白い招待状・王宮の廊下
王宮へ場所を移しても、「白い招待状」をめぐる視線は消えなかった。王宮では、声を潜めた会話ほどよく響いた。レティシアが通ると話は止まり、去った後にだけ「婚約者」という言葉が残った。
封筒の裏には配達係の受領印が二つあった。誤配として戻されたらしいが、どの部屋へ運ばれたのかは記録に残っていなかった。
セシル・ローネは地方男爵の娘で、病に伏す叔母の代わりに王都へ来たという。宮廷での評判はまだなく、それがかえって人々の好奇心を集めた。
姉妹だけの時、ノエラはレティシアを「お姉さま」と呼び、宮廷で使う完璧な礼を忘れた。レティシアも妹の前でだけ、背もたれへ少し深く身を預ける。
レティシアは分からないことを分かったふりで埋めなかった。小さな違和感も、今はただ日付と場所を添えて記録するだけにした。
レティシアは鏡の前で口元を整えた。明日は婚約者として王宮へ上がる。その前の静かな夜を、姉妹はいつもよりゆっくり過ごした。
夕刻の鐘を合図に、屋敷の門番が交代した。レティシアは階下の足音を聞きながら、明日も同じ穏やかな朝が来ると思おうとした。
姉妹は温室へ移り、冬を越した白薔薇の芽を確かめた。そこでは王太子の婚約者も病弱な令嬢も関係なく、二人で土の乾き具合を言い合えた。
オスカーは予定を一刻ごとに区切らず、移動と休息の余白を残した。宮廷は余白を怠慢と見るが、人は帳面どおりの速さでは動けない。
夕暮れには公爵邸の窓が順に閉じられた。明日の支度をする使用人の声が行き交い、姉妹のいる居間だけは静かなままだった。
ノエラは読みかけの本へ細い青紐を挟んだ。姉が題名を尋ねると、まだ途中ですから、読み終えたら話しますとだけ答えた。
(本文実測:698字)




