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9話 ランデブーを覗き見!?

 あれから数日たったが、ミネルヴァは何度となくアレックスを囲む集団と遭遇してしまった。会うたびにアレックスからは親しさを感じさせる挨拶をもらうが、そのたびに敵意を向けられてもたまったもんじゃないし、ミネルヴァ自信もアレックスの過去が気になって、すんなり笑顔を向けることができそうになかった。

 

 気分転換の散歩でも、ミネルヴァの足は自然と木立に囲まれた人気のない北の庭へと向かう。


 回廊を歩いていると、ふと見覚えのある景色が目に入った。

「ここって……」

 以前、アレックスが歌っていた場所だ。

 春の宮殿の庭とは異なり、花は一輪も咲いていない。庭園というよりは、針葉樹の清々しい香りがする小さな森といったほうがいい。

 ミネルヴァは、パーゴラの柱にもたれかかって、月夜に照らし出されていたアレックスを思い出した。

 女性たちを前にした軽薄そうな笑顔とは違う、消えいってしまいそうな揺らいだ瞳ーー。どちらも魅力的と言えばそうだけれど、忘れられないのは圧倒的に後者である。


 木立の合間をよくよく眺めていると、より鬱蒼とした林の中に高い塔がうっすらと目に入る。

――あれが、アレックスが幽閉されていた塔かしら。

 12歳から15歳という思春期をそこで過ごしたアレックス。塔からは寂しい景色しか目に入らなかったかもしれない。


 塔を眺めていると、ふと木立の影がガサガサとうごめいているのが分かる。

――宮殿にすみついている、あの猫だろうか。

「ヴィオレッタなの?」

 何か茶色いふわふわっとした塊だ。宮殿の庭に犬までいるとは聞いたことがないが……。ミネルヴァが、よくよく目を凝らしてみると、葉っぱまみれの何かがこちらに手を振っている。

――人間?

「……様、ミネルヴァ様!」

「え? ダグラス?」

 先のパーティーで出会った、巻き毛の青年だ。

「あなた、一体、こんなところで何しているの?」


 近寄ってみれば、ダグラスは木の枝や木の葉をたくさん抱えている。

「掃除です」

「掃除?公爵家の息子が?」

「私は公爵家の鼻つまみものなのです」

 ダグラスが妙に自信を持って言うので、ミネルヴァはつられて笑ってしまう。本当に愛嬌のある青年だ。

 ふとダグラスが掃除をしていたという方を見ると、そこには高い植え込みでぐるりと囲まれた美しい石像が置いてあった。

 薄い衣をまとった女神像で、手首や足首には幾重ものブレスレットやアンクレットが彫られている。

「これは?」

「我が国の芸術の女神アメルデです。美しいでしょう? 音楽と舞踏をつかさどっているのですよ。だからほら、彼女はいつも踊っている」

 確かに石像は、今にも動き出しそうな躍動的なポーズをしている。

「今は誰もこの石像に近寄ろうとしない。ここにアメルデがいることを知っている人さえ、いないかもしれません。だからこうして、僕がたまに掃除しているのです」

「……誰かに頼むことはできないの?」

「まさか! 忘れらているから無事なんですよ。このご時世です。もし石像の存在を誰かが思い出したら、破壊されかねません。それに……せっかくのアメルデとのデートを邪魔されたくありませんから」

 ダグラスが石像を磨きながら、嬉しそうに口笛を吹く。こちらまで心が浮き立つような軽やかなメロディーだ。


「ねえ。その曲」

「はい、ミネルヴァ様」

「口笛なんて吹いていいの?」

「ふふ。ミネルヴァ様の前なら大丈夫でしょう?」

「素敵な曲だけど、昔、流行っていた曲か何か?」

「いえ、僕が適当に作った曲です」

「あなた、作曲ができるの?」

「作曲というほど、大げさなものではありません。そのときの気分を音に乗せているだけです」

「素敵!」


 石像のもとで話していると、回廊で話声がする。

「シッ」

 ダグラスがミネルヴァの手を引いて、植え込みの影に隠れた。

よく目をこらすと、パーゴラのあたりに2人の影がある。そして、薄く聞こえる女性の嬌声と淫靡な笑い声。

「あれは……アレックス?」

 背の高い方の影はアレックス。そして女性の方は、たしかいつもの取り巻きの中にいたような気もする。誰も来ないと油断しているのか、熱い抱擁。……男の手元は女性の細い腰に回されており、ひどく煽情的だ。

――ヒャー。

 ピンク髪の美少女・マーガレット嬢はかなりご執心のようだったが振られてしまったのだろうか、それともさすがにプレイボーイと言えども公爵嬢には手は出さないのか。

 見てはいけないと思っても、なかなか目が離せない。なんせ極上の男の、濃厚なラブシーンだ。

 「・・・・・・フ、フ、フェックション!!」

と、耳をつんざくような大きなクシャミ。

「ダグラス!?」

「す、すみません。葉っぱが鼻をくすぐって!」


「おい」

 言い合いをしていると、すぐそばには……。

「……あ」

 ミネルヴァも、それからおそらくダグラスも、血の気が引くのがわかる。

「のぞき見とは、なかなかいい度胸だな」

 アレックスがにやりと口元だけで笑う。首元には女性の口紅がついていて、妙になまめかしい。

「ち、ち、ち、違うの! あの、ただ、えーと」

「そう、そう、そうなんです。僕が、ただミネルヴァ様にアメルデ像の案内をしていただけで」

 ダグラスが適当な嘘でごまかそうとする。

「アメルデ像の?」

「ええ。美しい像ですから!」

「私が案内を頼んだのよ!まだこの宮殿の庭には慣れなくて」

 アレックスはミネルヴァの顔をいぶかし気に見つめる。

「……あれ」

 今度は逆にミネルヴァが、アレックスをじっくりと見返す。

「……アメルデ像のモデルって、もしかしてアレックス?」

 凛とした眉毛にくっきりとした目元が、石像によく似ている。アメルデ像の髪を短くして、性別を変えたら、きっとアレックスそっくりの姿になるだろう。

「だって、ほら、横に立ってみて! 眉の角度とか、二重の幅とか!」

「おやおや、本当だ。僕もよくこの像を見ていましたが、まったく気づきませんでした!」 

「……バカなことを」 

 アレックスは、そう言うと踵を返して去ってしまう。放っておかれた逢引相手の女性の「アレックス様~」という媚びた声だけが寂しく響いてきた。


「やれやれ。僕らも戻りましょう」

「ええ」

 ミネルヴァがちらっと石像の方に目を向ける。


≪また、来てね≫

ふと、耳の奥で、どこかで聞いたことがある優しい声がしたような気がした。



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