4:雨が降るよ
外は、雨が降り始めたようだった。パラパラと窓を叩く雨の音を、アキラはいま、初めて意識した。
こいつ、何を言ってるんだ? その答えは、いくら考えても実を結ばない。しばらく黙った後で、アキラの口から出たのは情けない一言だった。
「それ、どういう意味だ?」
「あ、全くわかってないね」
ユーリはそう言って、「まー、あんたの脳みそじゃ仕方ないかー」と挑発するような言い方をした。アキラはぐっとこらえる。
「みんな、この街の魂玉泥棒を、一括りにして『怪盗ソキウス』って呼んでるじゃない。それ、間違いだから」
「ってことは、お前の他にも『怪盗ソキウス』がいるのか?」
「あったりまえでしょ。そもそも私は『怪盗ソキウス』じゃないの。怪盗ソキウスの真似をしている誰か、なの」
初耳だった。
「どういうことだ?」
ユーリはアキラの言葉にわざとらしくため息をつくと、なぜか立ち上がり、夜の街を切り取った窓枠へ、ゆっくりと腰掛けた。そして、ポケットから一枚の折りたたまれた紙切れを取り出し、もったいぶって開いていく。いやに絵になる仕草だった。
曇り空から降りてきたみたいな風に、赤毛が踊った。
「ここに、ある情報筋から集めた、魂玉を持っている機械傀儡と、その持ち主の一覧があります」
「ちょっと待て!」
アキラは身を乗り出さんばかりに、ユーリの言葉を遮った。
「お前、魂玉って…………、禁術じゃないのか?」
「禁術だよ。でも、見つかるまでは、誰もそれが禁術だなんて気付かない」
なんでもないよ、とユーリはいい、言葉を継いだ。隣をみれば、カップを持ったまま、ルナリアもユーリの顔に見入っている。初めて聞く話なのか、それとももう知っている話なのか、横顔からは解らなかった。
「禁術だけど、魂石の純度をさらに上げて、魂玉にする。たったこれだけの事で、憑依する人間がいなくても機械傀儡を動かせるって、魅力的じゃない? だって、いくらかお金を払えば、死んだ人を、さも生きているみたいに隣に置いて、一緒に暮らす事ができる。
禁術だけどさ、あたしはそれ、いい事だと思うけどな」
言い返せない。でも、それがあまりにも魅力的だからこそ、禁止されたのだ、というのもまた真実だった。
ユーリの言葉の本意がつかめず、アキラは黙り込む。ユーリはさらに続けた。
「でも、その魂玉泥棒が現れたの。最近ね。眠っている機械傀儡に近づいて、魂玉を抉り取って、あの不愉快な手紙を置いていく。それが奴の手口だった。
ま、あたしもちょっとそのやり口に不満があったからね、そいつのお仕事を邪魔してやろうって思ったわけよ。でも、その魂玉泥棒が誰か解らない。直接邪魔するのは無理だろうって事になったから、逆に奴と同じ事をしてやろう、って思ったの。
考えようによっては、最高の邪魔じゃない?」
「最高の邪魔?」
「そう。だって、奴は魂玉ばかりを狙ってる。これは間違いじゃない。さっきの一覧表に載ってたパペットばっかり狙われてるんだもん。だから、こっちも同じやり方で魂玉を盗んで、同じ手紙を残してやろうって思ったの。奴と競争で魂玉を盗んで、奴よりももっと早く、たくさんの魂玉を盗めば、あたしの勝ち。
でも、あたしは奴とは違う。盗った魂玉は何に使うわけでもない。その魂玉泥棒から守るために、一時的に私の手元に置いておくだけ。奴が諦めた暁に、全てを持ち主の機械傀儡に返すの。」
得意げにユーリはいう。あ、とアキラは声をあげた。
「確かに、『あなたの魂石、もらいます』と、『あなたの魂玉、お借りします』があったな」
「そう。最初が例の魂玉泥棒の手紙で、後ろがあたしの置いておいた手紙。もらう、って言ってるって事は返すつもりがないって事だし、返すつもりがない、って事は、何かに使うつもりがあるって事でしょ。まさか、並べて飾っておくだけ、って事でもないだろうし、別に何をしたわけでもない機械傀儡の動力源を奪って、それだけで楽しいなら、別に魂玉にこだわらないで魂石でもいいわけじゃん、盗るのは」
「そうだな」
こんがらがりそうな頭をどうにか整理して、アキラは答える。ユーリはまだ続ける。
「だから、あたしがたくさん魂玉を盗むって事は、そのまま奴の邪魔、ひいては、奴の関わってる計画の邪魔になる、ってわけ。お分かり?」
「わかったけどさ」
もやもやがのこるのだ。話の内容を整理しているような顔のルナリアを横目に、アキラは問うた。
「でも、それ、お前がやらなきゃいけない事じゃないだろ。なんでお前が、魂玉泥棒とやらの邪魔をしなきゃなんないんだ?」
「…………それ、今答えなきゃ、ダメかな? おいおい知って行ってもらう、って事にしたいんだけど」
珍しく歯切れが悪い。何か裏があるのか、と訝しみたくなる。が、アキラの追求を拒むように、ユーリは先に攻撃を仕掛けた。
「ま、あんたが私たちに協力すれば、いずれ分かる事だけどね」
「…………俺が協力しないって言ったら?」
「あんたが怪盗ソキウスだって、そこのお嬢様が告げ口するからね」
「…………解ったよ、協力する」
アキラが諦めてそう言うと、ユーリはうっし、と喜びの声をあげ、拳を握って見せた。ルナリアもホッとしたような顔をしている。
…………ルナリア?
「おい、そういえば、なんでルナリアはお前に攫われたくせに、当たり前のようにここにいるんだ?」
「それは……、まあ、おいおいってことで」
「お前もそれでごまかすのかよ」
アキラはもう一つ、ため息をついた。




