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44話 メインボーカルの代役は……

 アレックスが率いる帝国軍は、そのままカナードの地へと旅立っていった。

おそらく蜂起が静まるのは早くても1か月。おまけにアレックスには

ルーブル公のたくらみを明らかにするという特命まである。


 ミネルヴァは、ふうとため息をつくと、窓の外にちらつく雪の花を目で追う。

暖炉がガンガンに焚かれていたとしても、この寒さだ。

きっと、山岳地帯はもっと寒いだろう。窓に触れると、ガラスを通して冷たい外気が指へと伝わる。


 ミネルヴァは、センチメンタルな気持ちを吹き飛ばすように、両手で自分の頬をバシっと叩く。

ーーできることをしなければ。


 まずはレパートリーの強化だ。現在、≪アナザー・ロージア≫のセンターはアレックス。

むしろアレックスがいない今は、他のメンバーの魅力を訴える絶好のチャンスともいえる。

ーー新曲を考えよう。

ミネルヴァはダグラスに使いを出した。


 その数日後。

驚くべき速さで、ダグラスから招集がかかり、ミネルヴァはふたたびバートラムの倉庫へと足を運んだ。


「ミネルヴァ様~!」

 倉庫を開けると、厳戒態勢下とも思えないほど、上機嫌なダグラスが出迎える。

しかしながら無精ひげに黄ばんだシャツ、その晴れやかな笑顔とは裏腹にどこか薄汚れている。

後ろに控えているのは、やはりどこか元気のないレイと、いつも通りのひょうひょうとした表情のリアム。

そして、なぜか目に見えてわかるほど不機嫌で眉間やこめかみがピクピクといっているバートラムだ。

「……ええと。ご機嫌よう?」


 バートラムが不機嫌な理由はこうだ。楽器が運ばれ、倉庫を秘密の練習場にしようと言った日以来、

ダグラスがなかなか自宅に帰ろうとせず、ずっと我が物顔で倉庫に入り浸っているという。

「ご飯だってまともに取ろうとせずに、一向に倉庫から出てこない。

おまけに体が匂うのに、お風呂だって5日に1度しか入ろうとしない。

使用人からは私がダグラスを監禁しているという噂まで出ている始末です!」

 ダグラスの家は皇太后派の公爵家。

いくら次男とは言え、音楽にうつつを抜かしていると家族に知られてはいけない。

だからこそ、ダグラスにとって、この倉庫は天国のような場所なのだろう。

ダグラスを見ると、あらぬ方向を見て、とぼけようとしている。

「ダグラス。さすがに3日に一度は自邸に帰ること。わかった?」

そう言いながらダグラスに一歩近づくと、なるほどツンと匂う。

「……それからお風呂には入りなさい」

「はい」とうなだれるダグラスを見て、ようやくレイとリアムからもクスリと笑いが漏れる。


「それで? もう何日も入り浸っているのだから、新しい曲はできているんでしょう?」

 本題を切り出すと、ダグラスはクフフと不敵な笑みを見せて、ヴァイオリンを構えた。


 ダグラスが優しい声で鼻歌を歌いながら、ヴァイオリンを奏でる。

前の曲はマイナー調だったが、今度は美しいメジャーコードだ。

ミディアムバラードともいうべき、切なく優しい曲調。

ヨレヨレの洋服を身にまとった男から紡ぎ出されるとは思えない美しいメロディに、

ミネルヴァも他の3人も思わず聞きほれてしまう。

  

「素敵!」

 感激したミネルヴァが大きく拍手をすると、ダグラスがペコリと頭を下げる。

「ありがとうございます」

 そして、リアムとレイ、バートラム、それぞれに楽譜を渡す。

「これって……」

 楽譜を眺めながら、最初に口に出したのはレイだ。

「僕がメインってこと?」

 ミネルヴァがダグラスの持つスコアをのぞき込む。確かに、リードボーカルはレイのようだ。

「そう。アレックスの声はとても魅力的だけれど、今、彼はいない。

でも、レイのハイトーンには、アレックスにはない吸引力があると思います」

 不安そうな表情を浮かべるレイに、ダグラスが真面目に言う。

「確かに、この曲にアレックスでは色気がありすぎるよね」

 リアムも言い、バートラムもうなずく。

「歌詞はどうする?この曲ならラブソングだよね?」

「そうよね……」

 この切ないメロディラインをレイが歌うなら……。

ミネルヴァの脳裏に浮かぶのは、マーガレットを見つめるレイの熱のこもった眼差しだ。

ーー叶わぬ初恋。

「大丈夫。書ける気がする」


 みんながダグラスの指導のもと、練習をしている間にミネルヴァは詩を書き付ける。


どうしたの?と首をかしげて笑う君

どうもしない 見とれていただけ


大丈夫?と心配そうにのぞき込む

大丈夫じゃない 君の前では


淡い鳶色の髪の毛が鼻先をくすぐるたび

僕の心臓もとびはねるんだ


叶うならば一生この後ろ姿を追いたいんだ

好きなだけじゃない 大切なんだ

跳ねるように歩く君が ずっとそのままでいられるように

好きなだけじゃない 幸せになってほしいんだ



「どうかしら?」

「うん、すごくいいよ!」

「へえ。まるで見てきたみたいな話だ」

「子どもみたいな恋ですね」

 感心するレイと裏腹に、年上のふたりはひどい反応だ。

おそらく誰をモデルにして書いたのかもわかっているし、その恋の結末もわかっているのだろう。

「少し、合わせてみましょうか」

 ダグラスが再びヴァイオリンを手にもつ。 


数小節、メロディを弾いた後で、ダグラスがレイに目で合図を送る。

「どうしたの~♪」

ーー天使の歌声!

 サビではリアムが3音下できっちりハモり、あまりハモリが得意ではないバートラムが

1オクターブ下でユニゾンで歌う。


「……いいね」

 曲が終わると、皮肉屋のリアムが一言感想を述べる。

「3人の声質が似ている分、ハーモニーのバランスがいいですね」とダグラス。

「いいどころじゃないわよ! すごくいい!」

 新しいアナザー・ロージアの一面が強調されていて、アルバムだったらリード曲になるぐらいの素晴らしさだ。

みんなが誉めそやすものだから、リードボーカルをつとめたレイがヘヘヘと照れながら頭をかく。

「ミネルヴァ様、この歌、すごく歌いやすいです。なんていうか、気持ちがこめやすくて」

そりゃそうだ。レイのマーガレットへの片思いを想像して書いたのだから。

「もうすこし、文章を練って、それからまた仕上げるわ。

 それまでこれで練習してね」

「「「「はい!」」」」


 

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