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6話 きらびやかなパーティーの裏には

 秋の宮殿には、初めて足を踏み入れる。ほんの少しだけ緊張する。大広間の前の大扉の前に立つと、向こうからガヤガヤと声がする。

「アステル国皇帝 ニコライ陛下のおなーりー」

高らかに声がかかり、ドアが衛兵によってギギっと開けられる。


 思わずミネルヴァは息を呑む。磨き上げられた大理石の床、重厚な金で彩られたゴージャスな調度、一流ホテルのビュッフェ台もかすむほど芸術的なプティフールが敷き詰められたテーブル。

 天井から吊り下げられた巨大な3段のシャンデリアはクリスタル製なのだろう、虹色の輝きを放っている。


 そして色とりどりのドレスに身をまとった美しい女性たち。視線が一斉に自分たちに注がれるのがわかって、ミネルヴァは思わず歩みが止まる。

 扇で隠しながらこちらを見て何かを言う淑女たちの姿も目に入る。

 あれは、美しい装いのミネルヴァへの称賛の言葉なのか、それとも離婚されておめおめと自国へもどった皇女への哀れみの言葉なのか……。

「お気の毒に。噂では気が触れてしまったとか……」

「どことなく顔つきも変わられて……」

 なかなか大きな噂話だ。聴こえるように言っているとしか思えない。


「これはニコライ陛下。ミネルヴァ様も3年ぶりの社交界復帰ですな」

 王座に歩み寄る途中で、でっぷりとした貴族が声をかけてくる。皇帝に気軽に声をかける様子から、おそらく力のある貴族ではあるのだろう。

「ええ。この通り、妹の体調もすっかり良くなりました」

「ガストニア侯爵だよ」とこっそりニコライが耳打ちしてくるが、ミネルヴァには覚えられる気がしない。とりあえず、「皆様にはご心配おかけしました」とだけ控えめに言って、微笑んでおく。

「ニコライ陛下、こちらは愚息のハワードです。初めてお目にかけます」

 隣にいた侯爵によく似た、図体の大きい熊のような男がペコリと頭を下げる。

「もとはミネルヴァ様とハワードの婚姻の話もあったというのに。トラネス国に嫁いでしまうとは」

 と、ここまで言って、侯爵は嫌な目つきをこちらに向けてくる。

「後継ぎもなく出戻られるのだから、今となっては幸いでしたがね」


――セクハラくそじじぃめ。

 ピキっと眉間にシワがよるのがわかる。

「ええ、本当に。こんなデリケートなことを、恥ずかし気もなく言うなんて。あまりにも感性が違うようですから、ご縁が続くことがなかったのが本当に幸いですわ」

……空気が凍る、とはこのことだ。

 ガストニア辺境伯は、顔面が蒼白になり、口をパクパクさせている。

「病み上がりの妹は、少し疲れているようです。つもるお話は、また夜の会食のときにでも」

ニコライがミネルヴァを半ば強引にエスコートしてその場を立ち去ろうとする。

 横目でチラっと見ると、ガストニア侯爵の息子がひどく申し訳なさそうに深くお辞儀をする様子が目に入った。

 

「ミネルヴァ、社交界にはまだ慣れないみたいだね。ちょっと休んでいて」

 ニコライは焦った様子で、檀上にしつらえられた皇女の座にミネルヴァをエスコートして、どこかに立ち去ってしまう。

 ベロアが張られた豪華な皇女の座に深く座ると、アンナがシャンパングラスを運んでくる。

 ミネルヴァは細いグラスに口をつけて、ふうっと息を吐いた。


ーーまずいことを言ったかしら。 


 しかし、この一連のことでわかったことがある。

 まず、ミネルヴァは社交界ではよからぬ噂の的だ。

政略結婚ののち出戻り、そして記憶を失った皇女は、退屈しのぎの恰好のえじきなのだろう。

 それから、ニコライの地位だ。若くして伯父の跡を継いだ皇帝には、残念ながらそこまで権力がない。だからこそ、ガストニア侯爵だって、皇帝の妹たる自分にあんな不躾な態度をとるのだ。


ーーなんだか気に入らないわ。

 既に妹としての情が湧いてきているのか、兄がバカにされているようでむしゃくしゃしてしまう。


 と、広間の大扉の方から、黄色い歓声があがる。誰かが入ってきたようで、たちまちドレスの女性たちが蝶のように扉へと群がる。

 その中心にいるのは、見覚えのある黒髪の長身。あれはたしか……

「アレックス?」

 アレックスは、次々と女性に囲まれ、手の甲やらこめかみやらにキスを落としながら、女性たちをかわしていく。

 どうやら彼は、相当な手練れのようだ。紳士を連れた淑女でさえも、彼に目を奪われている。


 アレックスはすぐにミネルヴァに気付き、片眼をつぶってウィンクをする。

 それを見た周りの女性たちからは、「キャッ」という非難の声があがった。

 残念ながら、今日はアレックスには近寄らない方がよさそうだ。ミネルヴァは扇をひらひらと振るにとどめた。


「ミーナ。彼とはもう会ったの?」

 急に耳元で話しかけられて、ミネルヴァはびくっと首をすくめる。振り向くとそこにいたのは、リアムだった。

「急に話しかけてこないで。びっくりするじゃない」

 このリアムという美青年は、どうにも距離が近い。気配もないままにパーソナルエリアにさっと入り込んでしまう様子は、まるで猫のようだ。

「ふふ」

リアムは、無邪気に笑ってから、数メートル先にいるアレックスの方を指す。

「アレックスはいつもあんな感じだよ。ふらっとパーティーに現れては、そこにいるすべての女性の心をかき乱す」

「そうみたいね」

 前に見たような、寂し気な横顔はそこにはない。子羊の群れの中に、一匹だけ美しい豹が紛れているようだ。誰にも気を許していない、牙を隠した表面的な笑顔だけで、周りを釘付けにしている。


――ここが現代だったら、彼は絶対にアイドルのカリスマ的センターになる存在だったのに。

 アレックスを見つめる目に力がこもる。

「君も?」

「え?」

 そっとリアムに手を握られる。

「ミーナも、アレックスが気になるの?」

「それは、まあ」

 あのルックスだし、という言葉は皇女には似つかわしくない気がして、あわてて引っ込める。

「誰も彼のことを詳しくは教えてくれないもの」

「知りたい?」

「……え?」

「教えてあげるよ。おいで」


 リアムがそっとミネルヴァの手を引く。

 ニコライは他の貴賓たちに囲まれて何か話している。どうやらどこぞのお姫様を紹介させられているらしく、その場から離れることはなさそうだ。

 この賑わいだ、抜け出してもわかるまい。ミネルヴァは、リアムに手を引かれて広間を抜け出した。

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