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【第14話:上書きされる記憶、沈黙の凌辱】

アロウの脳裏には、毒のように消えない記憶があった。 あの日、泥だらけで屋敷に来た少女の涙を最初に拭ったのは、自分ではなくソウの手だったこと。「アロ兄 サシャ様がいじめるの」と泣きついてきたときに自分が突き放した日 お前の背中をさすり慰めていたのがソウであること。


悩み事があれば「教育係」の先生としていつもタルトは俺でなくソウに相談していた事。護衛術といってタルトの腰に触れていたこと。 ・・・・・ お前の初めての安らぎも、初めての学びも、すべてソウの手によるものだというのか?) その事実が、アロウの誇り高い魂をズタズタに切り裂いていた。


■ アロウ:【「最初」を奪い返すための儀式】

朝の光が差し込むサロン。アロウは、ソウが背後に控えていることを承知で、タルトを自分の椅子のすぐ隣に座らせた。


「タルト、昨夜は少し驚かせたね。……仲直りの印だ」 アロウはそう囁くと、タルトの細い手首を掴み、その手の甲にゆっくりと、ねっとりとした唇を落とした。


(……見ろ、ソウ。お前がどんなに慈しもうと、この肌を自由に食む権利は俺にある。 お前が教えた言葉で、あいつに俺の名前を呼ばせてやる。お前が癒したその心に、俺の恐怖と愛を一生消えない刺青いれずみのように刻んでやるんだ。 首筋に、指先に、お前の目の前で俺の痕跡を一つずつ増やしていく。 お前が守り抜こうとしているその「聖域」を、俺の愛という名の暴力で蹂着じゅうちゃくしてやる……)


ただし 唇だけは残しておいてやる。それはお前が俺を受け入れてくれる日が来る時まで残しておくことにしてやる。

アロウはタルトの耳元に鼻先を寄せ、彼女が微かに怯えて肩を震わせるのを確認すると、満足げにその首筋へ深く、長いキスを刻んだ。


■ タルトの言葉:【拒絶を封じられた悲鳴】

タルトは、アロウの過剰な接触に身体を硬直させる。 かつての「アロ兄」の温もりとは違う、所有権を主張するような重苦しい愛撫。拒みたい。


けれど、公爵家の庇護の下で生きる自分に、それを許される資格はないのだと、アロウの瞳が語っていた。

「……っ、アロ兄……皆様が見ていらっしゃいます……。……そんなに、強く……」

タルトは必死に声を絞り出すが、その視線は無意識に、いつもの定位置に立つソウを求めて彷徨う。


けれど、助けを求めればソウが罰せられることを知っている彼女は、ただ指を強く握りしめ、アロウの執拗なスキンシップに耐え続けるしかなかった。


■ ソウ:【五歩後ろ、血を吐くような男の業】

ソウは「五歩後ろ」で、己の無力さを噛み締めながらその光景を凝視していた。

(……あぁ、やめてくれ。やめてくれ! もう見たくない、見ていられない……! あの方の肩が震えている。


声が……あの綺麗な、俺の名前を呼んでくれた時と同じ声が、今は恐怖で震えている。 あぁ、綺麗だ……。泣いている姿さえ、狂おしいほどに綺麗だ。だが、見ていられない、やめてくれ!)


ソウの視界は、怒りと情欲が混ざり合ったどす黒い感情で真っ赤に染まっていた。 (俺にとっては、これは死よりも辛い拷問だ。 ……くそ。くそ、くそ、くそ!!)

背後で握りしめた拳からは、食い込んだ爪が肉を裂き、血が絶え間なく滴り落ちている。


(あの方は、あの潤んだ瞳で俺を見ている。俺に助けを乞うている。 「ソウ……」と、その瞳が、その心が、俺の名前を叫んでいるじゃないか! 今すぐ……今すぐそこへ行って、その手を引き剥がしてお前を助け出そうか。


いや、ダメだ。そんなことをすれば、お前はもっと辛い目に遭う。アロウはさらにお前を壊すだろう。 ……耐えろ。耐えるんだ、俺。動くな。一歩も動くんじゃない。

くそっ……! くそ、くそ、くそ……!! 今、俺にできるのは、この地獄を、あの方の屈辱を、すべてこの目に焼き付けることだけなのか……!?)


ソウの瞳に宿っているのは、もはや忠誠などという高潔なものではない。己の無力さへの絶望と、その底なしの暗闇の中で肥大していく、アロウへのどろりとした殺意だ。


(……閣下。あなたは今、満足しているだろう。 だが、あの方が俺に助けを求めている限り、あなたの指先がどれほど肌を汚そうとも、あの方の魂の「最初」も「最後」も、決してあなたのものにはなりはしない……! その無様な優越感ごと、いつか地獄へ引きずり落としてやる……)


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