43話 笑顔で送り出すことなんてできない
アステル国軍が北方へと派遣される日が来た。
小雪が舞う王宮前の広場には数百人の兵が並んでおり、圧巻だ。
任命式を行うと言うのでミネルヴァもニコライに呼ばれて、兵隊たちの前に立つ。
兵隊はよく訓練されており、行進も整列もスムーズだ。太鼓もラッパもないのに、よく揃うものだ、と感心する。
そして、兵の先頭に立つのは、アレックスだ。
刺しゅう飾りのついた金ボタンが光るネイビーの軍服に毛皮のマント、はからずもメンバーカラーである真紅を基調にしたサッッシュが映える。頭には大将の証である羽飾りのついたマフの帽子をかぶっており、いつもより勇ましく見える。
ニコライが任命書を開くと、アレックスが目の前まで歩み寄り、恭しく頭を下げる。
「よろしく頼む」
「はい、陛下」
アレックスが足を引き、胸に手をあててお辞儀をすると、後ろに並ぶ兵たちも敬礼をする。
すでにレイの父親が率いる帝国騎士団はカナード族の辺境へと旅立っている。百戦錬磨の帝国騎士団に比べて、今回新たに派遣される軍はいささか若い年齢層に見えて、心配が募ってくる。
「ミネルヴァ」
声をかけてきたのはニコライだ。
「そんな顔をしてはいけないよ」
横を見ると、兄はいつも通りの穏やかな笑顔を浮かべており、ミネルヴァもそれに倣って必死で笑顔を作ろうとする。
今まではどんな場所だって、見様見真似で貴族の令嬢を演じてきた。
それは自分の中に映画や小説、漫画の中のプリンセス像があって、そこにあてはめれば良かったからだ。でも自分が知っている物語の中には、戦いに出る若者を見送るシーンはなかったし、そんな演技はできそうにない。
レイのような若い少年兵の姿が目に入る。緊張なのか寒さのためなのか、顔はひどく青白く見える。
――あんなにか細い少年まで、戦いにいくなんて。
思わず、派遣をきめたニコライをにらみつけたくなるが、ぐっと我慢をして口角を上げる。
「ミネルヴァ」
と、そこに声をかけるのは、深い礼から立ち上がったアレックスだ。
「眉間にシワがよっている」
悪びれずにそう言うので、思わず、ミネルヴァはさらに顔をゆがめてしまうのだった。
任命式が終わると、将校以上の兵を招いての壮行会が行われた。
立食式の簡単なパーティーで、若い将校も多いからかざっくばらんな雰囲気がある。
――これなら問い詰められそうね。
ミネルヴァはニコライの動向を横目で伺うが、つねにルーヴル公がしたがえていて話しにくい。おそらく、ニコライの方でも話す機会を狙っているミネルヴァの様子に気が付いているだろう。
「皇太后さまのおなーりー」
そこへ、前触れの兵の声が響き、会場がざわめきたつ。
周りからも「珍しいな」「今日はお加減がよいのか」と口々に噂する声が聴こえる。
ドアが大きく両開きに開かれ、従者に手を引かれた皇太后があらわれる。
さっとルーブル公が近づいて皇太后の手をとろうとするが、皇太后は無表情のまま、手を挙げてその動きを制した。
「アレックス、こちらへ」
皇太后は玉座のそばに立ったまま、アレックスを呼ぶ。
「はい」
アレックスは、皇太后の前へとすすみ、そのまま膝立ちになる。
「顔をあげて」
「はい」
まっすぐと前を見据えるアレックス。
淡い髪色にグリーンの瞳をもつニコライとミネルヴァは、やはりグリーンで涼しげな瞳をもつ皇太后に似ていると言えないこともないのだが、黒髪に黒い瞳、情熱的な瞳のアレックスには似ているところなどひとつもない。
にもかかわらず、ふたりが相対すると、やはりどこか相通じる雰囲気があるから不思議だ。
ニコライが柔の王だとすれば、アレックスや皇太后は剛の王だ。
「かならず、勝つように」
皇太后はゆっくりと言い含める。
「はい」
アレックスが返事をしながら、誓いのキスをするために皇太后の手をとろうとする。が、皇太后は手を冷たく手を払うと、すぐに踵を返してしまう。
戦地に赴く孫に対するとは思えない、あまりの仕打ちに来客や兵士たちも息を呑むのがわかる。従者もその仕打ちに唖然としていたが、すぐに皇太后の手を取り、退出の手助けをする。
ギギーと再びドアがしまる。
アレックスはそのままゆっくりと立つと、膝についたほこりを払い、それから自分を見守るミネルヴァを見つけて、いつも通りの皮肉な笑顔を浮かべる。
が、一瞬、棄てられた子犬のような心細げなまなざしが見えたのは気のせいだろうか。
「さあ、景気づけに王宮内イチのワイン樽を開封しよう。前祝いだ」
重苦しい静寂をやぶったのは、若き皇帝ニコライだ。ニコライの声に、若い兵士たちがワーと歓声を上げ、再び会場ににぎわいが戻る。
「さあ、どうぞ」
気づくと、ニコライがワイングラスをミネルヴァの前に差し出してくる。
「ありがとう。お兄様」
「それで? ここ最近はずっと、今にも僕に殴りかかろうというような目つきで見ているけれど?」
「そんなつもりではありませんが……聞きたいことがあります」
「うん」
「なぜ、カナード族は蜂起を? ……それから、なぜアレックスなのですか?」
「うん」
「新聞記事や噂ではなく、お兄様の言葉で聞きたいのです」
その質問は想定の範囲内だったのだろう。ニコライは落ち着いた表情のまま、ワインを一口飲み、「これは良いワインだね」とつぶやく。
そして、指先でグラスをぬぐうと、また穏やかな表情でミネルヴァに向き合った。
「カナードの地は、もともと自治区に近かったんだ。険しい山岳地帯だし、アステルが政治に口を出すまでもない。たまに隣国との小競り合いがあるときに、駐屯地にしたり、兵を貸してもらったりして、長年うまくやっていた。カナード族は騎馬戦に長けているからね」
じゃあ、どうして、と言いかけたところで、再びニコライが話し始める。
「ところがここ数年の技術の進歩により、カナードの地方で、鉄鉱石とエメラルドの鉱脈が発見されてね。このままじゃ富を独占されると、アステルの一部の政治家たちが騒ぎ始めたのさ」
「お兄様はどうされるつもりだったの?」
「僕は自他ともに認める穏健派。富を稼いだら税を納めてくれれば、それで国に還元されるし、僕だってのんびりと溜まった雑務に集中できる」
ニコライはそう自嘲気味に笑って見せる。
「国が自治を認めるなら、蜂起なんてする必要ないじゃない」
「ところがだ。エメラルドと鉄鉱石で力を持ったカナード族を焚きつけた人物がいる」
「!」
「カナード族に独自のルートで武器を渡しているのさ」
頭に思い浮かぶ人物がいる。
「それって」
――ルーヴル公。
ニコライがワイングラスを口につけたまま、人差し指を立てて、ミネルヴァの発言を制する。
「戦争はお金になるんだよ。奴がカナードに武器を売ればお金が入るし、首尾よく独立すればおそらく報酬も手に入るだろう。もしカナードが負けたとしても、それにかこつけてエメラレルドと鉄鉱石の鉱脈はアステルの強硬派の政治家で山わけだ」
なんていうことだ。それならどっちに転んだって、ルーヴル公は損することはない。戦争で命を失う人だっているというのに、金儲けのことを考えて焚きつけているのだ。
「でも、奴はなかなか老獪な人物で尻尾を出さないのさ。だから、僕には強力な剣が必要だ」
ニコライは、そのまままっすぐ、会場の輪の中心にいるアレックスを見つめる。
「アレックスはそのことを?」
「もちろん。もともと彼が怪しいという話は、アレックスから聞いたんだ」
民族蜂起を沈めて、その裏で戦争を焚きつけているルーヴル公の尻尾を掴む。
「……いくらなんでも人遣いが荒すぎるわ。もし、それでアレックスに何かあったらどうするの?」
「そうだね、そんなことがあればかわいい妹に立つ背がない。僕は王座を下りて、君に統治をまかせようかな」
――ふざけたことを。
ミネルヴァが思い切りにらめつけるが、思いのほか、ニコライのまなざしは真剣だ。
「でも、大丈夫。きっとアレックスは戻ってくるさ」
「わかってるわ」
ニコライの言い含めるような口調に、ミネルヴァはうなずくしかないのだった。




