46話 メンバーの処分とマーガレットの訪問
「以下のもの。
戦没者および故グスタフ帝の喪に服すとする御上会議に反し、国民の良俗を乱す集会を扇動したため、以下の処分を下す。
バートラム・グリーン グリーン家の王都への立ち入り許可証、およびマイト地区没収。
レイ・リスボン レイ・リスボンの蟄居、および早期入隊。およびリスボン家への給金の減額。
ダグラス・ポート ダグラス・ポートの3年間の国外退去、および留学命令。
リアム・ハートリー リアム・ハートリーの王宮立ち入り許可証の没収。
1426年11月6日 アステル国 法務省 アラン・ブリスベン」
そこにミネルヴァの名前はない。
さすがに現皇帝の妹が引き起こした騒動と公表することはできなかったのだろう。他のメンバーも、投獄とまで行かなかったのが幸いなのかもしれない。
もっとも罪が重いのは、バートラムを擁するグリーン家だ。
アレックスが不在の今、グリーン家には後ろ盾がなく、かばってくれるものがいないのだろう。グリーン家が王都へ出入りできるようになったのは、最近だというから、どんなにご家族がショックを受けていることだろうか。
おまけに商業地区であるマイト地区まで取り上げられるとは、別の思惑が働いたとしか思えない。
いつもひょうひょうとした表情を浮かべているバートラムだが、もしかしたら自分を恨んでいるかもしれない。
レイの処分が軽いのは、現在最前線で戦っているリスボン将軍に免じてというところか。もしくは、まだ15歳だということを考慮されてのことかもしれない。とはいえ、名門貴族に対する給金の減額というのはかなりの恥辱でもある。
ダグラスを要するポート家は公爵家であり、力はある。しかしながら、もともと音楽狂で知られるダグラスのことだ、彼が作曲に大きくかかわっていることなど想像に難くない。
おそらく厳格な性格で知られるポート公爵が、息子の厳しい処分に反対することはなかったはずだ。
名分は留学とはいえ、彼が国を出るとは≪アナザー・ロージア≫の活動にはかなりの痛手だ。
ハートリー家は皇后に対する覚えも悪くないためか、リアムに対する処分は軽い。もしかしたら皇帝であるニコラスが、宰相の息子であり幼馴染であるリアムをかばったのかもしれない。
マーガレットの名前がなかったのは、やはりルーヴル公が身内には目をつぶったのか。
アレックスはその場にいなかったから処分を免れているものの、おそらくルーヴル公も皇太后も、彼が中心人物であることはとうに気づいているに違いない。戻ってきたとしたら、どんな処分が言い渡されるのか。……いや、そもそも無事に戻ってくることすらできるかわからない。
アンナから手渡された勅命の書類を見つめながら、ミネルヴァはベッドにつっぷす。
ーーみんな、どんな気持ちでいるかしら。
こんなことに巻き込まれて、きっと後悔していることだろう。
遠い昔、川瀬ミナホだった頃に目にした≪ロージア≫の5人の冷たい顔を思い出す。
「まただわ……」
結局、自分はこうなのだ。誰も幸せにすることなんてできないのだ。
ミネルヴァはベッドのシーツをぐっと握りこむ。
こんなぬくぬくとした温かな部屋では、涙だって出やしない。自分の恵まれた境遇こそが、憎らしく思えてしまう。
「ミネルヴァ様……」
寝室のドアがノックされ、アンナがおずおずと声をかける。
「お客様がいらっしゃっています」
今やふたたび王宮の腫物となった自分を訪ねる者といえば、兄だろうか。ずっと謁見の申し出をしていたのだが、ようやく会ってくれるのだろうか。
ミネルヴァは重たい腰をあげた。
身支度をととのえ、サロンに入ると、そこにいたのはマーガレットだ。
「ミネルヴァ様」
マーガレットは落ち着いた様子でお辞儀をする。いくぶん、元気がないように見られるものの、可憐なたたずまいとバラ色の頬はいつもの通りだ。
「マーガレット! ありがとう。尋ねてきてくれて」
ミネルヴァが椅子をすすめると、マーガレットは首をふる。
「今日はお別れのご挨拶だけ。時間がありませんので」
「……どういうこと?」
「婚期が早まりました。明日にはガストニアに立つことになります」
「……うそ」
「少しの間ですけど、とても幸せでした。自分の作った衣装を着て、歌っているアレックス様やレイの姿を見ることができて。人生で一番、楽しかった!」
マーガレットが目を赤くしながら、晴れやかな笑顔で言う。
「……ごめんなさいっ」
ミネルヴァは思わず、マーガレットの細い肩を抱き寄せる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「どうしてあやまるの? 私は幸せだったって申し上げたのに」
マーガレットが涙声で、しかしきっぱりと言う。
「ミネルヴァ様、私の政略結婚なんて、生まれたときから決まっていました。
それが早まっただけのことです。昔から、私のしたいことなんて何もできる気がしなかった。
アレックス様をお慕いしていたのだって、けして手に入らないことを知っていたから。だから、安心して、好きでいられたの」
ミネルヴァの背中に回していたマーガレットの指先に力が入る。泣くまいと必死で抵抗しているのがわかる。
「≪アナザー・ロージア≫もそう。彼らを見ていると、嫌なことを全部忘れられたの。だから……」
マーガレットがミネルヴァの身体を離し、それから顔をのぞきこむ。
「ミネルヴァ様。絶対に≪アナザー・ロージア≫をあきらめないでください」
「マーガレット」
「ここに来る前に、シュゼットの家にも寄ってきました。シュゼットはずっと自分の家の警備が甘かったせいだって落ち込んでいましたけれど。でもレイは、思ったよりうっと元気そうだったわ。この間の自分の歌がいまいちだったと言って練習に励んでいるみたい。おばさまもレイを応援しているみたいだし、家のことよりもミネルヴァ様の様子をご心配されていました」
ミネルヴァは、必死で練習に食らいついてきたレイ、ずっとキラキラとした顔で舞台を応援してくれていたシュゼット、それからシュゼットによく似た若々しい奥様の晴れやかな笑顔を思い浮かべる。
「落ち込んでいないばかりか、自分の心配までしてくれるなんて。シュゼットのご家族は揃いも揃ってお人よしだわ」
マーガレットは、ふっと笑ってミネルヴァの両手をぎゅっと掴んでくる。
「みんな、≪アナザー・ロージア≫が大好きなんですよ。だから、絶対にやめないで」
「でもどうやって……」
思わず弱気な言葉が出る。
「ミネルヴァ様らしくもない。私の家に何度も訪ねてきたのはあなたでしょう?
大丈夫。≪アナザー・ロージア≫は、もうあなたたちだけのものじゃないのだから」
マーガレットは美しい笑みを浮かべて言う。
「いつかガストニアにもいらしてください。何もないけれど、美しい湖畔があるの。
いつか船上コンサートでもお開きになって。私、楽しみにしていますから」
マーガレットはこれまでにないほど爽やかな笑顔を残して去って行った。
ただひとりでも、自分に対して恨みを持ったわけではないことに安堵すると同時に、心の奥底に熾火がつくのがわかる。
ーー絶対にやめない。
ミネルヴァはペンと便箋を手にとる。
メンバーに謝罪の言葉、それから必ず蟄居と国外退去を撤回するから待っていてほしいという約束。
さらには、自分はあきらめないから、みんなも絶対にあきらめないで、と強い文字でしたためる。
最後の便箋はアレックス宛だ。軍への伝令便に乗せることはできるだろうが、果たして届くかはわからない。
まずはコンサートが知られてしまったこととメンバーの処分への謝罪。それから無事を尋ねる文面を書き連ねて……。
ふと、そこでペンがとまってしまう。何を書いても、嘘のようになってしまうのだ。
書きたい文字は、ただこれだけ。
「早く帰ってきて」
ーーダメだ。弱気になってはいけない。
ミネルヴァは、パシっと頬を叩くと、最後に「私たちはあきらめてはいません。あなたの居場所は戦場ではなくスポットライトの中よ」とだけ記して封をした。




