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35話 可愛らしい珍客

 ミネルヴァの元へと、珍客があらわれたのはそれから数日後のことである。

 シュゼット・リスボンの弟であるレイだ。


 最初、リスボン侯爵家のご子息が来ていると言うので、シュゼットのことかと思いきや、いざサロンに入ってみると、そこに座っているのはシュゼットではなく金髪の美少年。

「……こんにちは?」

「ミネルヴァ様、ご機嫌麗しゅう」

 年は14、5歳だろうか。くるくるの金髪の巻き毛に南の海のような透きとおったブルーの瞳は、まさにイタリアの絵画にある天使そのもの。くりっとした好奇心旺盛そうな目はシュゼットによく似ているが、幼さがあるだけ、より無垢な美しさに溢れている。


――ここにも一人、逸材が隠れていたというわけね……。

 

 ミネルヴァは、内心は興奮していたのだが、腐っても皇帝の妹。表面上は平静を保って見せた。

「今日はどうしたの? ずいぶん可愛らしいお客さんだこと」

「はい。僕の名前は、レイ・リスボン。ミネルヴァ様と親しくさせていただいておりますシュゼット・リスボンの弟です。まだ社交界デビューをしていないので、お初にお目にかかります」

「初めまして、レイ」とミネルヴァが言うと、ペコリと頭を下げる様子も可愛らしい。

「今日は、お願いがあってやってまいりました」

「お願い?」

「はい。僕を……僕を≪アナザー・ロージア≫に入れていただけないでしょうか?」

 少し緊張した面持ちで、レイはしかし一気に言い切った。


――よしっ。

 願ってもいない申し出に、ミネルヴァはガッツポーズしたくなる。

 俺様な赤、不思議系の白、知的眼鏡の青、芸術家肌の緑、ときたら、次は弟系の黄色だ。

 はやる気持ちを押さえるように、ミネルヴァはお茶を一口すする。

「入れろ、と言われて入れるようなものでもないのだけれど」

「それはもちろん存じ上げています!」

 よく見ると、レイの手が軽く震えている。少し、意地悪しすぎたか。

「どうして入りたいのか、その理由を教えてくれる?」

 ミネルヴァは、今度はなるべく威圧感がないように、優しい口調で尋ねた。


「リスボン家は5人姉弟で、僕は4人の姉がいる末っ子なんです。シュゼット姉さまがすぐ上の姉で、あとの3人はもうすでに嫁いでいるのですが……」

――それは、さぞ可愛がられたことでしょう。

 ミネルヴァは思わず口をはさみたくなったが、我慢する。


「リスボン家は代々帝国騎士団の将軍職についている家柄。僕も来年からは騎士団に入団することが決まっているんです」

 レイはうつむきながら身の上話を続ける。

 帝国騎士団はその一糸乱れぬ戦いぶりと皇室への忠誠心から「帝国の狼」と称されているらしいが、うち震えるレイの姿は狼というよりも、トイプードルやマルチーズといった小型犬のようだ。


「それで……ミネルヴァ様は、僕が、騎士団で戦えるとお思いでしょうか?」 

 急に振られても困ってしまう……が、その質問をする時点で答えはわかり切っている。体格は華奢でそこまで背も高くない。しかし、そんなものは成長期なのだから、後でなんとでもなる。要するに、レイには騎士団に入りたくないのである。

「さあ。ご家庭の方針に、私が口を出すことはできないわ」

「……そうですよね」


「では、どうして≪アナザー・ロージア≫に入りたいの?」

 レイは、ズボンの膝あたりを心細そうにキュっとつかむ。そのあざとさは、アイドルの素質そのものだ。

「お姉さまが≪アナザー・ロージア≫は、きっとアステル国の頂点に立つと。これからは剣の時代じゃないと言っていて」

 調子のよいシュゼットの言いそうなことだ。

 しかし、いくら≪アナザー・ロージア≫が有名になり、そこにレイが入ったとして、それで騎士団入りを免除してくれるかどうかはリスボン侯爵しだいであり、ミネルヴァの関与するところではない。


「それで、僕も、この間のコンサートを見て。すっごく感動したんです。キラキラ輝いていて、それを見ている皆も嬉しそうで……。1年後に騎士団に入るのは、変えられないかもしれません。でも、その前に、僕も≪アナザー・ロージア≫のメンバーになって輝きたいんです!」


……

 

「と、いうわけなのよ」

 次の練習の日、ミネルヴァはみんなの元にレイを連れて行った。

 すでにピアノ室はギュウギュウ。ダグラスと2人でピアノを前にしたのが遠い日のようだ。

「レイ・リスボン。今年15歳になります。宜しくお願いします」

 レイが勢いよく頭を下げると、くるくるの巻き毛がふよふよと弾んだ。

「リスボン家の末っ子がこんなに大きくなってるとはな。昔チラっと見た時は、まだ鼻水垂らしたガキだったのに」

「ふぅん。色素の薄い子だね。天使枠は僕一人でいいんじゃないの?」

「リスボン家は、代々騎士の家柄。グリーン家は俗っぽい貴族ではありますが、以後お見知りおきを」

「ほうほうほう。変声期はすぎておりますが、声質はテノール。喉ぼとけもそこまで出てはいないようですね」

 4人が口々に好き勝手言うので、レイの顔がひきつってくるのがわかる。


「こら。年下をそんなにイジメちゃダメでしょ!」

 あきれ気味にミネルヴァが言う。

 おそらくレイは根っからの末っ子気質。ひねくれた人間たちが多い≪アナザー・ロージア≫のメンバーからすれば、新しいおもちゃのようなものである。

「それでは、一度、歌を聴いてみましょうか」

 ダグラスがポロロンと鍵盤をなでた。

「はい」

 ダグラスが「翼の歌」の楽譜を渡し、しずかに伴奏を奏で始める。

 それに合わせて歌うレイ……。


「――綺麗な声!」

 まだ幼さが残る高音域の声が、とても聴きやすく美しい。

 思わずミネルヴァが素直な感想をもらすと、レイは照れくさそうにはにかむ。

「本当ですか? この間、曲を聴いて、生まれて初めてこっそり歌の練習をしたんです」

「素晴らしい! 非常に通りが良いトップテノールですね。ちょっとアレックス、サビを歌って。

レイ、一緒にユニゾンで歌ってみましょうか」

 アレックスが歌うちょうど1オクターブほど上だろうか。低音と高音の声質がまったく違うので、一緒に歌うだけでも音に厚みが出るのが分かる。

「バートラム、3音低めにハモれますか? サビを繰り返して」

 バートラムの控えめな低音がハーモニーを作る。

「リアム、同じ旋律を1小節遅く、追いかけてみて」

 リアムは言われた通りに、同じ旋律を輪唱のように追いかける。


 4人のハーモニーがまるでオーケストラの旋律のように小さなピアノ室を埋め尽くす。4人も自分たちの声の響きに驚いているのだろう、顔を見合わせては目を見開いている。

「良いでしょう!」

 ダグラスが最後にピアノで和音を勢いよく叩いて、曲を無理やり終わらせる。

 そうでもしないと、永遠に聴いてしまいたくなるハーモニーだった……。

「すごい! すごいわ!」

 ミネルヴァも力をこめて拍手をする。これで、レイの参加に異論がある者があろうはずがない。


「レイ。よろしく」

 アレックスがぶっきらぼうに言うと、レイは「ありがとうございます!」と勢いよく頭を下げた。

「僕、1年後には帝国騎士団に入団させられるかもしれないんです。だから1年ほどの参加になってしまうかもしれないのですが、でも、入ったからには全力で頑張ります!」

「あれ。騎士団って、17歳から入団だよね。なんであと1年?」

 リアムが不思議そうに尋ねる。ミネルヴァも、鍛錬場でちらっと見たことがある騎士団の姿を

思い出すが、確かにみんな高校生ぐらいの年齢で、レイほどの幼い少年はいなかった気がする。


「騎士団も人手不足のようで、昨年から入団年齢を引き下げたようなんです」

「人手不足……ね」

 そうつぶやいたアレックスの表情が、少し曇って見えたのは、きっと気のせいではないのだろう。


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