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45話 シュゼット家での騒動

  新曲の発表は、内輪ともいうべきシュゼット主宰のパーティーになった。

やはり時は戦時下であり、いくら≪アナザー・ロージア≫のファンと言えども

禁止されている音楽をわざわざこのタイミングで聞こうと言う貴族は少なくなっている。


 そこで「かわいい弟がメインを務めるんですもの」と一肌ぬいだのがシュゼット嬢だ。

シュゼットが友人をかきあつめたのだろう、今日のコンサートは若い令嬢が中心で、どこか華やいでいる。

中にはメンバーカラーの扇子を持った一団もおり、これでこそアイドルのライブ前といった雰囲気だ。


「ふう」

 ステージと控え室を遮るカーテンの前でレイが息を吐く。

「緊張しているの?」

「それは、もう」

「大丈夫だよ」青白い顔をするレイにやさしく声をかけたのは、意外にもリアムだ。

「誰も君がよく歌う姿なんて目当てにしていない。君に与えられた役割は、子犬のような弟キャラ。

 なんならちょっとしたアクシデントだって期待しているぐらいだ」

「……それ、どういう意味ですか?」

「だから。失敗したって気にしなくていいってこと」

 少々わかりにくいが、どうやら勇気づけたいのは本心らしい。

男性陣に対してはいつも皮肉屋のリアムの、意外なやさしさにミネルヴァは笑みがこぼれる。


「そろそろ時間です」

 懐中時計を手にしたバートラムがみんなに声をかける。

今日、身に着けているのはマーガレット渾身のフリルを贅沢に使った衣装だ。軽やかなフリルがひらひらと襟元や手首を覆ったブラウスで、3人並び立つとまるで高級天使のよう。昔、美術の教科書で見た宗教画のミカエル、ラファエル、ガブリエルのようだ。

 

「レイ、がんばって」

 カーテンをあけて出ていく瞬間、ミネルヴァは、落ち着かない様子のレイだけに声をかける。

レイはにっこり笑って頷くと、ステージへと出て行った。


「みなさん、こんにちは。 ≪アナザー・ロージア≫のコンサートに来ていただき、ありがとうございます。北方では反乱がおき政情が落ち着かない中で、音楽を届ける。本当に来ていただけるか不安でもありました」

 会場からは拍手が起こり、メンバーカラーのリボンやバラが女性たちから掲げられる。

ひと際大きな拍手を送ってくれるのはシュゼットとサラだ。

「北では、今も戦っている方達がいます。僕の父上もそうです。リーダーのアレックスもそうです。

今日は、彼らにも僕らの声が届くように、それから少しでも暗い気分や悲しみを皆様が忘れてくれるように、頑張って歌います!」


 ミネルヴァが合図をすると、ダグラスがステージの裾でヴァイオリンを弾き、レイがそこにかぶせるように歌い始める。


 透き通る歌声! 見た目も相まってウィーン少年合唱団のソロのようだ。

リアムとバートラムが主旋律をおいかけるようにして3重奏を奏でる。


 客席を見ると、うっとりと聞きほれる女性たち。

「幸せになってほしいんだ」の歌詞には、もしかしたら戦いに出ている家族や恋人を思い出しているのかもしれない。ハンカチで涙をぬぐう者までいる。


――よっしゃ。反応は上々ね。

ミネルヴァのカーテンの裾でにぎりこぶしを作る。


 ふと、客席の後方。シュゼットと肩を並べて座るマーガレットの方を見る。

 歌詞に出ているヒロインが、自分のことだとは気づいているだろうか。……穏やかな笑みを浮かべながら曲に耳を澄ませている、その表情からはうかがい知れない。


 レイが歌いあげると、会場からは惜しみない拍手が送られる。

 レイはペコリとせわしなくお辞儀をし、それから安心したように蕩けそうな笑顔を向ける。そのまま軽く手を振ると、会場からは「キャー!」と黄色い歓声があがった。


「ありがとうございます。つづいては、僕らの最初の曲『翼の歌』です。

いつもメインをつとめるアレックスはいないけれど、彼の分まで心を込めて歌います」


 ダグラスが、バイオリンで前奏を奏でる、とその時――。


 ダンダン!

入口のほうで大きな音がする。

「おやめください!」

「押し通る!」

数人の衛兵と、それを押しとどめようとするシュゼット家の侍従たち。

「すべての音楽は、禁止されている!」

衛兵たちはそのままサーベルを振りかざして押し入ろうとする。

キャーッと女性客から高い悲鳴があがる。

「ああっ!」

悲痛な声をあげるのは、ヴァイオリンを奪われたダグラスだ。

 

ーーまずい。

ミネルヴァは意を決して歩を進める。


 先頭にいるのは、いかつい大男。前にキアヌの街で子どもに乱暴を働いていた衛兵隊の男だ。

「乱暴はやめなさい」

 少しだけ声が震えてしまうが、それに構ってはいられない。

チラっと横目でシュゼット嬢に目配せする。バートラムとシュゼットはすでに客を従者通用口から外に逃がそうとしているようだ。


「ミネルヴァさま」

 ふっと隊長が嫌な笑顔を浮かべながらこちらを見てくる。

「最近、ここそこらでコンサートなる音楽会が開かれていると噂されていました。

なんでも貴族の若い男を着飾らせて、肌を見せながら女性を口説くハレンチな歌を歌うのだとか。

それを扇動しているのが位の高い貴族であるとも聞いていましたが、まさかあなた様だったとは。

……まことにお気の毒なことで」

 侮蔑と嘲笑をたたえたその目つきに、背後に控えていたリアムが今にも殴りかかってきそうなオーラを発しているが、それをレイが押しとどめる。

その様子に気付いたのだろう、隊長がレイのほうをチラっと見る。

「それにレイ様。御父上がこの姿を見たら、どんなにお嘆きになることか」


ーーイラつく野郎だ。

「あなたが衛兵隊の隊長なの? 名前と身分は?」

 男の嫌味を無視して問いただすミネルヴァに、一瞬男がひるむのがわかる。

「私たちが誰であるかをわかっていて、その振る舞いをしているのよね?」

「もちろんでございます。私はトーリム子爵家次男のミルトン・トーリムです」

その名前を聞いて、すぐにリアムが「ルーヴルの犬か」とこそっと言う。

「それで?だいたいあなたたちは誰の命令でここにきているの?」

「……音楽を取り締まるのは皇后さまのご意思でございます」

「ふうん。それじゃ、今度はここに残っているお客様たちも含めて、全員を塔にとじこめようっていうわけ? 」

「そのようなお沙汰があればそのようにいたすまでです」

「それじゃ、私もかしら?」

 と、そこで会話に割って入ってきたのはマーガレットだ。

「マーガレットお嬢様!」


「ミルトン様。ご無沙汰しております。まさかこのような形でお会いするとは思っていませんでしたわ」

 トーリム家はルーヴル派に近い貴族なのだろう。相手の顔色があきらかに変わる。

「相変わらずの頭の固さね。上の言うことばかり聞いていれば道が開けるとでも考えているのかしら」

ピンク色の髪を傾けて、マーガレットがあえての愛らしい口調でミルトンに言う。

「お嬢様がなぜこちらに。……御父上にはなんとおっしゃられるつもりですか?」

「何も。誰が何を言っても構わないし、言わなくても構わないわ。どうせ私はもうじきルーブルの人間ではなくなるもの」

 ハッとレイが息を呑むのがわかる。おそらく言外の意味を察したのだろう。横顔もまっさおだ。


「……では、お上にご報告はさせていただきます。ミネルヴァ様、リアム様、バートラム様、ダグラス様、レイ様、および場所を提供したリスボン家、それからマーガレット様はお沙汰をお待ちくださるように。

……念のために申しておきますが、逃げても無駄だとお心に留めてくださるよう」

まるきり小物の言い分に、ミネルヴァは失笑してしまう。

「どこに逃げるというの? 行き場所があるなら教えてほしいくらいだわ」

ミネルヴァの冷笑まじりの言葉を受けて、ミルトンが手にしていたヴァイオリンを床にたたきつける。

「不要なものは処分しなくては」

「……!」

すぐにネックの折れたヴァイオリンにダグラスがすがりつく。彼にとっては10年ぶりに出会えた恋人だったのだ。

「行くぞ」

ダグラスをチラっと見ると、ミルトンは嫌な笑みを浮かべたまま、部下を引き連れて去って行った。

 

「ミネルヴァ様……」

 逃げ遅れたゲストのひとりの令嬢がミネルヴァに不安気に声をかける。

「大丈夫。あなたがたのことは、皇帝の妹であるこのミネルヴァが責任を持ってお守りします。せっかく応援してくださっているんだもの。アナザー・ロージアのファンには、絶対に手出しさせないわ」


 背を丸くするダグラスの元に近寄りそっと触れると、肩を震わせて泣いている。

これからどうなるのだろう、という不安を握りつぶすかのように、ミネルヴァはこぶしをぐっと握りしめた。

 

 

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