40話 アステル国初! ミュージカルの上演
ミュージカル『走れ!ロージアの騎士』の公演日がやってきた。
場所は、最初の公演と同じバートラムの邸宅だ。
最初は数組の招待だったので小さなサロンで行っていたが、今は違う。王都内のとある筋では≪アナザー・ロージア≫の話題で持ち切りであり、バートラム邸の大広間はぎゅうぎゅうだ。
ーーこの中に皇太后派のスパイがひそんでいるとも限らないけれど……。
ミネルヴァは控えの間のドアの隙間から大広間を覗く。
大広間に並べられた椅子では、若い令嬢から老婦人、またご婦人と連れ立ってきたであろう紳士たちでいっぱいだ。
令嬢の中には、それぞれ色分けされたグッズを身に着けている者、書店で売り出した似顔絵入りの扇子を持っている者も多い。
ーー目論見通りね。
グッズの販売による収益は馬鹿にならない。ミネルヴァは思わず身分の高い令嬢には似合わない下品な笑みを浮かべる。
「ミーナ。顔がゆるんでいるよ」
悪魔よろしく、裾の長い黒ジャケットに身を包んだリアムが言う。銀髪と透き通るような白い肌に黒が映えて、まるで年齢不詳の吸血鬼のように禍々しく美しい。
「ミネルヴァ様。何をお考えなんですか?」
今度は、真っ白のレースのシャツを着たレイだ。金髪にブルーアイズの美少年がレースをまとえば、それだけで天使の出来上がりだ。
「私って、天才?」
ミネルヴァは、あまりの2人のハマリ具合に、思わず自分のプロデュース能力を自画自賛してしまう。
「おい、大丈夫か?」
そこにいぶかしげに声をかけるのはアレックスだ。
今日のアレックスは、騎士の恰好。カーキ色の鎧とマントをまとっただけではあるが、いっそう男らしさが際立っている。
「完璧よ!」
「……じゃなくて、羽。マーガレットに頼んだんだろ?」
そう。待てども待てどもマーガレットからの連絡はなかったのだ。
正直、いけると思っていたミネルヴァだが、現実はそんなに甘くないらしい。しかたなく、念のために用意していた黒と白のストールを手に取る……。
と、ちょうどそこにドアがノックされる。
「ミネルヴァ様。マーガレット様がおいでになりました」
アンナの声に振り向くと、息を切らして入ってくるのはマーガレトだ。かなり急いできたのだろう、顔はすっかり上気している。
「これ」と、差し出したのは大きな包だ。ミネルヴァは急いで受け取って、包みを開ける。
中から現れたのは、美しいチュールでできた巨大な羽だ。
天使の羽は一枚一枚銀糸で刺しゅうされた羽が連なってできており、繊細でゴージャス。よく見ると羽の先は肩をつつむようにカーブされていて、立体的な作りになっている。悪魔の羽は、黒いグラデーションのチュールが何枚も重なっており、退廃的な雰囲気がリアムにぴったりだ。
「余計かと思いましたが、こちらも作りました」
さらにはアレックスとバートラムのための騎士のマントまで揃いのチュールで作り上げられていた。
「……すごい」
正直、これほどまでと思わなかった。
「マーガレット、ありがとう!」
ミネルヴァは思わずマーガレットに抱き着いた。
ステージが始まった。
ミュージカル仕立て、といっても、急ごしらえの舞台だ。
背景にはサテンの布をドレープを描くようにひいただけ。それでも4人の美しさを際立たせるにはじゅうぶんだ。
「今度こそ、幸せになるんだ。アレックス……」
「バートラム!目を覚ますんだ!バートラム!」
「どうせ間に合わないよ。早くカノジョのもとに行っておあげよ」
「友人を放って行ってしまうの?君をかばって倒れたのに?」
目まぐるしく変わるステージに、観客は釘付けだ。岩肌をのぼるような振付をしながら、アレックスが歌うシーンでは会場からすすり泣く声さえ聞こえる。
そして悲痛な声に重なるように高く響く、ダグラスのバイオリン。やっぱり楽器が入ると完成度がまったく違う。
さらには衣装の美しさ。やはりセンスのある人間の手が入ると、一気に洗練された雰囲気になる。リアムやレイだけでなく、アレックスやバートラムのマントにもチュールを使っているからか、彼らが動くたびにふわりとチュールが揺れて、動きがいつもよりもエレガントに見える。
その証拠に、彼らがダンスを踊るたびに、会場からほうっとため息がこぼれているのである。
さすがに演技は素人であるし、ぎこちないところもある。しかしそれでもなんとか形になった。ミネルヴァは胸元で歓喜のこぶしを握り締めた。
物語は、アレックスの活躍によりバートラムの薬が手に入り、そして結婚式へと急ごうとする希望のあるラストで終わった。
会場は割れんばかりの拍手である。
「……アレックス様は、幸せな結婚に、間に合ったんですね」
大きな拍手に包まれた4人をまっすぐに見つめながら、なぜか無表情のままマーガレットが言う。
「ふふ。私が急ごしらえで作ったストーリーなの。できすぎで恥ずかしいわ」
「いえ。ハッピーエンドは好きですから」
そういいながら、マーガレットはアレックスだけを見つめている。相変わらず心ここにあらずといった表情だ。
「……マーガレット?」
「……ミネルヴァ様。私、スタイリストのお話、お受けします。ただ」
「ただ?」
「半年後には東部辺境の地のガストニアに嫁ぐことになります。だからそれまでの間だけ」
気丈にふるまうマーガレットの声に、少しだけ鼻をすする音が混じる。
しかし、その目はまっすぐにアレックスを見つめている。
「マーガレット」
ずっと様子がおかしかったのはこのせいだったのか。ミネルヴァは思わずマーガレットの小さな肩を抱き寄せる。
そして自分がスタイリストの話を持ち掛けたときの、マーガレットの沈痛な表情を思い出す。もしかしたら、あのときにはすでに結婚の話が出ていたのかもしれない。
ガストニアといえば、いつぞやのパーティーで会ったクソジジィの領地ではないか。
でっぷりとした品のない年老いた貴族と、図体だけがでかく凡庸そうなその息子の顔が思い浮かぶ。しかし「それでいいの?」とは聞くことができない。過去のミネルヴァだって、おそらくそうやって結婚をしたはずだ。この世界では、きっとそれが当たり前のことなのだ。たとえ17歳という若さであっても。
「ありがとう。あなたと一緒にステージが作れたら最高だわ」
マーガレットは、ミネルヴァの腕の中で震えながらうなずく。ミネルヴァはマーガレットの柔らかなピンク色の髪をただ優しくなでるだけだった。




