33話 資金繰りならミネルヴァにおまかせ
その後も、コンサートを開きたいという話はいろんな貴族から持ち込まれた。もちろん、そのたびに彼らの背景を洗わなくてはいけない。その上、この世界には携帯もパソコンもない。何かの連絡をするには、伝令もしくは手紙を送るしかないのである。
ミネルヴァは、多忙を極めていた。
目下、ミネルヴァの悩みは、予算である。
メンバーが増え、衣装や小道具も揃える必要性がある。できれば≪アナザー・ロージア≫の名前にふさわしく、バラを基調とした衣装も作りたい。それからいずれは、きちんとダグラスにも楽曲のギャラを支払いたい……。
だが、コンサートを見たいという人から、興行費をもらうことは可能なのだろうか。そんなことをすれば、ますますアイドルが下賤なものというイメージがついてしまう。
ましては、そのセンターにいるのがアレックスだ。また口さがない奴らから、皇位を返上したことで下賤な音楽活動に身をやつしたと言われかねない……。
「背に腹は代えられないわ」
ミネルヴァは久しぶりに兄であるニコライを訪ねることにした。
「やあ、ミネルヴァ。君から訪問してくれるなんて、嬉しいよ」
相変わらず、皇帝はニコニコと妹を出迎える。
しかし、突然の謁見の申し込みだったからか、執務室には先客がいた。……ルーヴル公だ。
「ミネルヴァ様、ご機嫌麗しゅう。」
「ルーヴル公。外遊に出られたとばっかり」
「先日、戻って参りました。我が国の特産品である布製品、それからレモンやオレンジといった柑橘類の良い販路が早々に見つかったもので」
1か月はいないと聞いていたのに。思ったよりも早い帰還である。
「そういえば、ミネルヴァ様も先日フィナンスの街にお忍びで参られたと伺いました。あちらのレモンカードは素晴らしい味でしょう?」
ルーヴル公が薄く笑顔を張り付けたまま、尋ねてくる。
以前は知らないが、今はそこまで話す間柄ではないというのに、バートナムの所轄地であるフィナンスの街の話題を出してくる。何か知っているのか、それともたまたまなのか。なかなかミネルヴァには判断がつかない。
「ええ。とっても。フィナンスには友人がいるの。いつか王宮にも届けさせますわ」
ほんの少しだけ、含みを持たせて答えてみる。どういう反応をするか。
「それは楽しみだ。そうそう、フィナンスのもうひとつの特産であるユリには毒があると知っていましたか?」
「……いえ」
「猫にだけ効く毒だそうですよ。最近、王宮には隠れて悪さをする猫がいるといいます。ユリを口にしないように気を付けないといけませんね」
ーー知っているのね。
ルーヴル公は、どこまでかはわからないけど、何かしらの情報を掴んでいる。その上で、脅しをかけているのだ。
「ヴィオレッタのことなら、彼女は賢いですから。心配ご無用ですわ」
ミネルヴァは、声が震えないようにしながらとりつくろって応えるのが精いっぱいだ。このままではうまく話せそうにない。なんとか目配せすると、ニコライはすぐそれに答えてくれた。
「ルーヴル公、報告ありがとう。戻っていいよ」
「ふうっ」
ルーヴル公が執務室から出ると、ミネルヴァは大きく息を吐いた。
「……なんなのかしら、あの威圧感」
「まあ、そう言わないで。僕はまだ即位してまもない。どうしても彼の力は必要なんだ」
噂を聞く限り、おそらく有能ではあるのだろう。しかし文字通り皇太后の右腕になっていたり、時には皇太后の代理をつとめたりと、ニコライを差し置いて表に立つことも多く、巷では本当の皇帝はルーヴル公だと揶揄する声もあるらしい。
「それで、用件は? わざわざここまで来たんだ。何か僕に用があるんだろう?」
ニコライにしては珍しく、先を急いでいる。忙しいというのは本当なのだろう。
「ええ、お兄様。皇帝の家族の……つまり私のための予算を増やせないかと思って……」
「予算を? 君が贅沢できるぐらいの予算はあると思うけれど」
そう、生活費としては十分だ。新しいドレスだってジュエリーだって簡単に手に入る額である。しかし、今のミネルヴァは事業主でもある。
ミネルヴァは、祈るような気持ちでニコライを見つめる……が。
返ってきたのは「難しい」という一言。いつもは妹に甘い兄のことだ。
ミネルヴァはこのおねだりはきっと断られないと踏んでいたので、この返答は意外でもあった。
「……実は、アステル国て財政難だったりするの?」
街を見ても王宮を見ても、そこまで貧しいような感じはしない。そこそこ活気はあるし、庶民も貴族もそれなりの服装をまとっているが。
「財政難に悩んでいない国家なんてないよ。ミネルヴァ」
ニコライはあきれたように、疲れたように言う。がしかし、その瞳が揺らいだのをミネルヴァは見逃さない。
「私に予算をさくと、うるさい人がいるのね?」
そう、たとえば、先ほどの人物とか。ミネルヴァは思ったが、その言葉は出さないでおく。
「けして、そういうわけではないんだ。ミネルヴァ。……でも君はなかなかの活動家だろう? 金策ならいくらでもあるんじゃないかな」
ニコライが彼お得意の穏やかな笑顔で言ってくる。
これは、お手並み拝見といったところかーー。ニコライの言葉には。有無を言わせない響きがある。
「わかりました。その変わりと言ってはなんですが、内密で私の自由外出権をいただけますか?」
普通、王族が宮殿外に出るには外出許可証が必要だ。もちろんお忍びで出ることもできるのだが、
その場合、門番や従者に支払う袖の下が必要になってくる。
「危険なことはしないと約束できる?」
ニコライの問いに、ミネルヴァはしっかりとした口調で「お約束します」と答える。
「私がするのは、たんなるビジネスですから」
……
無事に自由外出権を手に入れて、ミネルヴァが出かけたのはキアヌの街である。
まず訪れたのは、≪ラミー・ブックストア≫だ。
「いらっしゃま……」
店主の声は、ミネルヴァが大きくかぶっていたフードを取った瞬間に消えていった。
「ミネルヴァ様」
書店では、王族のリトグラフが売られている。おそらくすぐにミネルヴァの顔がわかったのだろう。
「本日は、どのようなご用件で?」
「突然の訪問、失礼いたします。本日は、商談があって伺ったの」
ミネルヴァが言うと、店主は緊張した面持ちで、「こちらへ」と商談室へと案内してくれた。
「それで、商談とは」
「これよ」
ミネルヴァは、傍に控えていたアンナから肖像画の写しを受け取り、そのまま店主に差し出す。
「……これは、アレックス殿下と、リアム・ハートリー様、それからバートラム・グリーン様ですか?」
「そう。王族のリトグラフとは別に、この3名のリトグラフを作ってほしい。
できればこのドレスのカタログのようなタッチで、美しく仕上げてほしいの」
「王族からは広報の許可が下りておりますが、この方たちは……」
「本人たちの許可は得ているわ」
もちろん準備にぬかりはない。ミネルヴァは、それぞれの家紋印が押された書類を提出する。
「リトグラフはまずは500部ずつ。画家に絵を起こしてもらうのだから、そのギャランティもお支払いします。できるだけ人気の画家にお願いするとして、ギャランティ、印刷代含めて、実費でいくらかかる?」
「……ええと、全部で1500部ですね。」
店主は、メモ書きを見ながら、そろばんをパチパチとはじく。
「相場である30リル程度のリトグラフを作るとして……。概算2万リルほどでしょうか」
ミネルヴァの感覚で言うと、だいたい1リルが日本円で150円ほど。したがって全部で130万円ほどということか。
「わかったわ。こちらは依頼とともに2万リルを即決で払う。その変わり、売り上げは6割がこちらの取り分、3割はあなたたちの取り分、1割を画家のギャランティでお願いしたい」
店主のメガネがキラリと光る。
「期限は?」
「できるだけ早い方が嬉しいわ」
「うちはアステル1の書店です。子飼いの売れっ子画家も多い。3日後には下絵のチェック、その1週間後で印刷に入れます。ただし」
「ただし?」
「私どもの取り分は4割に」
なかなかやり手の店主のようだ。古くは浮世絵、時代がのぼればブロマイドにグラビア、イケメンの肖像は金になる。
「宜しくお願いするわ」
ミネルヴァは店主に右手を差し出した。




