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3話 アステル国の王室の複雑な過去

 またしばらく経った。

 顔を見せると言っていたリアムはなかなか現れないし、この世界での女の盛りを過ぎたであろう出戻り令嬢を訪れるものなどほとんどいない。しかたがないので、ミネルヴァは、宮殿の奥にしつらえられた図書室で国政や国の歴史について学ぶしかなかった。


 図書室と言えども、そこは王家の蔵書室のようなもの。ミネルヴァが居住する春の宮殿の最奥、日のあたらない北の間に位置していて、ほとんど訪れるものもいない。


 ゆったりとした気持ちで、ミネルヴァは国の歴史が記してある分厚い書物を手に取った。不思議なことに、この世界に来てから、文字や言語で困ることはない。もちろん古語や古代文などはわからないのだが、普通に使われている文字や言語はすんなりと頭に入ってくる。


 学んだところによれば、アステル国はこの世界では900年ほどの歴史を持つ大国である。国土は広く、国境沿いには異民族も多くいるため、その歴史は血なまぐさい。


 北部の山岳地帯は狩猟の民と言われるカナード族、西部には金鉱脈を有するサマール族、東部には近年、武力台頭してきたトラネス国が存在しており、小競り合いも尽きなかったらしい。

 先の皇帝グスタフ帝は、就任すぐは善政をしいて他民族を制圧していたが、10年ほど前に病に倒れ、その2年後に衰弱死。どういう政治判断か、一人息子だった皇太子も、グスタフ帝が病に倒れたときに一緒に廃嫡されたらしい。


 その間、グスタフ帝の姪であるミネルヴァは隣国トラネスに嫁いでいたわけだが、それも政情不安なアステルが国の防御を固めるための苦肉の策だったのだろう。やがてサマール族の反乱が起きるが、軍を率いていた皇弟ルイス大公および相手の族長の死により痛み分け。

 グスタフ帝の甥であるニコライが新たに帝位につき、平和路線の政治を推し進めているため、いったんは波風もおさまっているらしい。


 ミネルヴァは、兄であるニコライの顔を思い浮かべる。優男と言ってもいいぐらいの柔和な笑顔。どうやらあれで政治手腕はあるようだ。


――政情不安な国に生まれて、いつの間にか戦争が起きて、いつの間にか父親が亡くなって、いつの間にか結婚して離縁されて……。我ながら、なかなか波乱万丈な人生みたいね。


 他人事のように、ひとつ大きなあくびをして窓の下を眺めると、そこにはきらびやかなドレスをまとった集団が見える。


 また何か噂話でもしているのだろう。3階にある図書室にまで、鈴を転がしたような笑い声が聞こえてくる。

 まるでアイドルを追いかけていた若いファンの子たちのようで、ミネルヴァは微笑ましい気持ちで令嬢たちに目を向ける。


 考えてみれば、この国の貴族の令嬢たちは、よほどお話し好きなようだ。

 おそらく貴族の女性の立場はそこまで強くなく、皆、暇をもてあましているのだろう。

 だからこそ、ミネルヴァに向けられる好奇の目を感じて、居心地の悪さを感じるのだけど……。


――もしアイドルがいたら、楽しんで推し活してくれそうなんだけどな。


 ミネルヴァは、そこまで考えて頭を振る。


――本当に私は仕事中毒ね。あんなに嫌な思いをしたのに、まだアイドルのことを考えているなんて。


 ふと口元に苦笑いが浮かぶ。でも、自分はたった1か月の滞在で退屈に押しつぶされそうになっているのだ。若い令嬢はもっともっと退屈で、きっと刺激を求めていることだろう。


――もっと、この国の子たちのことを知りたいな。


 窓の下の色彩に目を細めながら、ミネルヴァはぼんやりとそう思っていた。


 


 

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