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37話 街をさまよう怪しい影の雇い主は……

「ミネルヴァ様。バートラム様がお見えです」

「今、行くわ」


 今日は、バートラムでお忍びでキアヌの街に出ることになっている。

リトグラフやグッズ展開が毎回大盛況なこともあり、バートラムもミネルヴァの商才を認めているらしい。自分も新公演の準備や、グッズの仕入れに付き添いたいと言う申し出があったのだ。

「ミネルヴァ様、ご機嫌麗しゅう」

「バートラム、ご機嫌……と、アレックス?」

 馬車の前で待っていたのは、バートラムとアレックスだ。

「今日は1日予定がないんで、俺もついていくことにした」

「せっかくのデートだというのに、とんだお邪魔虫が入って残念ですね。ミネルヴァ様」

「ふふ。構わないわ」

 ミネルヴァが馬車に乗ろうとすると、アレックスが当たり前のように片手を差し出す。そのあまりの速さに、バートラムは肩をすくめて苦笑いをした。


 久しぶりのキアヌの街は、よりいっそう秋が深まっている。街路樹の葉はすでに落ちていて、冬の気配さえ漂っているようだ。

 ≪ラミー・ブックストア≫に向かう通りを歩いていると、ふとアレックスが足をとめて街頭を見上げている。街頭には大きな金のリボンや金の球場のオーナメントが吊り下げられている。

「どうしたの?」

「……もうすぐ聖イーグルの日だなと思って」

「聖イーグルの日?」

「ああ、覚えていないんだったな」

 聖イーグルの日は、大鷲がアステルの祖に助けられたお礼として、一番夜が長い日にあたりを照らす光の贈り物をしたという伝説に基づく祭日らしい。

 一番夜が長い日といえば、日本で言う冬至のことだから、日にちで言えば12月22日前後。ちょうどクリスマスと同時期に同じような祭日があるのだから、不思議なものだ。


「その日は、町もお城も金の装飾で飾るんだ。犯罪者でも恩赦が出て、1日帰宅が許される。殺人や強盗の重犯罪者は無理だけどね。いろんな家庭でごちそうにバターたっぷりの焼き菓子でお祝いをして、それから一番大切な人にキラキラ光るプレゼントをあげる」

「へえ。ロマンチックね」

「子供の頃、あんたにキラキラ光る石を上げたことあるんだけど。覚えてない?」

 アレックスが少しだけ寂しそうに言うので、申し訳ない気持ちになる。

「もしかしたら、あったような気も……」

 ミネルヴァが気を遣ってごまかすと、アレックスが「嘘だけど」と笑うので、ミネルヴァは「もう!」と肩を叩く。

 そうこうしているうちに、目的地の前だ。

「おふたりとも。お楽しみのところ失礼いたしますが、悪目立ちしますよ」

 バートラムが冷やかすように言うので、ミネルヴァはコホンとひとつ咳払いをして、気分を落ち着けた。


「お待ちしておりました。ミネルヴァ様。今日はまたアレックス様とバートラム様までご一緒で。麗しいことでございます」

 リトグラフの売れ行きが好調なので、迎える店主も恵比寿顔だ。

 ご機嫌な店主を相手に、ミネルヴァは新しいグッズの相談を始める。

 まずは新規メンバーであるレイのリトグラフの作成に、既存メンバーのリトグラフの増版。それから可能であれば、リトグラフの紙を扇子に貼り付けて、アイドルファンの必須アイテムであるうちわのように展開していきたい。またリトグラフも、ロケットペンダントに入れられるようにミニサイズを作りたい。

いつも推しと一緒に行動したいというのは、どこの世界のファンも一緒なはずだ。


 店主はふむふむとメモを走らせ、そのたびに隣にバートラムは感心したように頷いている。

「パッケージには金のリボンを使ってほしいわ。聖イーグルの贈り物としても使えるように」

 ミネルヴァが言い添えると、バートラムは心底感心したように「それはいい」とつぶやいた。


「今日はありがとう。また進捗をお知らせいただけると助かるわ」

 おおかた打ち合わせが終わって、ミネルヴァたちが席を立とうとすると、店主は「少々お待ちください!」と言って、商談室の隅にある箱から何かをゴソゴソと取り出した。

 店主がアレックスの目の前に差し出したのは、一枚の古いリトグラフ。

「先日、棚卸のときに見つけたのです。これも何かのご縁でしょう」


 リトグラフに描かれていたのは、長くウェーブした髪をポニーテールのように高くまとめ、こちらを挑戦的に見つめて華やかに笑う元王妃の姿と、王妃の腕に抱かれた黒髪の子供だ。

「これは……リリアンヌ様?」

 王妃は庭に置かれていた石像にやはりよく似ているが、やはり色彩がつくとより生き生きと感じられる。赤い異国風の装飾が施されたドレスを身にまとい、幼子を抱いているというのに妖艶な顔つきに見える。

「母上」

 アレックスはリトグラフを手に取って、そのまま食い入るように見つめている。

「本当に綺麗な人ね」と横から見ていたミネルヴァも、思わずつぶやいた。

 ここまで生命力あふれる女性を、アステル国ではおよそ見たことない。

「アレックスもまるで女の子みたい」と言うと、珍しく照れたのだろうか、アレックスは押し黙る。


「サマール族との戦いが激化してから、リリアンヌ様のリトグラフは破棄するようお達しがあったのですが、捨ててしまうには美しすぎる。おそらく先代が隠し持っていたものですが、どうぞアレックス様がお納めください」

 アレックスは「感謝します」と言いながら、大事そうにリトグラフを胸に抱く。

「それから。先日、私もリトグラフをお届けするついでに、こっそりとコンサートなるものを拝見させていただいたんです。久しぶりの音楽、楽しませていただきましたよ」

「ええ」

「音楽を待ち望んでいるのは、貴族の皆様だけではございません」

「わかっているわ。ありがとう」

 店主の言葉に、3人はゆっくりと頷いた。


 書店を出て、馬車が停めてある広場まで3人で歩く。

「次の公演では、天使と悪魔を演じると言っていたけれど、小道具や衣装はどうするんだ?」

「それについては、少し考えがあるの」

「ふうん」

と、細い路地にさしかかったときに、アレックスが急に歩みをとめた。


「ちょっ、どうしたの?」

 前を歩いていたアレックスが止まったので、ミネルヴァは彼の背中に鼻をぶつけてしまう。

「しっ」

 アレックスが、ミネルヴァとバートラムを片手で制して、そのままミネルヴァの肩を抱き寄せる。「一体、何を」と言おうとしたが、そのまま分厚い手で口をふさがれ、視線で路地のほうを見るように促される。

 

 ふとそちらに目を向けると、薄汚れた酒場が立ち並び、見るからに怪しい雰囲気漂う店が立ち並ぶ路地だ。

 大きな樽が並べられた居酒屋風の一店に、場違いな上質なマンドをまとった男が2人ほど入っていく。

「どこかで見かけた顔ですね」

 バートラムが眼鏡の奥の目を細めて小声でつぶやくと、「あれは、ルーヴル家の家令だ」とアレックスが答えた。

 男はなかなか出てこない。アレックスが店に少しだけ近づこうとすると、酔っ払いが珍しそうにこちらをじろじろと見てくる。そしてアレックスの顔を見て、ヒューと冷やかすように口笛を吹いた。

「目立ちすぎるわ。行きましょう」

 ミネルヴァは、ふたりを引っ張って、馬車へと向かった。


 馬車の中で3人で黙り込む。

「あんな店で、ルーヴル公の手のものが何をしていたのかしら」

「あそこは運送屋ですね。いわくつきのものでも金さえあれば運んでもらえると噂があります」

 バートラムが答える。アレックスは手元にあるリリアンヌのリトグラフをじっと見つめていたが、「きな臭いな」とだけ、ポツリとつぶやいた。

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