9:そして今日も朝が来る
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早くに目が覚めた。町の東にある登りの斜面のせいで、空は明るんでもまだ太陽は顔を出さないみたいだった。
アキラが寝ぼけ眼をこすりながらベッドから出てみると、すでにユーリは起きていて、何かごそごそと仕事をしているようだった。
「おう」
「あ、起きてきた」
ユーリはそれだけ言うために、わざわざ体ごと振り返った。後ろの作業台では、わけのわからない型のようなものに、溶けた金属のようなものが入っていた。何かを鋳造しているのだろうか。
アキラはユーリの顔を見て、驚いた。
「おい、すげえ瞼腫れてるけど大丈夫か?」
「あー、これ? 大丈夫大丈夫。徹夜したらこうなったってだけだし」
「徹夜?」
一晩中、そこの作業台に向かって作業をしていたということだろうか。
「しっ、大きな声出さないの。ルーが起きるでしょ」
ルナリアはベッドに行儀よく寝たままだった。アキラが寝てから一度起きたのか、寝る前とはアキラとの位置が逆になっていた。
「すまん」
アキラは一言謝ると、あ、とあることに思い至った。今ならルナリアに秘密で話が出来る。ずっと訊きたかったことを聞くのにはとても都合が良かった。
アキラはごくりと唾を飲み込んで、口を開いた。
「あのさ、ルナリアってお前に攫われたのに、なんでずっとお前の所に留まってるんだ?」
「おいおい知っていけば良いって言わなかったっけ?」
ユーリの目は真面目だった。うっすらとクマの残る瞼は眠そうだったが、それでも、今はそんな物に惑わされたりはしていない様だった。
「でも、おいおい知っていくっていったって、少しは解ってねえと俺も居心地が悪いんだ。お前のやりたいことに協力するって言ったんだから、少しは教えてくれても良いんじゃ無いか?」
アキラの言葉に、ユーリはわざとらしく考え込んでから、
「じゃ、半分教えてあげる。もう半分はルナリアが教えてくれるまで待ってて」
「…………まあいいや、それでも」
釈然とはしないが、ゼロよりかは半分でも知っていた方が良い。アキラはユーリに続きを促した。ユーリはそれに答えて、「えーと」と語り始めた。
「あたしとルーが結託して狂言誘拐を起こした、って所までは話したわね。ってことは、もう話す内容は全然残ってないじゃん」
「え?」
「だ、か、ら、もう話の半分のうち、ほとんどはあんたに話しちゃってるってこと。言い残してるのは、あたしがルーの願いを叶えるお手伝いをしてる、って所だけかな」
「その、ルナリアの願いっていうのは?」
「それは話さない方の半分だから。頑張ってルーから聞いてね」
「まじかよ…………」
アキラはぐったりと項垂れた。そのまま手近な椅子にどっかりともたれ込み、テーブルに突っ伏す。
「おまえさあ、いくら俺に晴らせない冤罪がかかってるとはいえ、それはさすがに意地悪すぎねえ…………?」
「まあ、ルーのことをあたしが話して良いかどうかは解らないしね。真正面から聞いても良いし、気がひけるならそれとなく聞き出しても良いんじゃ無いの」
自分の話はもうこれだけだ、と言わんばかりに、ユーリはつまらなそうな声でそう言って、また自分の作業台へと向いた。くるりと背を向けられて、アキラはうぅ、と情けない声を出した。
と、ユーリは作業台を向いたまま、アキラに声を掛けた。
「あ、あとさ。今日も出るから、魂玉回収しに」
「……え? 話と違わね?」
机に突っ伏していたアキラは、一瞬遅れて返事をする。
「いいでしょ。やっぱり急いだ方がいいかなって思ったの」
「えー…………、まあいいけど」
アキラは不承不承という感じで頷き、
「で、俺はどこに行って魂玉取ってくればいいんだ?」
と問うた。
「あー…………、えーとね」
ユーリはがさがさと作業台の抽斗を漁ると、中に入っていた丈夫そうな紙の冊子を取り出し、パラパラとめくった後、
「ああ、アーテミシア通りのこの家だね」
別の地図を取り出し、アキラに見せてくる。行った事はないが、道は広く、それなりに栄えているところのようだった。
そうではなくて。
「お前さ、その、魂玉を嵌めてる機械傀儡がどこにあるかっての、誰から教えてもらってるの?」
前にユーリは「ある情報筋」と言っていたが、それがどの程度信用にたるのかも疑わしいものである。
が、彼の質問に、ユーリは珍しく歯切れが悪くなった。
「それは…………、さ、あの、言えないかな」
「なんで?」
「なんででもいいでしょ。とにかく、この情報は確かなの」
また、ユーリは会話を乱暴に打ち切った。アキラは釈然としない感じを覚えながらも、それ以上何を聞いていいかも解らずに、テーブルに腰掛けて足をブラブラさせた。自分が出て行ったら、この目の前の少女には、アキラが脱走したなら、本当に「アキラこそ世に憚る怪盗ソキウスなり」と触れ回ってしまいそうな雰囲気がある。それを躊躇なくやり遂げてしまいそうな感じこそ、アキラをここに縛り付けているものなのかもしれない。
作業台の端っこには竃を乗っけたようなものがあって、ユーリはそこに鍋をかける。決まり切った動きを繰り返しているのを見ているうちに、だんだんと室内が明るくなってきた。
「あーあ、ねむ」
ユーリの間の抜けた声がした。




