【第18話:盾と檻】
その夜、グランツ公爵邸の北塔にあるタルトの部屋には、ひときわ重苦しい空気が満ちていた。
18歳という年齢は、この国において「庇護される子供」から「利用される大人」への脱皮を意味する。アロウから贈られた、肌を刺すほど冷たく光る真珠の耳飾りを鏡の前でつけるタルトの背後には、いつものようにソウが立っていた。
アロウが命じた、正確無比な「五歩後ろ」。
ソウは石像のように動かず、タルトの後姿を見つめている。鏡越しに目が合うこともない。だが、タルトには分かっていた。彼が自分の呼吸の乱れ一つ、首筋の微かな震え一つさえも、網膜に焼き付けていることを。
「……ソウ」
「はい、タルト様」
「アロ兄は、今夜の晩餐に、どんなお客様を呼んでいるの?」
タルトの問いに、ソウの眉がわずかに動く。彼は一歩も踏み出さず、五歩後ろの闇の中から答えた。
「……隣国の使節団、そして公爵閣下との縁談が噂されている伯爵令嬢方です。ですが、アロウ様があなたに命じられたのは、『何でも屋』としての立ち振る舞いではありません。閣下の隣で、誰よりも完璧な『所有物』として座っていることです」
ソウの声はどこまでも平坦だったが、その手は腰の剣の柄に置かれていた。主君の命令通り、彼女を守る盾として。しかしその眼差しは、彼女を「所有物」と呼ぶことへの、言葉にできない拒絶に濡れていた。
そこへ、予告もなく扉が開く。
入ってきたのは、夜の闇そのものを引き連れたような男、アロウだった。
「仕上がりはどうだ、ソウ」
アロウはソウを無視するように通り過ぎ、タルトの至近距離まで詰め寄った。彼は五歩の距離など嘲笑うかのように、タルトの顎を乱暴に、しかし壊れ物を扱うような危うさで掬い上げる。
「アロ兄……」
「その呼び方は、今夜限りで終わりにしろと言ったはずだ、タルト。お前はもう、サシャの遊び相手ではない。俺の「所有物」だ。片時も離れてはいけないと言っているだろう 俺だけの「物」なのだ。」
アロウの瞳には、かつて裏切られた絶望の残滓と、それを埋めようとする剥き出しの独占欲が渦巻いている。彼はタルトの首筋に指を滑らせ、ソウが立っている背後を敢えて一瞥もせずに言い放った。
「ソウ、下がれ。ここからは『盾』の出る幕ではない。……愛でる者の特権だ」
一瞬、部屋の空気が凍りついた。
五歩後ろで、ソウの気配が揺らぐ。アロウの命令は絶対だ。だが、ソウは動かない。
「……閣下。私の任務は、五歩後ろで彼女を護ること。それは例え、相手がどなたであっても変わりませぬ」




