自分はユーリの言葉に、何か言い返せるだろうか。

 無理だった。

 精々軽く、なんとも思っていない様な声を出して、こういう。

「解った。お前が怪盗ソキウスじゃないのは解ったから。落ち着けって」

「言われなくても、落ち着いてる」

「ああ、そうだ。俺が悪かったって。もう二度とあんなことは言わないから」

 こいつの怒りを買うと大変そうだ、というのは、アキラの動物の勘で解っている。

 でも、あんな剣幕でまくし立てるとは、まったく、これっぽっちも予想できなかった。

 アキラの言葉に、ユーリは何も答えなかった。しばらく作業台に向かって、でも、何もせずにいると、今度は窓の外をちらりと見やって、言った。

「………………ごめん」

「え?」

「行こう、そろそろ」

 魂玉を回収しに、だろう。アキラは無言でその言葉に従った。

 ルナリアが、まだおろおろとユーリの顔色を見ていた。


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