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53話 5人のメンバーと皇帝ニコライの到着

 歓喜の歌は鳴りやまない。

 馬上からアレックスがふわっと飛び降る。ミネルヴァがマーガレットから預かっていたマントを渡すと、アレックスは何も言わずに優しく微笑み、真紅のマントをふわっと身に着けた。


「軍服には、似合わないかもしれないけど」

 ミネルヴァは大きな赤いリボンを差し出し、アレックスの首元にスカーフのように結んでやる。久しぶりに見るアレックスは、少しだけ埃っぽくて、肌も荒れていて、それがなんだか妙に男らしく見えて、照れてしまう。

「うん。待っててくれて、ありがとう」

 

 湿っぽい空気を吹き消すかのように、ダグラスが再びトランペットを吹き上げる。

 やはり管楽器が入ると、迫力が違う。喜ぶ群衆の姿に、ミネルヴァの目にも自然と涙がにじみ頬を伝うのを感じる。

 

 曲が終わると、群衆からは再び大歓声と拍手が送られて、広場一帯が喜びの声に包まれる。


――もうずっと鳴りやまないかもしれない。

 ミネルヴァがそう思った瞬間、歓声と拍手は急速にとまった。

 

 人だかりが一気にはけて、みんなが押し黙り、そして平伏していく。まるで、急に冷や水を浴びせられたかのように……。


――何、どうしたの?


 ミネルヴァが背伸びをして、静まり返った人だかりの奥に目を向けると、そこに現れたのはひときわ豪奢な金の馬車と十数頭の騎馬兵。馬車を引くのは、皇帝直属の近衛兵の証の白馬である。


 御者がムチを打つと、ヒンッと軽く白馬がいなないて、ゆっくりと馬車が止まる。

 従者がきらびやかな昇降台を設置し、うやうやしくドアを開くと、馬車から降り立つのは正装をしたニコライだ。いつもの柔らかな笑みは浮かべておらず、冬の湖の底のようなひどく冷たい目を向けてくる。


「お兄様……」

 式典は夜だと聞いている。騒ぎを聞きつけて、早くやってきたのだろうか。


「ごめんね」

 数メートル先まで近づいてきたニコライが、ミネルヴァたちだけに聞こえるように、やはり冷たい声でつぶやく。


 そして。

「首謀者はミネルヴァ・ド・アステル・カーヴァー、我が妹である。ただちに捉えよ」


――うそっ!


 ニコライの命令とともに、近衛兵がすばやくミネルヴァの腕をつかみ、首元には槍が突き付けられる。


 まさか、兄が自分に刃を向けようとは考えてもみなかった。頭が真っ白になり、近衛兵になんなく捕らわれてしまう。両手を後ろ手にひねりあげられ、壊れた人形のように動けない。

 

「……ニコライッ!!!」

 ミネルヴァを助けようと、黒豹のような勢いで飛びかかったのはアレックスだ。


キンッ。


 剣が拮抗し、近衛兵隊長が「陛下!」と入ろうとするが、ニコライは目線でそれを制する。

「いい。誰も入るな」

 素早く重い剣先がニコライの喉をかすめるが、ニコライも軽く身を引いてそれを避ける。


――何? 何が起きているの?


 ミネルヴァは混乱しつつも、見守るだけだ。

 アレックスの鋭い突きが何度もニコライを襲うが、ニコライはそれをなんなくいなしていく。ふたりとも王家の出身だ。小さいころから剣術は叩き込まれてきたのだろう。


 どちらも一歩も引くことはない……が。


 体格的にも、体力的にも、どちらが上かなんて誰が見てもわかる。


キーンッ。


 高い音がして、華美な装飾がほどこされた剣が高く飛び、そして離れた地面に突き刺さる。

一方、地面と相手を縫い留めるように、自身の剣を突き立てているのは……。


「アレックス、やめてっ!」

 

 はあはあという、ふたりの荒い息づかいがあたりに響く。

 ニコライの首元の数センチ横には、アレックスの持つ剣の刃が触れるか触れないかの距離で突き立てられている。アレックスの前髪から汗がしたたり、それが地に寝そべるニコライの額へと落ちるのが見えた。

 

「とどめは刺さないのか?」

寝そべったままのニコライがつぶやくと、アレックスは静かに首を振る。かすれた声で「あなたを傷つけられるわけがない」と言う。

 

――何? 何を言っているの?

 ミネルヴァの頭は混乱したままだ。


 ニコライは少し顔を傾けて心配そうに見守るミネルヴァへと微笑みかけると、

「私の敗北だーーーー! 皇帝ニコライは退位し、アレックスに帝位をゆずるーーー!」

と叫んだ。


 その言葉に驚いだ近衛兵の手がゆるんだ瞬間、ミネルヴァは身をよじって、ふたりの元へと駆けつける。

 が、ふたりはそのまま動かない。


 すぐさま、群衆からは「アレックス陛下、万歳!」の声が沸き上がる。

 

 大歓声の中、アレックスは剣から手をおろし、ニコライを起こそうと手を貸す。

周りから見れば、妹に手を下さんとする卑劣な皇帝にも慈悲深く接する、美しい新王に見えることだろう。


 呆然と立ち尽くすミネルヴァをよそに、ふたりはどこか親し気に会話を交わしている。

「ニコライ。最初から、このつもりだったんだな」

「まさか。戦況は思わしくないと聞いていた。わが帝国軍がちょうど聖イーグルの日に帰還するなんて、誰がわかるっていうんだい?」

 しかし、ふたりの話し声は「万歳」の声をあげる群衆には届いていない。


「すっかり騙された。考えてみれば、あなたが俺に手をあげるわけがないんだ……」

「はは。君を騙すなんて造作もないことだよ。弱点はすぐそこにいるんだから」

 ニコライが嬉しそうにミネルヴァの方を見る。


「さあ、アレックス、ミネルヴァ。おばあさまのもとへと話をつけに行こう」

 ニコライが自ら、馬車のドアを開けてミネルヴァを案内する。まだミネルヴァの頭は混乱したままだ。


 わかっているのは、ニコライがわざとアレックスをけしかけて、民衆の前でわざと負けたということ。

おそらく、最初から帝位をゆずるつもりで悪役を買って出たのだ。

 

 後ろを振り返ると、衛兵隊との立ち回りでボロボロになったリアム、バートラム、ダグラス、レイの4人がこちらをじっと見つめている。

やがて、バートラムが「おかえり、アレックス!」と一声かける。

「また美味しいところを持って行ったな」とリアム。

「すぐまた一緒に歌いましょうね!」とレイ。

「新曲もたんまりありますから!」とダグラス。 


 アレックスは小さな声で「ああ」とつぶやくと、4人とは碌に目も合わせずに、ひらりと自分の馬に飛び乗った。

「楽しみにしてる」

 最後の声は他のメンバーに聞こえたはわからない。でも、近くにいたミネルヴァには、アレックスの目が少しだけうるんでいたのが見えていた。


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