51話 大きな馬車をステージにして
ミネルヴァたちを載せたホロ馬車は、キアヌの町の中心地へと入っていく。
幌についた小窓から外を伺うと、街頭やお店の軒先には金の大きなリボンがかかっている。
――本当にクリスマスみたい。
幌馬車に暖房器具はついていないから、馬車の中と言えども少し冷える。
手にはぁと息を吐きかけながら温めていると、マーガレットが、ミネルヴァにアレックスの分の赤いマントを渡してきた。
「少しだけ、預かっていてくださいね」
「ええ、ありがとう」
ヒヒーン。御者が制したのだろう、馬がいななく声がして、馬車がゆっくりと止まる。
「いよいよね」
ミネルヴァは馬車の中で考えたプランをみなに伝える。
今回はマーガレットとハワードに迷惑はかけられない。最初にふたりにはこっそりと馬車を降りてもらう。
それからミネルヴァも一度御者席に移動し、幌のカーテンを一気に開ける。民衆の注目が集まったら、ダグラスがカホンでリズムを取り、『翼の歌』を歌い始める。アレックスの代わりの主旋律は、声の通るレイにまかせたい。
ライブが始まれば、きっとすぐに衛兵隊がやってくるだろう。もし衛兵隊が来たなら、そこで馬車ごと走らせて………。
「逃げる必要はないよ」
と、プランの途中まで伝えたところで、きっぱりと言ったのはリアムだ。
「もう僕らが何をしているのかは、ニコライだって、皇太后だって知っているんだ。逃げたってムダさ」
「でも、それでもしあなたたちが捕まることになったら?」
問いかけると、リアムはいつも通り、人を食ったような皮肉な笑顔で微笑む。
「君が、キヌアの街の子供だとする。目の前に天使がおりてきて、美しい歌声を披露する。
そこに兵隊が来て、天使を捕まえたら、子どもにとって悪はどっち?」
「……どういう意味?」
ミネルヴァが真意を問うと、バートラムが「革命か……」とつぶやく。
「ミーナ、民衆を味方につけるんだよ。それともそこまでの力は僕らの歌にはない?」
「ありますとも!」
リアムの言葉に力強く返事をしたのは、ミナネルヴァではなくダグラスだ。
「国民たちはここ10年、音楽に触れていない。きっと彼らは感動して、僕らを応援してくれます!
僕が断言します!」
「レイ、できる?」
頭がまだ回ってはいないミネルヴァではなく、マーガレットがレイに問う。確かにセンター代理をお願いしたレイには荷が重いかもしれない……。
「もちろん。このメンバーの中で、衛兵に殴られて、哀れみを誘うのって僕ぐらいじゃないですか」
憎まれ口で言うので、みんなの顔にも笑みが浮かぶ。もう、これは覚悟を決めた表情だ。
「よし! そろそろ不思議に思った人たちが集まってきたわ!行くわよ!」
マーガレットとハワードにハグをして、先に降りてもらう。
人の出は上々。場違いなほど大きなホロ馬車に子どもたちも興味津々だ。
まずは場所の床に、部屋中から持ち込んだ羽毛をしきつめる。
ふわふわとしていて、きっとこれなら幌を開けた途端に舞い散ることだろう。
さながら天使が降臨したかのように……。
「ダグラス。幌を開けたら、派手にリズムをぶちかましてやって。シロフォンのアレンジはまかせる」
「おまかせください」
「リアム。あなたの魅力は、小悪魔的なところ。女性がいたら、どんどんアピールしてくれる?」
「ミーナの他の女性に色目を使うのは気が引けるけど、ご命令とあらば」
「バートラム。あなたの魅力は、落ち着いた大人の雰囲気。年齢層高めのマダムがねらい目よ」
「なかなか難しいリクエストですね」
「レイ。あなたは逆に無垢なところと親近感が魅力。子どもにもキラキラの笑顔を向けてあげて」
「はい。頑張ります」
「じゃあ、先に行くわね。待機して30秒数えてね」
「「「「「はい!」」」」」
ミネルヴァは、深くフードをかぶってこそっと幌馬車を下り、御者席にスタンバイする。
「30、29、28」
アレックスの分の赤いマントをぎゅっと抱きしめる。
――見ててね。アレックス。
「…3、2、1」
御者席にある紐を力強くひっぱると、幌がグググっと音をたてて開いていく。
とたんに一度に散らばる羽。
メインの4人がマントを翻すと、羽はふわっとあたりに舞い上がる。
そして、ダグラスの奏でる小気味よいカホン。
ダンダ ダン ダンダ ダン ダンダ ダン ダン ダン
ダンダ ダン ダンダ ダン ダンダ ダン ダン ダン
「何?」
「きれい!」
「あれ誰?」
「リアム様よ!」
「音楽だ!」
「音楽だ!」
ミネルヴァはアイボリーのスロースを馬車の昇降台の前にくるくるっと引き、即席の花道を作る。
「傷ついた羽を抱き~♪」
レイが花道を下りて歌い出すと、周囲にはすぐに人だかりができ始める。
ハモる声。外だというのに、声がよく通るし、以前よりもずっと声量が大きくなっている。もしかしたら、謹慎中にもみんなトレーニングをしていたのかもしれない。
「……きれい」
薄曇りの晴れ間から日光が筋状に差してキラキラと5人を照らす。
――ヤコブの階段っていうんだっけ。
「天使だ! 聖イーグルの天使が来たよ!ママ!」
幼い子どもが歓声を上げている。
ダン!
曲が終わった瞬間に、ワーッと歓声が上がる。
黄色い声をあげる女性、嬉しそうにはしゃぐ子供たち、なかには涙を流している老婆の姿まで見える。
――やった!
思ったよりも歓声がなりやまない。これでは次の曲に入れないかもしれない。
ミネルヴァは、口元で手をパクパクと開いて、バートラムに「何か話して」と合図をする。
「お集まりの皆様、こんにちは。私はバートラム・グリーン。そしてこちらはリアム・ハートリーとレイ・リスボン。あちらで演奏をしているのが、ダグラス・ポート。
私たちは皇妹であらせられるミネルヴァ様の元、音楽の再復興につとめる活動をしております。
サマール族との戦乱、また先帝の崩御以降、この国では音楽は風紀を乱すもの。また音楽は故グスタフ帝、また先帝の弟君であらせられるルイス公や戦没者の喪に服すにはふさわしくないとされて長く禁忌とされておりました」
民衆たちが聴き入っている。いつの間にか、後ろでダグラスが自作のシロフォンでうすく伴奏を奏でている。
「しかし、本当にそうでしょうか? 今、家族や恋人、友人が、はるかなる北の大地で命を落としている。音楽は彼らを鼓舞し、私たちを慰めてくれるものではありませんか?
私たち≪アナザー・ロージア≫は、けして風紀を乱すために歌っているのではない。
心を癒し、祈るために歌っています」
バートラムがダグラスの方へ向けてうなずく。
次曲の前奏だ。
「聞いてください。『大切な人』」




