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【第11話:五歩の残響】

――守られているはずなのに、どうしてこれほど息が苦しいのだろう。

華やかなシャンデリアが輝く舞踏会の最中、アロ兄の冷たい指先が首元に触れた瞬間、タルトの胸を支配したのは、感謝ではなく喉元を絞められるような窒息感だった。


ソウが「専属護衛」を命じられ、彼女の『五歩後ろ』に固定されてからのこの一年間、公爵邸の空気は目に見えない歪な熱でじわじわと満たされていったのだ。

アロウが自ら下した命令は、彼自身の心を蝕む最悪の猛毒となっていた。

公爵嫡男としての責務に追われるアロウは、一日中タルトの側にいることはできない。だが、彼が執務室の窓から庭園を見下ろすとき、あるいは廊下の陰から視線を送るとき、そこには常に、タルトの『五歩後ろ』に石像のように控えるソウの姿があった。


(……ソウは、俺よりもあいつの近くにいる)

書類を握りしめるアロウの指先が、怒りで白く震える。

自分はタルトを「完璧な所有物」として檻の中に飾り立てることしかできないのに、ソウはタルトの日常のすべてを共有しているのだ。

タルトが名もなき草花を見てふと零した無防備な笑顔も、退屈そうに本をめくる瞬間の微かな息遣いも、そして夜、部屋の入り口で眠りにつく俺の知らないタルトの微かな寝息すら、ソウは五歩後ろの闇の中で、その肌で感じ取っている。

二人が言葉を交わしていなくとも、ふとした瞬間に視線が重なり合うことすら、アロウには耐え難い裏切りのように思えた。

自ら課した「五歩」という距離。その距離が、アロウにとっては「自分よりも圧倒的にタルトに近い、近すぎる特権の距離」に思えて狂いそうになる。その激しい嫉妬を覆い隠すように、アロウのタルトへの守り方は、より無機質で、より強引な「支配」へと変質していった。


一方、背後に立つソウの胸中にも、主君への忠誠とは全く別の、昏く濃密な感情が満ちていた。

アロウの過剰な監視と冷徹な縛り付けによって、タルトが日に日に血色を失い、すり減っていくことにソウは気づいていた。


(閣下……あなたは彼女を彫像に変えようとしている。そんな暗闇から、私が彼女の心を救い出さねばならない)

ソウは、アロウの支配の苦しみから、タルトの心を少しでも癒やしてあげたいと願っていた。言葉を交わさずとも、視線だけで「私はここにいます」と伝え、彼女にとっての唯一の避難所になろうとする。

その「守りたい」という純粋な騎士の愛は、もはや神への信仰のように絶対的なものへと純化していった。 しかし、その善意の裏には、ソウ自身も無自覚な、底知れない幸福感が潜んでいる。


(閣下の命令のおかげで、私はいつでも彼女の側にいられる。この命が尽きるまで、彼女のすべてを視界に収めることが許されているのだ)

それは、主君の狂気的な嫉妬がもたらした、歪んだ優越感。ソウは自らの「信仰」という盾でタルトを包み込み、アロウの支配から彼女を隠すようにその距離を狭めていく。


アロウの、鋭く刺すような「支配」という名の檻。 ソウの、逃げ場のない「献身」という名の沼。 二人の男の、決して交わらない「守り方」に挟まれ、タルトはどこへも逃げられない窒息感に震えていた。守られているはずなのに、魂が削られていく。


――そして、あの舞踏会の夜。一年をかけて限界まで煮詰まったその歪な空気は、ついに破裂の時を迎えようとしていた。


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