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8話 華やかなとりまきの中で

 それからアレックスと会う機会はすぐに訪れた。

 リアムとアンナとともに庭園を散歩しているところに、アレックスが大勢の女性を従えて現れたのだ。

  

「やあ、ミネルヴァ。……と、リアム。久しぶりだな」

「ごきげんよう、アレックス」

 アレックスは、自然とミネルヴァの手をとり、口づけをする。

 ミネルヴァはリアムから聞いたアレックスの過去の話を思い出し、チクリと胸が痛むのを感じる。

 何か哀しい過去の破片が残っているのではないかと瞳をのぞき込むが、日光のもとでは黒い瞳も明るくきらめくだけだった。

「……みんなでお散歩中? ずいぶんと大人数のようだけど」

「ああ」

「ガーガーとカルガモの散歩みたいだね」

 リアムのあまりの言いぐさに、周りの女性たちからは「まあ」「カルカモだなんて」と媚びを含んだ軽い非難の声があがる。

「そっちこそ。相変わらず迷子のヒヨコみたいに、ミネルヴァのケツを追いかけているんだな」

 アレックスが言うと、隣に立つリアムが殺気立つのがわかる。


「こら」

 アレックスの軽口を言い咎めたのは、隣にいた、片眼鏡に長髪をひとくくりにした青年だ。

「おふたりとも口が悪い。レディ達の前ですよ」

 ミネルヴァが2人をハラハラしながら見ていると、長髪の青年がこちらに気づき、右手を胸にあてて丁寧に頭を下げた。

「お初にお目にかかります。皇女ミネルヴァ様。私はバートラム・グリーン。アレックスの友人です」

「初めまして、で良いのかしら」

「はい。私どもが王家にお目通りできるようになったのは、ごく最近ですので」

 アステル国では、代々続く旧貴族と、豪商や戦績を挙げた軍人が没落貴族と養子縁組をして成り上がる新興貴族がいるという。

 バートラムの言い方では、おそらくグリーン家は自分が嫁いだ後に成り上がった新興貴族ということだ。

 

「鉱物に関する珍しい資料が手に入ったので、久しぶりにアレックスと資源についての談義をしようと外に誘ったんです。

 そうしたら、アレックスが歩いているというんで、王宮内の女性が集まり出してしまって」

 バートラムがクスクスと笑いながら言う。笑顔になるとクールな印象は一転、アーモンド形の目元は柔らかく、親しみを感じさせる。おそらく女性の目当ては、アレックスだけではないのだろう。インテリ眼鏡長髪枠は、根強いファンがいるのだ。

「なかなか大変そうね」

 ミネルヴァもバートラムにつられて笑ってしまう。アレックスに気の許せる友人がいるということが少しだけど嬉しい。

「ミネルヴァも一緒にどう?」

 アレックスが軽い調子で言うと、周囲の女性からはすぐにそれとわかるようなピリっとした空気が流れてきた。

「アレックス様。これから私のサロンにおいでなさるってお約束ですわ」

 くりくりっと大きな目を持つ、一人の美少女がアレックスの腕を取って言う。

 ピングかかって見える薄い鳶色の髪は、きれいに耳の上でカールされていて、水色の花飾りで飾られている。

 他の女性たちがフリルや造花で着飾った派手なドレスを着ているのに比べ、この少女だけは水色のドレスに大きなブラウンのリボンベルトをつけたシンプルで洗練された装いだ。


――可愛らしい子。

 気が強そうなところも悪くない。自分が女性アイドル担当だったら、絶対に手に入れたい逸材だ。

「おば様はお疲れのようですから」

 前言撤回。自分のこめかみに血管が浮き出るのがわかる。

「おばッ……。アラサーだった前世ならともかく、25歳のうら若いピチピチの、しかも皇帝の妹をおばさん呼ばわりとは、いい度胸してるじゃない!」


周りの空気がサーっと引くのが分かる。

「……ミーナ?」

リアムがあっけに取られて、呼びかける。


――……やってしまった!

「ご、ごめんなさい!」

 ミネルヴァは、ひとつ頭を下げて、その場を逃げ去った。

「ハハッ…」

 後ろで聞き覚えのある甘いテノールの笑い声が聞こえたのは、気のせいだと思うことにしよう。


……


 急いで自室に戻ると、ベッドに倒れこむ。まったく、いまだに前世のミナホが顔を出してしまう。

 どちらかと言えば、気は強く、猪突猛進タイプ。自分の気持ちを押し通したいあまりに、周りが見えなくなることもある。

「せっかくやり直すチャンスなのにな……」

つぶやいた言葉は、高い天井に吸い込まれていった。


 トントン。寝室をノックする音。

「ミネルヴァ様」

 アンナがティーセットとともに入ってきて、バラの香りの紅茶を淹れてくれる。

「やはり気にされていたんですね」

 紅茶に軽くハチミツを淹れて、ティースプーンで混ぜながら言ってくる。これはおそらく前のミネルヴァの趣向なのだろう。今のミネルヴァは、紅茶もコーヒーも、何も加えずに飲むのが好みだとは未だに言えていない。

「今日は私、安心いたしました。口さがなく言ってくる方は今までもいらっしゃいましたが、ずっと我慢されていたようでしたので」

「……アンナ」

 聞けば、アンナはトラネス国でもずっとミネルヴァの侍女をつとめていたそうだ。

 きっとトラネス国でもアステル国でも、辛い立場に置かれたミネルヴァを、一番近いところで見守ってくれていたのだろう。

「ただ。マーガレット様を小娘呼ばわりはいけません。マーガレット様はルーヴル公爵の一人娘。

 マーガレット様のおじい様はミネルヴァ様の亡き御母上のお兄様でいらっしゃいます。おば様と呼ぶのには、正当な理由があるのですよ」

 となると、マーガレットと呼ばれるあの少女は、母方の従兄の娘にあたるわけだ。

 確かに、従兄の娘なら、おば様呼びもいたしかたないのかもしれない。あの少女には確実に悪意があったにせよ、ただでさえ片身の狭い出戻り皇女だ。これ以上、評判を落とす必要もあるまい。

 それに……この世界の女性たちともっと話をしてみたい。

「……あとで謝罪の手紙を送っておいてちょうだい。そのうち、ご令嬢たちをご招待してお茶会でも開きたいわ」

「かしこまりました」


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