Chapter 17 Periodic exams
day:6/25/2035 mon
その日、梅雨なのに外は珍しく晴れだったのだが、BN部の部室は、季節相応の重苦しい暗雲に包まれていた。
今日、返ってくる……いや、返ってきたのは『期末テスト』。俺の心は、合計たった二十枚の紙のせいで、荒れていた。
「あ゙ぁぁぁぁ……なんで、なんでここがこうなんだよぉ……」
机の上に置いてあるのは、英語のテスト。
本来の答えは、『Do you like books?』なのだが、俺は間違えて『Are yuu rike bukkusu?』と書いてしまっていた。
ローマ字と死ぬほど紛らわしいんだよ、英語ぉッ!
そ、も、そ、も、もうこの2035年には素晴らしいスマートフォンという文明の利器があるんだから、わざわざ学ばなくてもいいだろぉっ!
英語教そわんなら、ローマ字やる前にやりたかったよ! ホント!!
だが、これは一例。
隣では、国語の問題で撃沈している星奈や、理科で出されたのが生物だったせいで手も足も出なかった鈴、そして作曲と公演に時間を取られたせいで本来の半分の時間しか勉強できなかった光莉先輩が机に突っ伏していた。
「まったく、情けない……」
五教科全て満点という、漫画の世界だけと思われていた最高成績を叩き出した龍三先輩が呆れた声を出す。
「そうだ――じゃなくて、そうですね」
五教科全て零点という、こっちもある意味脅威的な点数を弾き出した大翔も首を横に振る。
「「「「お前にだけは言われたくねぇ!!」」」」
俺、星奈、鈴、光莉先輩は声を揃えて叫んだ。
今はメンテナンスのためにいない、合計点数四百二十点を取ったハルに言われるのならばまだわかる。だが俺達より圧倒的なまでにひどい点数を取った大翔にだけは、絶対に、言われたくないよっ!!
「うん、じゃぁ追試がある大翔は、勉強しとこうか?」
龍三先輩が、笑いながら言った。
「え、ちょ…嘘で――」
「あ、ちなみに合計二五〇点以上取らないと、大会に出せないからね?」
素晴らしいまでの黒い笑みを浮かべながら、彼は言った。
「それじゃ、光莉は夏祭りの準備、鈴はプログラミングのついでに大翔に勉強を教えてやってくれ。そして大和と星奈はこっち来て」
「え、どこに行くんですか?」
星奈が龍三先輩に聞く。
「剣術を教えに、ちょっと外にね」
俺達二人は龍三先輩に連れられ、第三演習場のど真ん中にやってきた。なぜか、目の前には抜刀術で切る藁束が、立てられていた。
「じっちゃん! 呼んできたよ!」
龍三先輩が、大声を出す。
「とぉっ!」
それと同時に、藁束の後ろの地面から、誰かが飛び出してきた。
飛び出したと同時に一瞬何かが銀色に輝き、飛び出した誰かが地面に着地した。それと同時に藁束がドスンと音を立て、倒れる。
飛び出してきた人は、黒い和服を着た、七十代ぐらいのお爺さんだった。お爺さんは先程藁束を切ったと思われる刀を納刀した。
「こちらは元自衛官で、輪廻流古流武術の師範をやってる、僕のじっちゃんの滝川源治。で、じっちゃん、こちらがBN部の一年生。右から有川大和、一ノ瀬星奈、」
龍三先輩が、軽く紹介してくれた。
「こんにちは。滝川源治と申します。孫が大変お世話になっております」
「「「いえ、こちらこそ……」」」
なんだか、源治さんからは、なんというか……独特な雰囲気が感じられた。
常にスパルタな空気をまとっている体育の先生とは違うし、かと言って緩いわけでもない。
なんというか、常に周辺を全て把握しきっているような……まるで鞘に収められた刀のような印象。
龍三先輩からも似たような空気を感じられないことはないが、濃度がまるで違う。
「さて、龍三。この子らに儂は何を教えればよいのじゃ? 戦い方がわからぬから同仕様もない。」
「まず、大和は片刃の大剣一本と刀二振りを組み合わせて使うよ。で、星奈が西洋剣の二刀流」
「ほう……?」
源治さんは、西洋剣と聞いた途端に眉をひそめた。
「儂の専門は格闘術と槍術、剣術の三つじゃ。だが、輪廻流が扱うのは刀。大剣は斬馬刀と考えればまだ分かるが、両刃の剣は教えられん。お嬢さん、悪いことは言わんから剣じゃなくて、刀の二刀流にするのを勧めるぞ」
「嫌です! あの剣は捨てられません! それにたとえ両刃でも、アレは重量で叩き切る剣じゃなくて切断力メインのやつだから刀の技も多分使えます!」
速攻で、源治さんの勧めを星奈は断った。
「……どうしても、か?」
「どうしても、です!」
「……わかった、武士の情けだ。愛剣は捨てられぬだろう。特別に許可する」
仕方なく、源治さんが折れてくれた。
……すんません、ウチのきかん坊が。星奈、お前はもう少し周りを振り回すのをやめたほうがいいぞ? 誰かを引きずっていくとか、なぁ……!
「では、とくとご覧あれ」
源治さんは、龍三先輩が組み立てた藁束に向き直り、左腰の刀の鍔を、左手親指で軽く押し出す。(後から知ったことだが、これを『鯉口を切る』と言うらしい)
トン、と優しく刀に振れたかと思うと、源治さんの姿はかき消えていた。
「「え?」」
どこに行ったんだ? そう思ってあたりを見渡すと、そこにあったのは両断された藁束の隣で、ゆっくりと納刀している源治さんの姿。
今、なにがあったんだ……? 見えない。なにも見えない。風どころか、音すら立てずに切り捨てていた。
こういうのって、すっげー爆風と爆音が一緒になるんじゃないのか? それなのに……いつの間に動いたんだ?
よくよく地面を見ると、もともと源治さんが立っていた地面がかなりえぐれている。どんな力で蹴ったんだよ……
「これが、輪廻流抜刀術〈風神〉じゃ」
どこか、ほんの少し自慢げに源治さんが言った。
「じいちゃん、0.0000001秒でやったら速すぎて二人がなにも理解できてない」
「これでも衰えたのじゃが……全盛期は飛んでくる対物ライフル弾の群れすら切れたのにのぉ」
え……?
対物ライフルの弾丸って、確かマッハ5で飛んでくるって星奈が大昔言っていた。
戦闘機の五倍のスピードだぞ? ほぼ打ち上げられたロケットみたいなスピードの、小さな金属の塊を? 切る? どんな化物なんだよ……!
「なぁ、星奈? マッハ5で飛んでくる弾丸切れるやつなんて、有り得ると思うか?」
「いいえ……私、今目の前で起きたことを理解できないよ……!」
0.0000001秒の抜刀ってラノベとかの主人公の能力じゃないか? ありえねぇ、こんな人間が現実にいるなんて!
あの人は、ファンタジー世界の人間なのか? それとも、あの人の周りだけ物理法則がねじ曲がっているのか?
「この完成形をできるようにするために、これをつけるんじゃ」
源治さんは、剣道でつける鎧を指さす。
「え、ちょっと待ってください……もしかして、アレを食らって覚えろと?」
「そうじゃ」
「「嫌だぁぁぁぁっ!!!!」」
それから二週間、俺達の修行は続いた。何度も何度も神速の抜刀術や剣術を受け、何度反撃しても躱され、何度も何度も何度も何度も地面に倒れた。
滝行や、大岩を担いでいつものルートを走ったり、担いだ岩を刀で切断したり、常軌を逸する修行だった。
……ほんとあれ、児童虐待じゃないの?
あの、辛い修行を思い出しながら、右手首にモーションセンサー付きのリストバンドを巻き付ける。
左腰には同じ様にモーションセンサーが内蔵された模造刀。
「先輩、準備できました!」
「わかった、それじゃやってごらん」
龍三先輩の合図と同時に、どこかサイバーチックに赤く光っていた手首、足首、太もも、二の腕、胴についているモーションセンサーが、青く光る。
それを合図に左足を半歩前に出し、柄に右手を添える。
左足に体重を乗せ、蹴り出す。それと同時に鞘を後ろへ、刀を前へ強く引く。
輪廻流抜刀術〈風神〉。
俺が二週間かけて、やっと覚えた技だ。
「はい、カット!」
龍三先輩がパソコンを操作し、記録を終了する。
「ふぅ……これで、BNでも輪廻流使えるんですか?」
「そうだよ。ただ、光莉か鈴に余計なデータを削ってもらって、本体にこのディスクを差し
込んだらね」
龍三先輩が、パソコンから出したDVDを振る。実は、龍三先輩の〈シーカー〉が輪廻流を使えたからくりは、これだったのだ。
俺の一号機とは違って、リンクシステムを搭載していないBNでは、プログラミングしたデータをダウンロードさせることによって動きを増やすことができる。
暴論だが、BNの操縦は多少複雑な格ゲーみたいなものだ。より速く反応できて、より強いコマンドを持つものがデュエルを制する。
だが、よく陸自はDVDみたいな古い記録媒体を使うな……USBの方がコンパクトで便利なのに。
そんな事を考えながらリストバンドを外していると、誰かの影が見えた。
「おーい! 大和〜、先輩〜! アレ、来ましたよ〜!」
星奈が向こうから走ってくる。
「わかった! 今行くから先行っててくれ!」
叫び返しながら、俺は慌てて他の装備品を外した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
慌てて走ったせいで、まだ息が荒い。演習場からドッグまでは直線距離で500mだが、森のせいで迂回する羽目になったのもある。
「おーい、おっせぇぞ大和!」
「わりい大翔! さっきまでプログラミング用のデータ取ってた」
もうすでに格納庫の中には、学校の夏祭りの準備で不在の光莉先輩以外の全員が揃っていた。
「その車両、こちらにお願いします」
見ると、ハルがヘルメットを被って、赤く光る二本の誘導灯を振り、トレーラーを誘導している。
幌が被されているトレーラーの中に入っているのは、おそらくオーバーホールに出していた俺達のBNであろう。
「坊主ども、ようやく来たか」
聞き慣れない五十代くらいのおっさんの声。声のしたケージの方を向くと、そこには車椅子に乗って、白衣を羽織ったおっさんの姿があった。
どうやら車椅子は電動らしく、左側のスティックを操作してこっちにやってくる。
「…………おっさん、あんた誰? 何の用?」
大翔がそういった直後、鈴が大翔の頭に拳骨を叩き込んだ。
「バカ、この人は大門誠一郎博士! 〈グラディエータ〉みたいな新型BNや、私たちが
使ってるBNの武器の開発者! パンフレットの関係者の欄に乗ってる人!」
大翔、お前……さては、読んでないな? 俺も読んでなかったけど。
だが、俺達のクラスで学級委員をやってる鈴や、重度のBNマニアである星奈、あと龍三先輩と光莉先輩と、最近影が薄くなってるメカニックの徹郎先輩は知っているようだった。
え? この場で誠一郎博士の事を知らなかったの、俺と大翔だけだったの?
……なんか、こいつと同レベル扱いされんのは嫌だな……
「まぁまぁ龍三、落ち着け。俺が来たのは、俺の最高傑作――〈グラディエータ〉のためだ」
そう言って、誠一郎博士は右手を天に向け、パチンと指を鳴らす。それと同時に、六台のトレーラーの内、二台の幌が取り外された。
そこには、改修された一号機と二号機の姿があった。
一号機には、鎧武者のような形に装甲が変更され、各部にスラスターのような部品が取り付けられ、鳥籠の中に入った鳥のマークが左肩に描かれている。
また、二号機は騎士のような装甲、そして天使の羽が追加され、左肩に星と王冠を組み合わせたマークが加えられていた。
「この〈グラディエータ〉にゃ、二つデカい特徴がある。そいつは、操縦士によって使える機能が変わるのと、高い汎用性だ」
車椅子を動かして、誠一郎博士は一号機の装甲をコンコン、と裏拳で叩く。
「一号機は、坊主の高速三次元戦闘に合わせて腰にアンカーを増設、腕周りのフレームの剛性、腕力の向上や、空中で加速するために電気推進装置を追加して機動力を上げた――で、」
今度は二号機の装甲を叩く。
「二号機の方は、多少癪だがこの前の気持ち悪ぃテロリストが残したデータを参考に、ナノマシン関連の技術をぶち込んだ。エグゾリウム粒子を使うこと以外、今のところ原理が良く解らん飛行能力や、デュエル用に出力下げたビーム兵装とかを投入してる。他の機体も、要望通りに弄くっておいた」
そして、誠一郎博士は、こちらへ振り向く。
「そんじゃ、一号機と二号機に乗ってるやつ以外、自分の機体を確認してこい」
「それで、なんで俺達を呼んだんですか、博士?」
俺と星奈は、博士に格納庫裏の空き地に連れてこられた。
「まぁ、開発者として〈グラディエータ〉について教えておきたいことがあってな」
そう言いながら、博士は白衣のポケットからライターと葉巻を取り出し、火をつけようとする。
「あ、校内禁煙です! やめてください!」
星奈が注意すると、博士は舌打ちしてからポケットに戻した。
「お前ら、エグゾリウム・リアクターについてなんか知ってるか?」
「えっと……確か空気と特殊合金の酸化で電気を出す装置、でしたっけ?」
俺が悩む横で、星奈が先に答えた。
「ブッブー、外れ。まぁ一般公開されてる情報って言われたら合ってるが……今から言うのは、だいぶ機密情報なことの一部だから、他言無用にしてくれ」
「「え?!」」
「冗談だ――あんまし広めねぇほうがいいけどな。エグゾリウム粒子っつーのは、簡単に言うと『生き物の魂』の原材料みてぇなもんだ。そいつを常温にして、『ある物質』と反応させると電気とエグゾリウム粒子が発生する」
あれ、そんな仕組みだったんだ……って『ある物質』って何? すごく気になる……でも、『貴様は色々知りすぎた。だから死んでもらう』みたいなことになったら嫌だな……
「そして、あの機体は俺と俺の妻の主導で作ってたんだが……色々あって、部分的にブラックボックス化しちまった。お前ら二人が解放した『リンクシステム』以外にも、いくつか機能が隠されてるかもな」
「……!」
「これ以上喋っちゃ、俺の身がアブねぇからこんぐらいにしとくぜ。そんじゃ、企業と国の腹のさぐりあいに足を突っ込まないで、三週間後の大会を楽しめよ」
そう言って、博士は去っていった。
数分後、誠一郎博士は迎えのリムジンに乗り込み、中でタバコの煙を吹き出した。
「……あんなガキどもに、俺達が作った最高傑作を預けてよかったのか? 舞……お前は後いくつコアユニットに、何かを隠してるんだ?」




