4話 異世界で見つけた!絶対的センター
部屋に戻ると、ミネルヴァはまず自分自身の持ち物のリサーチをしてみた。
「相手を知るには、まず自分を知ること……ね」
高校時代のバレー部のコーチの教えが、自然と口をついて出る。
ウォークインクローゼットには、豪華なドレスや装飾品。繊細なレースのついた扇も何種類か用意されている。昔見たアニメや映画のドレスから察するに、18世紀から19世紀ごろの貴族のスタイルに似ている。
化粧水など基礎化粧品の概念もあるらしい、ドレッサーの中にはローズウォーターなどが整然と並べられている。
しかし、ミネルヴァはきっとつつましい性格だったのだろう。皇女という身分にしては、装飾品も宝飾品もそこまで多くはない。必要最低限の自分のお気に入りのものだけを大事にしていた性格が伺える。
「これは?」
クローゼットの隅っこの棚には、いつのものか、やりかけの刺しゅうが施された布が無造作に置かれている。が、刺しゅうの目はガタガタで、何の図案かもさっぱりわからない。あまり腕が良いとは言えなさそうだ。
ーーミネルヴァには趣味があったのかしら?
ミネルヴァは、姿見に映った自分を見る。儚そうな栗色の髪の毛が白い頬を縁取りのように飾って美しい。ただ映画女優と言うよりは、下着メーカーの外国人モデルのようなけだるげな美しさだ。
「……隈ができている」
ちょっと根を詰めすぎたようだ。気分転換に窓を薄く開けると風が入ってきて、デスクに置かれたランプの影を揺らす。
どこからか、ホウ、ホウと薄くフクロウの声がする。
「ああ、涼しい」
ミネルヴァは夜風を取り入れようと、窓をさらに開いた。
時計を見ると、もうすぐ夜の12時だ。今夜は満月に近いのだろう、月明りが庭園を照らし出して、植え込みに落ちた夜露がキラキラ輝いて見える。
ふとロージアの楽曲のお気に入りのメロディーが口をついて出る。
「深い夜の闇でも 月の光を目印にすれば~……」
ーーあれ?
違和感に耳を澄ませてみる。歌っているのは、自分だけではない気がする。
フクロウの鳴く低い声とハーモニーを作るかのように、かすかに響くテノール。
いてもたってもいられなくて、ミネルヴァは寝間着姿で部屋を飛び出す。
階段を下りると、声はますます近くなってくる。遠いどこかで聞いたことがあるような懐かしい歌……。
ミネルヴァは、裏庭へと続く回廊をどんどんと進んでいく。
ーーいた。
声の主は、まだこちらには気づかない。回廊の端、ドーム型になったパーゴラの手すりに座って、静かにハミングで歌っている。
フォルクローレ調のどこか哀しく切なげな歌だ。かすかな声なのに、胸がきゅっと締め付けられるような甘い響きがある。
ーーもっと聞きたい。
気が逸ったせいか、ミネルヴァの靴の音がコツンと鳴った。
声の主が歌をやめ、ふりかえる。
軽くウェーブのかかった黒い髪の毛。きりっと男らしい眉毛の下には、くっきりとした二重瞼に濃いまつげ。少し目じりが下がった瞳は黒曜石のようにキラキラと濡れていて、しかもどこか寂し気でもある。おまけに厚みのあるセクシーな唇。
濃紺のガウンの背中に月の光が反射して、青年自身が光を放っているようにも見える。一目で心を奪われる、強烈な存在感だ。
「……センターで決まりだわ」
皇女ミネルヴァが、スカウトマンに戻った瞬間でもあった。
「センター?」
「……あ、いや、こっちの話」
「あんた、ミネルヴァだよな」
青年が荒っぽい口調で言う。甘い歌声とは違って、気もプライドも高そうだ。
かりにも皇帝の妹であるミネルヴァを呼び捨てにするのだから、身分は高いのだろう。
「ええ。……もしかしたら知っているかもしれないけれど、私、記憶がないの。だから」
「俺のことも覚えてない?」
「ええ」
青年はふっと笑う。ニヒルな笑顔が少しだけカイトに似ている気がして、ミネルヴァの古傷がうずく。
「俺はアレックス。アレックス・ド・アステル・カーヴァー」
アレックス・ド・アステル・カーヴァー、すなわちアステル国カーヴァー朝のアレックスだ。
ちなみにミネルヴァの正式名は、ミネルヴァ・ド・アステル・カーヴァーであり、アステルという国名が名に入るのは王家だけである。
「その顔、何も聞いてないみたいだな」
――もしかして。
前皇帝の息子である皇太子は退位したと記されていたが、その後どうなったかは記載されていない。
何しろ一時代前の皇帝だと言うのに、グスタフ帝の記載自体がかなり少ないのだ。
「あなたは……廃位されたという皇太子?」
「ご名答」
アレックスは、ぴょんと手すりから降りて、ミネルヴァの正面に向き直った。
「君の従弟にあたる」
身長は悠に180㎝を超えている。ミネルヴァは、アレックスを見上げて嘆息した。
「すごく、スタイルがいいのね」
思わず、腕を掴んで筋肉量を確かめる。ミチっとしてよく引き締まっている。
「何か運動はやってるの? 」
アレックスは、たまらず笑い出した。
「あんた、そんな性格だっけ?」
ーーあ。
アンナが見たら、卒倒しそうだ。またやってしまった。
「ご、ごめんなさい!まだこの世界に慣れてなくて」
その言葉に、アレックスは我慢できないというように、吹きだした。
「この世界って……。おかしいなっ」
笑うとますます目尻が下がって幼く見える。そんなところも魅力的だ。
「久しぶりに楽しくなりそうだ」
「……あの、アレックス? 私はあなたと会ったことがあるの?」
「あるよ。子どもの頃はよく遊んでいたんだ。ニコライ陛下とあんたと、それからハートリー家の次男坊」
ハートリー家の次男坊とはリアムのことだろう。リアムも小さい頃はミネルヴァにくっついていたと言っていたっけ。
「もうちょっと教えて。私の小さい頃のこと」
「そうだな……」
アレックスはあごに手をかけて、ぼんやり空を見つめる。どうやら記憶をたどろうとしているようだ。
「あんたは俺たちよりも3つ年上で、いつも姉さんぶっていた」
「それから?」
「優しかったよ。リアムも俺も、あんたが大好きだった。ニコライは昔からイヤミでいけ好かない奴だったけど、あんたは素直で心が綺麗で」
ストレートに褒められて、ミネルヴァは顔が赤くなるのがわかる。
これは以前のミネルヴァのことで、ミナホの心が入った今のミネルヴァではないのに。
「だからだろうな」
ふとアレックスがこちらを向き直って、ミネルヴァの額に垂れた髪を耳にかけてくる。
熱い指先が耳たぶに触って、自分でもビクっと動いてしまうのがわかる。そのままアレックスの指がミネルヴァの首に優しく触れる。
「耐えられないことが多かったんだろう」
黒い瞳がじっと意味ありげに見つめてくる。
おそらくアレックスは、ミネルヴァが自ら命を絶とうとしたことを知っているのだ。
何を言っていいのかわからない。命を絶とうとしたミネルヴァは自分ではない。
でも、ミナホは。車道にフラフラと歩み出てしまった自分は、命を絶とうとしたとは言えないのか……。
コツコツコツコツ。2人の沈黙を破るようにして、回廊の向こうからゆっくりこちらに近づく足音がする。
「……そろそろ戻らなくちゃ」
アレックスも見張りの衛兵の足音に気付いたようだ。
「ああ。じゃあ、また」
「あの……」
「あの歌は」と聞こうとしたときには、すでにいない。アレックスは回廊ではなく、手すりを超えて庭のほうへと消えてしまった。
ーーアレックス・ド・アステル・カーヴァー。
前の世界でもあったことがない、いやどんなに売れているアイドルでも及ばないぐらいの逸材だ。
ずっと忘れていた夢、叶えられそうで叶えられなかった夢がむくむくと頭をもたげてくる。
ーーアイドルのいない世界で見つけた、どんなダイヤモンドの輝きも及ばないほどのギラリとした原石。




