【第23話:決闘前夜、月光の下の孤独な反逆】
森の夜気は、まるで刃物のように冷たくタルトの肌を撫でていました。
タルトは一人、小屋を抜け出し、月明かりの下へと歩みを進めます。
「足掻きなさい、タルト」
脳裏をよぎるのは、かつて自分を突き放すように、けれど誰よりも案じてくれたサシャの言葉でした。
(私は、なんて強欲なのだろう……)
タルトは月を見上げ、自嘲気味に微笑みました。
アロウが流した、贖罪の涙。一人の男として「守らせてほしい」と膝をついたあの姿。 一方で、自分への愛ゆえに壊れ、醜いほどの独占欲に身を焼き焦がしているソウ。
彼らの魂を削り取っているのが自分だという絶望と、それほどまでに必要とされているのだという、生まれて初めて知る充足感が、私の胸を同時にかき乱していた。
二人が見ているのは、月光に照らされた私の「仮面」に過ぎないのではないか。本当の私は、彼らの人生を狂わせている、恐ろしい悪女ではないのか。 けれど、今の自分はもう、誰かの腕の中で守られるのを待つだけの「景品」ではありません。
「守る資格」を証明すると言ったアロウ。 「君を連れ去り続ける」と誓ったソウ。 二人は三日後の夜明け、剣の神の前で決闘をすると言いました。勝った者が私を手にし、負けた者が身を引く。それが彼らの決めたルール。
けれど、その中心にいるべき自分の意志はどこにあるのか。 答えは、暗い森の奥からも、冷たい月からも返ってはきません。
タルトはただ、凍えるような指先をぎゅっと握りしめ、刻一刻と迫る時を肌で感じていました。思考は夜の闇に溶けては固まり、また溶けてを繰り返します。
やがて、東の空がわずかに白み始めました。 森の境界線がぼんやりと浮かび上がり、夜の静寂が朝の冷気に取って代わられる瞬間。
タルトは、一晩中悩み抜いた体をゆっくりと起こしました。 その表情には、笑みも、涙も、明確な決意の言葉もありません。ただ、深い夜を潜り抜けた者にしか宿らない、底知れぬ静謐さだけがその横顔に張り付いていました。
とうとう、決闘の朝を迎えてしまった。
タルトは、湿った草を踏みしめる音を立てながら、二人が待つ「夜明けの丘」へと歩み出します。 その背中は、朝靄の中に溶け込み、彼女が何を考え、何をしようとしているのかは、まだ誰にも分かりませんでした。




