春の肖像・妹の沈黙
三日目、姉妹の朝はいつもどおり始まった。ノエラはいつもの柔らかな調子で姉の茶を替え、余計な質問をしない。だが卓上の招待状には、一度開封して戻したような浅い折り目があった。
ノエラは社交界の大広間より温室を好む。人前で咳き込むことが多く、今季も必要な夜会にしか出ない予定だと家令へ伝えていた。
朝食室には二人分の茶器が並び、ノエラが蜂蜜の匙を姉の側へ押した。社交季が始まれば、この静かな食卓を毎日守ることさえ難しくなる。
レティシアは妹の咳が止まるまで窓際を離れなかった。ノエラは平気だと笑い、姉の衣装合わせに遅れるほうを心配した。
オスカーは予定を一刻ごとに区切らず、移動と休息の余白を残した。宮廷は余白を怠慢と見るが、人は帳面どおりの速さでは動けない。
廊下の向こうでノエラの扉が閉じた。おやすみなさいという声が残り、レティシアは母の肖像へ一礼して自室へ戻った。
夕暮れには公爵邸の窓が順に閉じられた。明日の支度をする使用人の声が行き交い、姉妹のいる居間だけは静かなままだった。
ノエラは読みかけの本へ細い青紐を挟んだ。姉が題名を尋ねると、まだ途中ですから、読み終えたら話しますとだけ答えた。
王都では春の馬車が増え、門前の石畳が一日中鳴っていた。新しい季節は華やかでも、公爵家の予定には義務の文字ばかりが並んだ。
マルタは窓辺へ季節の花を一輪だけ飾った。過剰な装飾を好まない姉と、明るい色を選びたがる妹の、ちょうど中間になる白い花だった。
午後の作法稽古では、歩幅と視線の高さを何度も直された。レティシアは不満を見せず、終わると教師へ礼を述べて妹の待つ居間へ戻った。
公爵領から届いた便りには、雪解けと今年の種蒔きが記されていた。王都の予定とは違う時間が流れていることに、レティシアは少しだけ息をつく。
(本文実測:742字)




