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3:怒りと歩み寄り


「おい……、結構疲れた、ぞ…………」

 アキラは肩で息をしながら、真っ暗な道を歩いた。同じ夜なのに、ウルフの店があるあたりよりも、セレーネ商店の前の道よりも、かなり暗い。どこかの家の目の前に打ち捨てられたゴミから変な匂いが漂い、雨も降っていないのに、道の端っこに汚い水たまりがあったりする。

 そんな道を、ユーリは迷わずに歩いて行った。


「あんたの魔力の樹が弱っちいからでしょ?」

 確かに、魔術師派遣協会に所属している魔術師の中では、一番弱っちい方だと言ってもいい。

「短い間にこんだけ魔力消費したら、普通の人間は疲れるって…………」

「情けないなあ、もお」


 そう言って、ユーリは、こんな道にふさわしくない明るさで、はははっ、と笑った。

 やがて二人は、一棟のやたらと大きい建物の前へとたどり着いた。この木組みの家が立ち並ぶウィアベルの街では、家々の大きさにあまり大きな差はなく、取り立てて大きい建物と行ったら、広場にある教会と、さっきいたセレーネ商会などの多くの人が集まって商売をするところ、そして、領主が住んでいる城くらいである。

 目の前にのっそりと立っている建物は、セレーネ教会と良い勝負だった。


「何だここ」

「まあね、後ろ暗い人たちが集まって暮らしてるところ、って言ったら、一番わかりやすいのかな」

「そんなに解りやすくねえよ……。なんだその建物…………」


 ユーリは何でもないようにそう言うと、建物の大きさに対して小さく見える木の扉を、きい、と開けた。

 中はカビ臭く、蝋燭の灯りすらなかった。ひたすらに暗く、目が慣れてきてもあまり変わらなそうだった。そんな中を、ユーリはすたすたと歩いていく。


「おい、ちょっと、まっ」

 がつん。足がなにか陶器のようなものを蹴飛ばした。と、中から、ぽちゃん、と音がして、どうやらかなり中身が入っているようなのが解った。

「あ、気をつけてね。そこらへん、錬金術かなんかを研究してる人の道具だから。掛かったら肉とか溶けちゃうかも、って言ってた」

 なんだそれ。とにかく、蹴倒さなくてよかった。アキラはほっと息をつき、身を少しかがめながら、あたりの物を手で触りつつ、慎重にユーリの背中を追いかけた。

 積み重なった箱と、何かがぎっしり詰まった棚に挟まれた道を抜け、なぜかいろんな草の植わっている鉢植えが一段一段に並べられた階段を登り、さらに廊下の狭く、暗く、埃っぽい三階へと登ってきた。やっぱり、ここもごちゃごちゃと物が置かれているようだ。床板は確実に傷んでいて、ささくれ、穴が開き、ところどころ捲れ上がっている。歩くたびにぎいぎいと賑やかに軋み、廊下全体が揺れるような気さえした。


 すいすいと歩を進めていたユーリは、とある扉の前で立ち止まった。懐から黒く錆びた鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込んだ。

 大げさな音を上げて、扉が開く。扉の隙間から、頼りない光が漏れた。


 扉が、開け放たれる。

 扉の向こうには、さっき忽然と姿を消した、ルナリアがいた。がらくたに囲まれた小さなテーブルにつき、扉の方を見つめていた。

 なんでこんなところにいるんだ。一瞬、アキラは不思議に思い、すぐに、ここがユーリ、怪盗ソキウスの根城だからだと気付いた。

 つまり、自分は言わば、敵である怪盗ソキウスの根城まで、ほいほいとついてきてしまった形だ。

 なのに、小さな炎に照らされたルナリアの顔は、なぜか心が浮き立っている様に見えた。


「ルー、いる?」

 と、何でもない風にユーリが言う。

「はい、ここに」

「あー、よかった。ちゃんとここに着いたんだ」

「はい。こんなおっきな建物、間違えるはずないですし、部屋の位置も教えてもらってましたから」

「いやでも、こんな汚い所によくたどり着けたね」


 ユーリはごちゃごちゃした荷物の山の中から鍋を引っ張り出してきた。

 会話に入りそびれたアキラは、改めて部屋の中を見回した。いわゆるゴミ屋敷である。さっきみたいに、ゴミのように見えて実は大事な物だったりするのかもしれないけれど、家具といえば、部屋の真ん中のテーブルと、あとは向こうにごちゃごちゃと木くずや金属の板が無造作に乗っかっているベッドと、部屋を取り囲むように壁に沿っておかれている本棚くらいだった。本棚には何の本かもよくわからない書物がたくさん並んでいて、その本棚も、足元の方には中身のわからない瓶だったり、石ころの詰まった木箱だったり、金属片だったりが、ごちゃりと積み重なっていた。

 ユーリは、と見れば、彼女は引っ張り出した鍋に瓶から水を汲み、その隣で、陶器の器のような物の中で炭を熾しているのだった。

 あの鍋、変なもの茹でたりしてないだろうな…………。


「ルー、お茶飲む?」

「あ、いただきます」

「アキラも?」

「あ、俺はいい」


 ルナリアの声は穏やかだった。その言葉にユーリはうなずき、火を熾した器の上に鍋を載せ、その隣で二つカップを用意していた。鍋の中に何か薬草の様な物を入れ、煮出している。なんとも言えないいい匂いが漂ってきた。晴れた昼、花畑の中に寝転んだら、きっとこんな匂いがするだろう。

 やがて、中の草をこして、二つのカップを持ってユーリはテーブルについた。

「いただきます」

 もう一度ルナリアはそう言って、両手でカップを包み、口をつける。しばらくすると、ほうっと息をついて、

「美味しいですね、これ」

 といった。その姿を、アキラはじっと見ていた。

 正体のわからないお茶を、よくもまあこれだけ思い切りよく飲めるものだ。お嬢様というのは怖いものである。世間知らずなのだから、もっと怖い。


「で」

 ユーリも一口カップに口をつけ、そう切り出した。

「どこから種明しするかな」

「種明しって…………」

 絶句するアキラをよそに、ルナリアとユーリは首をかしげあっている。今日の事だけでいいんじゃない? でも、今日の話をするなら、あんたのあれも話しておく必要があるでしょ。でも…………。アキラにはなんの事だかさっぱり解らない。

「おい、そっちだけで話し合ってないで、こっちにも解る様に……」

「ごめんなさい。ユーリ、やっぱり初めから話しましょう」

「でも、それだと万が一こいつが私たちを裏切った時に、面倒じゃない?」

「大丈夫よ、ユーリ。彼は私のそばにいるって約束したもの」

「世間知らずは怖いね、やっぱり」


 なんとなく、聞き覚えがある様な言葉が聞こえた気がしたが、なんか関係があるのだろうか。アキラが、いいかげんこっちにも解る様に話せ、と切り出そうとしたその時、「んんっ」とユーリは咳払いをした。


「まず、一番初めから話を始めるね」

「頼む」

 アキラの言葉を聞いたユーリは、一瞬頭の中で何かを整理する様に呼吸を整え、話し始めた。

「犯行声明文がセレーネ商会に届いていた、っていうのは知ってる?」

「ああ、次の満月の夜に云々、ってやつだろ?」

 ユーリは頷く。

「そう。あれはルー、あ、これはルナリアのあだ名ね、ルーが書いた物だったの」

「えっ?」

 アキラは思わず声をあげ、ルナリアの方を振り返った。ルナリアは小首を傾げて微笑むと、「こんなんじゃ全然誤ったうちに入らないだろうけど、ごめんね」

 と言った。謝ってもらおうなんて決して思ってはいないが、なんでそんな事をしたのか、理由が聞きたい。

 ユーリは「その理由はまた後で」と言って、さっさと次を話し始めた。


「結果、ニコラス・セレーネは大慌てに慌てて、門番の数を増やし、さらに、魔術師派遣協会に任務を依頼した、ってわけ。昔なら領主様の兵隊を何人か連れてくる位の事も出来たんでしょうけど、今は、ほら、ね。セレーネ商会も傾いてるから」

 そう言ってから、ユーリはルナリアの方を向いて、「あ、ごめん」といった。ルナリアはまた優しく微笑み、「本当の事ですから」といった。

 ユーリはまだ話し続ける。

「で、あんたの事よ、アキラ。私はルーに、側におく魔術師は、一番弱そうなやつにしなさい、で、どうにかして彼の意識か視線をそらした隙に、窓の鍵を開けて。そう言ったの。さすがに、今までの私のやり口を向こうも知ってるだろうから、窓を警戒されるのも解ってた。だから、ルーに、適当な椅子でそいつらをぶん殴りなさい、って、そう言った訳。私はできれば荒事は避けたかったから、窓から燭台を倒した時に、窓の二人も持ち場を離れてくれればな、って思ったんだけど、そう上手くは行かなかった。

 でも、ルーが上手く立ち回ってくれて、めでたく葡萄酒でアキラは居眠り。窓の二人は、まさかルーにぶん殴られるだなんて思ってなかったから、こちらもめでたく気を失った、って事」


 ユーリは手元のお茶で唇を湿らせた。まだまだ話すつもりの様だ。アキラは自分の質問を飲み込んだ。

「いい? 犯人は『怪盗ソキウス』なの。犯行声明も出てるしね。でも、いざ寝室を見てみれば、犯行声明通りルーはいなくなってるわ、二人の男は伸びてるわ、そんな惨状の中、一人だけ無事な男がいるの。そいつはもともとルーを守るはずの男だったのに、ルーが消えていたのに気づかない。もし椅子で殴るルーを目撃したって他の人に話しても、信じてもらえる訳がない。

 と、こうして、ルーは私に盗まれたのでした。めでたしめでたし」

 ユーリはおどけた調子でそう言うと、すまなそうな顔で舌をペロリと出して見せた。


 つまり、自分はこの二人の計画にまんまと乗せられていたのだ。そう解った途端、アキラの心の中には怒りがむくむくと湧き起こり、そして、次の瞬間にはその怒りは消え、不可解さが残った。

 その不可解は、半分はさっき飲み込んだもの、そして、半分は今生まれた物だった。


「じゃあ、なんで俺はここにいるんだ?」

「あ、それ訊いちゃう?」

 ユーリの方はもう話は終わり、と言う風に、カップを両手で包んだまま、椅子を後ろに倒して、二本足で器用にバランスを取っていた。

「それはね、あんたを一生日陰者にしておくのは忍びない、っていう、そこのお嬢様のお取り計らいだよ。感謝しなさいよ」

「しねえよ!」

 アキラは拳でテーブルを叩く。その音にルナリアはびくりと震え、ユーリの椅子はごとり、と音を立てて残りの二つの足を着地させた。

「なんで俺なんだ! 弱そうだったからか! ああ、そうだ、俺は弱いよ! よわっちく見えるだろうな!」

 自分が弱い、という事に怒っているのではない。絶対だ。でも、弱いと言う言葉は、いくらでも言葉にできる。

「だから、俺が悪いってか。俺なら、罪をなすりつけて、それで終わりだもんな! いいよな、気楽でさ!」

「その…………、あの………………」

「あ?」

「っ」

 ルナリアは何か言おうとしていた。アキラにその言葉を聞くつもりは、これっぽっちもなかった。

 だって、こいつは俺を裏切ったんだぜ? 誰がこいつのいう事を聞くもんか。

 アキラは怒りをぶちまける。そんなアキラとルナリアを、ユーリは表情を崩さずに、ただ眺めていた。「ふーん」とか言って、面白がってさえいる様だ。


「てめえのせいで、てめえのせいで、俺は家にさえ帰れねえよ! あのおっさん、なんて言ったっけか? ニコラスだ。ニコラス、そう、ニコラスだ。あいつ、お前の事、すげー大事にしてそうだったしな。俺の事、捕まえようとするだろうな。金持ちそうだったしな。どうせ、俺はこの城壁の外にすら出られねえんだ! いいか? そいつもこいつも、てめえが変な事するからだぞ? 解ってんのか? なんてことしてくれたんだ! お前なんか、こいつにさらわれてどこへでも行きゃあ良かったんだ! そうと知ってりゃ俺は、お前の隣なんかに行かなかったさ! お前なんかの」「あの、何を」「隣にさ!」


 勇気を振り絞りました、とでも言う様な、細い細い、かすれて聞こえもしない様な声が、アキラの言葉に挟まった。

 アキラの怒りの言葉は、彼の息切れのせいで途切れた。その隙間に、ルナリアの声が入り込む。


「何をすれば、アキラは私を赦すのですか?」


「何って…………」

 まともにその質問に答えようとして、アキラは何を言っていいのか、解らなかった。

 当然だ。赦すつもりなんて、全くなかったんだから。それすら気づけないほど、アキラの頭は怒りに沸騰していたのだ。アキラは不意に投げ込まれた言葉に、大げさなくらい慌てて、慌てたせいで、やっぱり言葉は出てこなかった。

「ま、私には感謝してほしいかな」


 それまで静観を決め込んでいたユーリが、突然割り込んできた。

「だって、あんたを助けてあげたんだし」

「お前が事を起こして、お前が俺を陥れたんだ。どう考えてもお前のせいだろ」

「よく考えてもみな」

 アキラの二の句を封じる様に、ユーリはカップを置き、アキラと視線をぶつからせた。

「いざとなったら、ここのお嬢様本人が『私の望んだ狂言誘拐でした』って言えば、全てが収まるんだよ? それに、あんたを貶める必要があるなら、別にあんな面倒なボヤ騒ぎなんて起こしてまで、あんたを助けになんか行かないし。

 それに、どこの物好きが、あんたみたいなたった一人の少年を怪盗に仕立て上げて、それからわざわざボヤ騒ぎを起こしてから助けに行くっていうの? 無駄な手間ばっかりじゃない」

「…………」


 アキラは言われた通りよく考えてみた。そして、自分は裏切られ、でも、そのあと、確かに救われたことも知った。

「じゃあ、なんで俺を助けに来たんだ」

「理由は二つあるんだけど」

 ユーリは二本指を立てて見せた。

「一つ目は、あんたをこちらの計画に引き込もう、って思惑があったこと。こっちにはこっちの正義があるの。二つ目は、ここのルーお嬢様が、人を策に陥れるということがどれだけ自分を苦しめるか、知らなかったってこと」

 あんまりピンとこない。

「あの、それは、彼を助けたというよりも、私の罪の償い方だった、と言うだけですから。私の心に決着をつけるために、アキラをあそこから連れ出しただけで…………」

「何が言いたいの、ルー?」

「つまり、彼を助けたのは、私たちの思惑があったからで、私の思いはそれとは別だった、と言うことです…………。私の思いは、自分勝手なものでしたから。その、なんでしょう。解りづらくてごめんなさい」

 ユーリは一瞬ぽかんとしていたが、すぐに「ああ」と言って、何かを理解した時の顔で頷いた。

「ルー、あんたもめんどくさい言い方するね」

「分かりづらくってごめんなさい…………」

 ルナリアは一層小さく縮こまった。

 アキラは、まだ話が飲み込めない。ルナリアとルーの会話は、どこか二人の間にしか通じない暗号で話をしている感じがある。


「だから、俺はなんでここにいるんだ」

 苛だち混じりのアキラの声に、ユーリはようやく答えた。

「私たちの計画に加担してもらうため、だね。短くいえば。

 最初はあんたに『怪盗ソキウス』の称号をおっ被せて、それで私たちはいなくなれば良かった。でも、ここのお嬢様がそれは忍びないっていうし、私も私で、一人くらいは男手があってもいいかな、って思ってたところだから、アキラを連れてきた、ってわけ」

 平気で恐ろしいことを言う、とアキラは思った。目の前の整った顔立ちの赤毛の少女が、とんでもない化け物のようにさえ見える。

「じゃあ、俺はその、『私たちの計画』とやらの内容を、聞く権利があるわけだ」

「その通り」

 ユーリはそう言うと、悪巧みがばれた子供みたいに、にやりと笑った。

「魂玉泥棒の邪魔をするのよ」


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