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32話 ≪アナザー・ロージア≫の誕生

 次のライブ会場はシュゼット嬢の家であるリスボン邸宅だ。今度は朗読会などというまどろっこしいカモフラージュはいらない。シュゼット嬢がアレックスファンの友人を集めて行う正真正銘のソロライブであり、新メンバーのお披露目会でもある。


 だというのに……。

「そこ、テンポ早くない?」

「お前が遅いだけだろ」

 リアムが混ざって以降、ミネルヴァのピアノ室は常に口喧嘩でやかましい。

「まあまあ、アレックスは感情が高まると、若干テンポを食い気味になることがあります。そこはゆったりと聞かせるほうが美しく聞こえますね」

 すでにダグラスも、アレックスやミネルヴァに対して敬称をつけなくなっている。軽い言い争いは増えたものの、みんなで曲を作り上げている感覚は強くなっていると言えるかもしれない。


「ほら、今のところ」

 そして参加させてみてわかったのだが、リアムはかなり歌が上手い。声量や声の通りやすさ、滑らかで低い声といった個性はアレックスの方が上なのだが、音楽センスに長けているのだろう、リアムはハモリも上手いし、何よりアレックスの声を邪魔することなくカバーに入れる。

 これは、思いもよらない収穫だった。

 

 もともと二人は持っているものも正反対だ。黒い髪の毛のアレックスに、銀髪のリアム。

アレックスが動とすれば、リアムには静の魅力がある。そこに大人の雰囲気を持つバートラムを加えれば、すでに最強トリオである。


 メンバーが増えるのだから、そろそろアイドルにつきもののメンバーカラーも決めたい。イメージでいけばアレックスは赤、リアムは白、バートラムは青といったところだろうか。この際、ダグラスにも緑を振り分けておこう。本音を言えば、あと1人。もっと高音をまかせられるボーカルが欲しい。


「何か、考え事ですか?」

 2人の言い争いを愉し気に見ていたバートラムが、黙り込んでいるミネルヴァに問いかける。

「ええと。実は高音域のメンバーがいれば完璧だと思っていて……。3人とも声は低めでしょう? 高音域が出るメンバーがいれば、パフォーマンスや声のふくらみにもだいぶ幅が出るの。誰か思い当たる人はいないかしら。歌やダンスを受け入れてくれそうで、皇太后派でもなくて、顔が抜群にいい貴族の殿方」

「なるほど。すでにこの社交界のトップ3はここにいますからね。……あ、そういえば」


「え!誰?」

「ニコライ陛下」

 その答えにミネルヴァは肩を落とす。

 ニコライと言えば、見て見ぬふりをしてくれるだけでもありがたいのだ。ただでさえ皇太后の傀儡政権と揶揄されることもある若い皇帝だ。これ以上、巻き込むわけにはいかない。 

「それができれば、悩んでいないわよ……」


「ミネルヴァ様、この国の貴族が何人いるかご存じですか? 宮廷に上がれる貴族の数は100家、その他地方貴族が1000家、人数にすれば1万人はくだりません。おそらく、我々の活動が知られていくことになれば、向こうから声がかかることもあるかもしれませんよ」


 具体的な数字を出してくれるのはありがたい。バートラムは、マネージメント側としても非常に有能な男なのである。

「問題は、我々のファンがつくのが先か、それとも皇太后につぶされるのが先か、ですね」

 そして、恐ろしく頭が回る。

「わかっている。私たちは地下アイドル。地道にファンを広げていくだけよ」

ミネルヴァは誰に聞こえるともなく、つぶやいた。


……

 シュゼットの邸宅でのコンサートは大盛況だった。

 来場客はほとんどシュゼットの友人である令嬢たち。アレックスのとりまきだった令嬢も多く来ており、彼女たちはアレックスが登場して一節歌うだけでも気絶するような有様だ。


 そして、彼女たちを驚かせたのは、アレックスとリアムのコンビネーションの良さである。あまり仲良くないと噂されるアレックスとリアムの2人が一緒に歌うというだけでも驚きなのに、そのハーモニーの美しさときたら!

 アレックスの低く滑らかな低音に優しくアンニュイな響きのリアムの中音が乗り、伸びやかに絡み合う。


 ミネルヴァは令嬢たちの一番後ろからステージを眺めていたのだが、令嬢たちがすっかり彼らの歌声に酔いしれているのがわかった。

 そしてMCはバートラム。少し笑いを交えながら、歌の合間を縫って滔々と語る。手持ちの曲はまだ数えるほどしかないので、あっという間にコンサートは終わったが、それでも手ごたえは十分だ。


 コンサート後には、メンバーが並んで来場してくれたご令嬢ひとりひとりと握手をするのも忘れない。

「素晴らしかったです!」

「こんなに美しい歌、初めて聞きました。感動いたしましたわ」

「まるで天使が舞い降りたかのようなお姿でした!」

 それぞれが感動の言葉をダイレクトに伝えてくるからか、みんな嬉しそうでもあり恥ずかしそうでもある。

 

 いつか見たのと同じ景色に、ミネルヴァは涙が出そうになる。

――そういえば、前にもこんなことがあった。

 最初のライブの終演時、≪ロージア≫の5人が並んで、ひとりひとりお客様と握手をして見送って。あのときも、気恥ずかしさと達成感が入り乱れた不思議な感動があった。


 それを思うと、ミネルヴァの動悸は少しだけ早くなる。


――大丈夫。あのときとは違う。


 5人をいたずらに傷つけた、あのときの私はいないのだ。

 

「そうだ」

 ミネルヴァは見送りが終わったばかりの3人と、そばに控えていたダグラスに声をかける。

「あなたたちのグループ名を決めたわ。≪アナザー・ロージア≫よ」

「……もうひとつのバラの木、ですか」とバートラムが言うと、リアムが「もうひとつの?」の不思議そうにつぶやく。

「そう。今は誰にも知られていない、秘密のバラの花。素敵でしょう?」


――願わくば≪ロージア≫とは違って、ずっと私とともに歩んでくれるように。

 

「これからは、この名前のもとで活動していくわ」


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