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36話 天使の歌声・レイの初舞台

 レイのデビュー公演は、もちろんリスボン家で行われた。

 いつもはミネルヴァが事前に現地に入って装飾の手配をするのだが、今回はその必要はない。可愛い弟の晴れの日、姉のシュゼットが手伝いを買って出てくれ、ほとんど一人で装飾の手配をしてくれたのである。

 もちろんテーマカラーは、レイのメンバーカラーである黄色。それも彼の金髪に合わせて、ひよこのようなパステルイエローだ。


 以前も公演を行ったサロンは、パステルイエローの大きなリボンで飾られ、レイのイメージ通り、可愛らしい雰囲気でまとめられている。


 そして初めての4人の歌。レイは初めてとはいえ、練習の甲斐もあってあぶなげなく歌声を披露しており、時に女性客に向かって手を振る余裕さえ見せつけた。

 観客席の名中でひときわ歓声があがるエリアを見てみると、揃いも揃って美しい金髪の持ち主で、ドレスやアクセサリーはイエローでまとめられている。その中の一人がシュゼットなので、きっとその一団はレイの家族なのだろう。

 シュゼットの隣にはサラとマーガレットも座ってステージを見守っている。サラは先日のシュタイナー伯爵邸のコンサートにも顔を出していたが、マーガレットは久々である。


――スタイリストの話、受けてくれる気になったかしら?


 マーガレットがカーテンの裾から覗くミネルヴァに気付いた様子だったので、ミネルヴァは少しだけ期待をこめて手を振ったがよそよそしく頭を下げられただけだった。


 そしてコンサート終了後の騒ぎと言ったら……。

「レイ、私の可愛いレイ! なんてすばらしいの!あなたにこんな才能があったなんて!」

 レイのほっぺを両手ではさみながら、ひときわ大げさに誉めそやす妙齢の女性はおそらく母親だろう。

「レイ! あなたは自慢の弟だわ! 私、もう涙が止まらなくて。グスッ」

「レイ~! やっとあなたの魅力が世界に知られるのね。お姉ちゃまは嬉しいわ~」

「本当に。ちょっと見ない間に大人になったのね」

「レイ! 曲の2番で、歌詞を間違えたでしょう! まったくあんなに練習につきあってやったのに!」

 リスボン家の女性たちは、周りの貴族たちが遠巻きに見守るのにもおかまないなしにはやし立てる。

「「レイちゃま。かっこ良かったです~」」

 嫁いでいったという姉の子どもであろう、美しい双子の少女までも、声をそろえてレイをほめる。

 中央にいるレイも、もみくちゃにされながらも満更ではない表情だ。幸せそうなレイを見て、アレックスやバートラム、リアムまでも、珍しく優しい表情で微笑んでいる。


「ミネルヴァ様」

 レイがこちらを見て、ぱあっと華やかな顔で笑う。

「どうでしたか? うまく歌えていたでしょうか?」

「ええ。とても良かったわ。見た目と違って度胸があるのね」

 ミネルヴァが褒めると、エヘヘと笑うのも愛らしい。

「何をヘラヘラしているの? アレックス様の堂々とした歌声に比べたらまだまだなんだから!」

 すぐ上の姉であるシュゼットが言うと、隣に控えていたサラとマーガレットもクスクスと笑う。

「でも上手だったわ」とサラ。「とても可愛かったわよ」とマーガレット。

 マーガレットが褒めたとたん、レイの頬がよりいっそう赤らむのがわかる。 

「あ、ありがとう!」

 向こうから差し出されてもいないのに、マーガレットの手を両手で握ってお礼を言っている。まるで子犬がぶんぶんとしっぽを振っているようだ。


「これはこれは」

「態度で丸わかりだな」

「ねえ、恋愛って禁止じゃないの?」

 後ろでアレックスたちがボソボソと話す。

――確かに、せっかく新メンバーだというのに恋愛沙汰になったらファンが離れかねないわね。

 

 コンサートが終わってからは、反省会だ。

「レイ、ちょっとこちらへ」

 言いにくいことは先に言った方がいい。ミネルヴァは感想を言い合っているメンバーから、レイだけを部屋の片隅に手招く。

「はい」

「あのね。アイドルって、女性、男性、関係なしに皆を平等に愛する存在なの」

「はい」

「だから、あなたが誰に恋をしていようと、それを周りにばれないようにしてほしい」

「えっ……バレていますか!?」

 なぜ、あれでバレないと思うのか。ミネルヴァは頭を抱えそうになるが、考えてみれば、レイの年齢は15歳。日本で言えば、まだ中学生の年齢だ。初恋にドギマギしてもおかしくはないし、恋愛感情を隠せというのも無理難題なのかもしれない。


「まだ、付き合っているわけではないのよね?」

「まさか! うちと公爵家では格が違います。マーガレット様は、姉上のお友達だし、憧れているだけで。交際したいだなんて思ったこともありません」

 マーガレット、と意中の相手の名前を出してしまったことには、気づいていないのだろう。

 一瞬「プロ意識がない!」と檄を飛ばしてしまいそうになるが、ここでは日本のアイドル業界ではない。すんでのところで、ミネルヴァは言葉を飲み込み、大きく息を吐く。


「ミネルヴァ様、次からは気を付けます」

 レイのこぼれんばかりの大きなブルーの瞳がうるうると揺れる。こんな表情をされてまで、彼にノーを突き付けるのは至難のワザだ。

「わかっている。でも、今後あなたのファンがついたときに、あなたの心が他の人にあると知ったらそのファンはひどく傷つくかもしれない。そういうことを、きちんと考えてほしい」

「はい」

 レイのしっぽはシュンとうなだれている。最初にしては言い過ぎただろうか。

 落ち込んでいる様子のレイが、≪ロージア≫の最年少メンバーだったユウキに重なって見えて、胸がキュっと少しだけ痛む。


「まあまあ。ミーナ。恋心を知らない人間が、恋の歌なんて歌えないよ?」

 後ろでこっそり聞き耳を立てていたのだろう、リアムがレイの肩に腕を回して先輩風を吹かせながら言ってくる。

「それに当のマーガレットは、 アレックスしか見ていなかったじゃない」

――優しい顔で、酷なことを。

 リアムが白い悪魔に見えてくる……。 

 

「リアムが……悪魔ね」


「え?」

 急に意味の分からないことを言い始めたものだから、メンバー皆がミネルヴァに注目する。

「次の公演は、コンセプト公演にしましょう! テーマは、悪魔と天使の誘惑に、迷える騎士の選択!」

 せっかく天使のような新メンバーが入ったのだ。ビジュアルを有効活用しない手はない。


 主人公のアレックスに、悪魔のリアム、天使のレイ。バートラムはアレックスの相棒に。頭の中でイメージがどんどん膨らんでいくのが分かる。そう、イメージは、2.5次元ミュージカルだ。


「さあ!≪アナザー・ロージア≫。次のフェーズに行くわよ!」

 自分のアイデアに興奮しているミネルヴァが、大きな声でカツを入れる。

が、訳のわからないメンバーたちはただただ「オー」と棒読みで答えてくれただけだった。


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