50話 聖イーグルの日に何かが起こる
聖イーグルの日は朝から寒かった。
「おはようございます!ミネルヴァ様」
アンナが元気よく寝室のカーテンを開けていく。
昨日も遅くまでなかなか寝付けなかった。ミネルヴァのまぶたはまだまだ開かないでいる。
「今日は聖イーグルの日ですよ!」
ーーそうだ!
ミネルヴァがガバっと起き出すと、アンナがお湯であたためたおしぼりを差し出してくる。おしぼりにはミントのアロマがしみこませてあり、目も一気に覚めるようだ。
「恩赦は通った?」
「ええ、もちろん。今回も重罪人数名を除き、ほとんど恩赦の申し込みは受諾されたようです」
良かった。これでおそらくメンバーが来れないということはない。
本人に裏切る気持ちがなければ、だけど。
「たしか式典もあるのよね。私の出番は夜だけだったと思うけど」
「はい。夜7時より、皇帝陛下がキアヌの庁舎前にて国民にお言葉を述べられるので、同伴するようにとお達しがありました」
「そう」
「ドレスはいかがしますか?」
「適当におまかせするわ」
ゲリラライブは14時から。おそらく、その頃には再び身柄が拘束されているだろう。もしかしたら、もうドレスを着る機会はないかもしれない。
「ううん、やっぱり少しおしゃれをしていこうかしら」
「承知いたしました」
選んだのは薄いゴールドにビーズ刺しゅうがちりばめられた華やかな外出着だ。聖イーグルの日の戦闘服としては悪くないだろう。
自室からピックアップした小道具やアクセサリーを詰め込んだトランクともに馬車に乗り込もうとする、と。
「恐れいりますがミネルヴァ様、こちらへ」
見慣れない御者が、荷台を運ぶ大きなホロ付きの馬車へと案内する。
「?」
ミネルヴァが戸惑っていると、アンナがトランクをホロ馬車へと運び込む。
「どういうこと」と問いかけた言葉は、ホロの中を覗き込んだ瞬間に引っ込んだ。
「リアム、レイ、バートラム、ダグラスまで!」
「ミネルヴァ様!」
「みんなどうやって?」
「……私です」
と、奥から小さな声がする。
「マーガレット!」
「≪アナザー・ロージア≫のせっかくの晴れ舞台です。舞台美術をおろそかにされては困ります」
久しぶりのマーガレットが、可愛らしいふくれ面で言う。
「じゃあ、この馬車を用意したのはあなた?」
「可愛い妻のためです。協力は惜しみません」
マーガレットの隣にいるのは……。
「ガストニア侯!」
「ハワードです。ミネルヴァ様。いつぞやのパーティでは父が大変失礼をしました。
マーガレットからは、つねづねお話を伺ってまいりました」
ハワード・ガストニアはニコニコと言う。その隣では、マーガレットが夫の腕をとり優しく微笑んでいる。
どこから見ても、妻にベタ惚れの夫と、それを悪しからず思っている美人の幼な妻だ。
ガストニア侯といえば、パーティーで出会った下品なセクハラジジィのイメージが強烈すぎたのだが、その後ろで申し訳なさそうに頭を下げていた、人の良さそうな息子がマーガレットの結婚相手だったのである。
「幸せなのね?」と聞く必要もない。久しぶりの嬉し涙で目が潤む。
「感動の再会は終わった? 早く話を進めないと」
「せっかくみんなが集まるんだから、一度に姿を現したほうがいいと思って、マーガレット様に手段を相談したんです。私たちは顔が売れているし、それぞれ集まったら、どこかからか騒ぎになるかもしれないでしょう? もちろんこんなにガストニア侯が協力的だったなんていうのは、想像もしていませんでしたが」
リアムとバートラムが口々に言う。
一方、レイは……。
「元気そうで良かった。マーガレットのことはもう一人のお姉さまだと思っていたから」
晴れやかに笑っているのを見て、ミネルヴァもほっと安堵する。
「このホロ馬車、8人乗り? ずいぶん大きいし、安定しているのね」
「ええ。もともとガストニアの名産である織物や果物を運ぶための荷馬車なんです。
傷がついてはいけないので、安定性のために車輪も8台ついています。
王族にも卸しているので、中も清潔にしていますよ」
ミネルヴァは、急に馬車の中で立ち上がり、足踏みをしてみる。
床はダンダンと音を立てるが、馬車が揺れることはない。
ホロを見ていると、蛇腹の跡がついている。どうやらアコーディオンカーテンのようにホロは開けることができるらしい。
――イケる。
「この馬車、ステージにしましょう」
ミネルヴァの案はこうだ。まず、通行人に気をつけながら、この馬車のまま広場に乗り付ける。
そこでホロ馬車のカーテンを開けて用意していた純白の羽毛を振り撒けば、ゲリラライブのスタートだ。
「そいつは最高だ!」
ダグラスがポロロンと音を鳴らす。みれば、ダグラスは黒い棒を並べた木琴のような楽器とバチを手にしている。
「ダグラス?」
「自作のシロフォンです。カシの木を焼き上げた炭は硬化して、叩くと澄んだ音を奏でるんです。
サルコア国にはいろんな音質の材料があって、私、ウキウキしてしまいました」
「すごい!さすが転んでもタダでは起きない天才音楽家ね!」
留学とはいったい何なのか。父親であるポート侯爵の苦い顔が思い浮かぶ。
「ミネルヴァ様、これを」
マーガレットが傍に置いた包みをほどく。
「話を聞いたのがほんの数日前でしたので、さすがに完璧に用意するのは難しくて。ジャケットとマントだけは用意したんです」
中から出たのは、アイボリーのサテン地に金糸の刺しゅうがちりばめられたジャケットとメンバーカラーのマントだ。マントはメンバーカラーのベルベットにファーの縁飾りがついており、冬らしく美しい。
生地自体に光沢があり、光を反射してツヤツヤと輝いている。これをまとって登場したら、どんなに美しく見えるだろう。
「ありがとう、マーガレット」
ミネルヴァはトランクから自分も用意していたリボンタイを取り出して、メンバーに渡す。
「これは私から。揃いのリボンにしたの。マーガレットが作ったものからすれば見劣りしちゃうかもしれないけど」
白はリアム、青はバートラム、黄色はレイ、それからダグラスにも緑色のリボンを渡して、手元には赤のリボンだけが残る。
「アレックスの分は……」
「あいつは遅刻の常習犯ですよ」
おそらく行方不明というニュースは知っているだろうに、バートラムが元気づけるように言う。
「そして美味しいところだけ持っていく」
憎まれ口をたたくのは、リアムだ。
「そうね。センターは遅れて登場するものだわ」
ミネルヴァはリボンを握りしめた。




