【第21話:第一夜、月光に溶ける謝罪と真意】
(森の夜気は冷たく、シダの葉があなたの足元でカサリと音を立てます。少し離れた場所で、アロウが月を見上げて立っていました。あなたが歩み寄る気配に、彼は肩を震わせ、ゆっくりと振り返ります。その瞳には、かつての刺すような鋭さはなく、深い夜の海のような静かな哀しみと、あなたへの慈しみが宿っていました。彼はあなたを抱きしめようとはせず、ただその場に深く、深く頭を下げました)
アロウ: 「……来てくれたんだね、タルト。……今の俺には、君に顔を向ける資格さえないと思っていた。君を追い詰め、あんな狭い檻に閉じ込め、君の心を殺しかけた……。数ヶ月、君のいない屋敷で、君が残した香りの名残を追いながら、俺は自分の愚かさに毎日、胸を切り裂かれる思いだった。」
(彼はゆっくりと顔を上げ、一歩だけあなたに近づきます。その手は、あなたの頬に触れたいと願うように微かに震えましたが、それを自制するように強く握りしめられました)
アロウ: 「……逃げ出した君を、恨んだことは一度もない。むしろ、ソウが君を連れ出してくれたことに、どこかで安堵している自分さえいたんだ。……でも、タルト。これだけは信じてほしい。俺が君を『物』だと言い放ち、誰にも見せないように隠したのは、君をこの国の『道具』にしたくなかったからなんだ。
18歳を迎えれば、君は王家の命よって、見知らぬ男の元へ送られる……。俺は、それが耐えられなかった。俺の傍で、たとえ『愛妾』という汚れた名に甘んじさせてでも、俺の手の届く場所で、一生君を甘やかし、守り抜きたかった……。」
(アロウは力なく笑い、地面に視線を落としました。その声は、消え入りそうなほどに掠れています。
「アロウ様 泣いていらっしゃるのですか?」
アロウはあなたのその言葉に、弾かれたように肩を揺らしました。彼は慌てて手の甲で目元を拭い、自嘲気味に、けれど隠しきれない情愛を込めて微笑みます。月光に照らされた彼の頬には、拭いきれなかった一筋の光がまだ残っていました)
アロウ: 「……無様だろう。あんなに傲慢に君を縛り付けていた男が、今さら君の優しさに触れて、子供のように涙をこぼすなんて……。」
(彼はゆっくりと膝を折り、あなたの視線よりも低い位置で座り込みました。かつての支配者としての威圧感は消え、そこにあるのは、ただ一人の女性の許しを乞う、一人の男の姿です)
アロウ: 「タルト……。君がいない間、俺は自分が作った『檻』の中で、自分自身が窒息していたんだ。君に謝らなければならないことが山ほどある。……君を、一人の人間としてではなく、俺の絶望を埋めるための『聖域』にしてしまったこと。君が抱えていた不安や、自由への渇望を、愛という名で塗りつぶそうとしたこと……。本当に、すまなかった。」
(彼は地面に置いた自分の手を見つめながら、静かに、けれど決意を込めた声で続けます)
アロウ: 「君がソウと過ごした数ヶ月……。君の表情が、あの屋敷にいた頃よりもずっと、柔らかくなっているのが分かる。……それを見ていると、胸が締め付けられるほど苦しいのに、同時に、君が救われたことに救われている自分がいるんだ。
……それでも俺がここに来たのは、君を無理やり連れ戻すためじゃない。……君の人生を、君自身の手で、本当の意味で選んでほしかったからなんだ。」
(アロウは視線を上げ、真っ直ぐにあなたの瞳を見つめました。その瞳には、かつての濁りはなく、澄み渡った真実の熱量だけが宿っています)
アロウ: 「たとえ三日後の決闘で俺が勝ったとしても、君の心が拒むなら、俺は二度と君を縛らない。……でも、もし……もし、今の俺にもう一度だけチャンスを許してくれるなら……。俺は国家の命令からも、公爵家の名誉からも君を守り抜く。だから 俺に守らせてくれないか?」
タルト:「……アロウ様……」
(アロウは、あなたが紡いだ自分の名を、壊れものを扱うような震える声で聞き届けると、堪えきれずに視線を伏せました。その唇が、微かに「タルト…」と動き、あなたの存在を確かめるように繰り返されます。
かつてのような有無を言わせぬ強引さではなく、あなたの胸に迫るような、切実で真っ直ぐな想い。それがアロウの輪郭を、あなたの知っている傲慢な主君から、一人の「愛に迷う男」へと変えていました)
アロウ: 「……俺も、自分がどうしてしまったのか分からないんだ。君がいない静寂の中で、俺はただ、君が笑っている幻影を探し続けていた。……そして気づいた。君を閉じ込めていたのは、俺自身が孤独という病から逃げたかっただけなのだと。
タルト……。今の俺の言葉が、君には信じられないかもしれない。今まで俺が君に与えてきたのは、重すぎる宝石と、自由を奪う誓いだけだったから。 だが、今の俺が君に捧げられるのは、この命と、君の意志を尊重するという誓いだけだ。」
(アロウは一歩、ゆっくりとあなたに近づきました。でも、その手はあなたの体には触れず、ただあなたの足元の土を慈しむように、その場に片膝をつきます。それは騎士が、生涯の主君に捧げる最も深い敬意の礼でした)
アロウ: 「俺に、守らせてくれないか。……君を縛るためではなく、君を本当の意味で自由にするために。 三日後、俺がソウと剣を交えるのは、君を力で奪うためじゃない。君を守る資格を、君の横に立つ覚悟を、己の魂に刻みつけるためだ。
もし俺が勝ったなら、誰にも脅かされない一人の女性として、俺のすべてを賭けて護衛する。 ……タルト、君の瞳には今、俺はどう映っている? まだ、俺は……君の呼吸を止める、忌まわしい過去のままか?」
タルト:「アロウ様 忌まわしいなんて…… たしかに 苦しかった時もありました。でも 守られている事も アロウ様が守っていてくださることも わかっていました。 感謝もしていました。」
あなたの「感謝もしていました」という言葉を聞いた瞬間、アロウの全身から力が抜け、まるで長い間止めていた呼吸をようやく吐き出したかのように、深く、長く息を漏らしました。
その表情は、勝利した者の喜びではなく、死刑を宣告されるのを待っていた囚人が、思いがけない慈悲を与えられたかのような、痛々しいほどに救われた顔でした)
アロウ: 「……感謝、だと……? 君は……あんな地獄のような日々に、そんな言葉を向けてくれるのか……。君という人は、どこまで俺を……俺を恥じ入らせれば気が済むんだ……。」
(彼は膝をついたまま、顔を覆いました。指の間から、熱い震えが伝わってきます。あなたが自分を「守ってくれていた」と認めてくれたこと。それが、彼にとってどれほど過分で、どれほど救いになったか。言葉にならない感情が、夜の静寂を震わせます)
アロウ: 「……ありがとう、タルト。その言葉だけで、俺のこれまでの人生のすべてが報われた気がする。……だが、だからこそ、俺はもう自分を甘やかさない。君の優しさに甘えて、また君の心を犠牲にするような真似は、二度と自分に許さない。」
(アロウはゆっくりと顔を上げました。その瞳は、涙を湛えながらも、驚くほど澄んでいます。彼は立ち上がり、剣の柄にそっと手を添えました。それはタルトを威圧するためではなく、自身の誓いを再確認するような仕草です)
アロウ: 「三日後……俺はソウと、男としての全霊をかけて戦う。それは君を『奪い合う』ためじゃない。君に、本当にふさわしい男がどちらなのか、神の前に証明するためだ。 ソウが君に与えた安らぎを、俺が超えられるのか。俺が捧げる覚悟が、君を幸せにできるのか。
タルト……三日後の夜明け、俺たちの戦いを見届けてほしい。 もし俺が地に伏したなら、君はソウと共に、俺の庇護のもとで遠くへ行き、幸せになってくれ。 だが、もし俺が勝ったなら……。その時は、もう一度だけ、君の人生の一部に、俺という男を加えてはくれないだろうか。今度は、重すぎるドレスではなく、君が軽やかに歩き出せるための靴を、俺に用意させてほしい。」




