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31話 コンサートの後はいつも名残り惜しいもの

 ミネルヴァとアレックス、それからバートラムは、玄関先のロータリーに立ち、馬車で帰る参加客たちに挨拶をする。

「本当に素敵でしたわ」

「夢のような夜でした」

 シュゼット嬢とサラ嬢はすでに目がハート。アレックスしか目に入らないようだ。アレックスが「ありがとう」と言って、2人の手の甲に順にキスをすると、2人は腰から砕け落ち、そのまま従者に引きずられて帰って行った。


 それからマーガレット嬢。

「マーガレット、来てくれてありがとう。どうだったかしら?」

 ミネルヴァが聞く。

「もちろん素敵だった。……でも。あの空間にあの衣装はありえない。シャンデリアの灯りがないんじゃ、紺色は闇にとけて見えづらいもの。アレックス様の存在感があったからまだ耐えられたけれども。

私だったら」

「あなただったら?」

 饒舌に語り出していたが、ミネルヴァが問いかけると、つと黙り込む。

「ねえ、トップアイドルには優秀なスタイリストが必要なの」

 ミネルヴァが言う。

「マーガレット。もし君が参加してくれたら、俺も嬉しい」

 アレックスが畳みかけ、マーガレットの瞳が揺れる。が……。

「ごめんなさい!」

 結局はふたりの懇願から逃げるように、速足で馬車に乗り込んでしまった。


ーー反応は確かに悪くなかったのに。

 思ったよりも家の呪縛が強いのだろうか。ミネルヴァは、しだいに小さくなっていく馬車を見送るしかなかった。

 

「やあ」

 そして最後の客はリアムだ。

「ミーナ。すごく素敵だった。君の発想の素晴らしさったらないよ」

 リアムはこの会の主役であるアレックスには目もくれずにミネルヴァの手を取る。

「ありがとう。それで……あの約束は?」

「約束?」

 隣で聞いていたアレックスの眉がぴくりと動く。

「もちろん忘れていないよ」

 リアムがミネルヴァの手の甲にキスをする。

「君の本気は分かった。……僕も、“アイドル”に参加させてもらうね」

「……は?」と口をはさんだのは、アレックスだ。

「一回、こいつの方から断ってたよな?」

「気が変わったんだ。ミーナがあんなに真剣な表情で見つめてくれるなら、僕もその視線の先に立ちたいなって」

 リアムがアレックスの方は向かずに、ミネルヴァの方だけを見つめてにっこり言う。


「でもアイドルは恋愛御法度って言ってただろう? こいつなんて、ミネルヴァのことしか見えていないじゃないか」

 正直、アレックスの言葉はその通りである。しかし、リアムがいくらミネルヴァを追いかけていたとしても、若い女性たちからしてみれば、ミネルヴァは婚家から追い出されたとうの立った出戻り令嬢。リアムだって気まぐれに幼馴染になついているだけで、おそらく彼女たちの敵ではないはずだ。

 それにリアムのキャラクターから見ても、アレックスのような疑似恋愛対象ではなく、彼はどちらかと言うと鑑賞用。アイドルとしてのニーズが違っているのである。


「私たちの目的は、それこそ国民すべてをファンにすること。だってそうでもしないとこの国の慣例はくつがえされないもの。それには、アレックスだけでは足りないわ」

「なに?」

 アレックスが怒りを含んだ口調でこちらに問いかける。

「世の女性たち、それから男性でも、誰だって好みがあるでしょう? みんながみんな、あなたのような俺様セクシーキャラが好きなわけではない。ある層には、リアムのような不思議キャラが刺さる。そして、ある層にはバートラムのような眼鏡長髪クールキャラが」

 ミネルヴァは、ひとりひとりのイケメンの顔を指で指しながら力説する。

「私たちはファンを取りこぼさない。そのためにはリアムの力が必要よ」

 もはやミネルヴァではない、川瀬ミナホの口調である。


「もちろん、私がリアムと恋愛することも、結婚することもあり得ない」

 ここで、ミネルヴァがきっぱりと断言すると、リアムは「残念」とおどけて言う。「まあ、僕はそんなのいつだって覆せると思っているけどね」と、振られたというのに、意に介していないようのが逆に怖い。

「……ところで、いつの間に、私も入ることになっています?」

 ふとバートラムがつぶやいた言葉が、暗い夜空に吸い込まれていった――。

 

……


 その日、ミネルヴァは興奮でなかなか寝付けなかった。

 ベッドに転がって目をつむると、思い浮かぶのは光をまとって歌うアレックスの姿だ。

――彼は、生まれついてのアイドルだ。

 ぎゅっと枕を抱きしめる。

――これからアレックスの周りは、もっと騒がしくなるだろう。

 ミネルヴァは期待と不安と幾ばくかの寂しさを抱いて、眠りについた。

 


 翌朝。

「ミネルヴァ様! 起きてください! もう9時を過ぎておりますよ!」

 アンナの大声で目が覚める。

「もうちょっと寝かせてよ……。昨日、あんまり眠れなくて」

「見てください、こちら!」

 寝間着姿のミネルヴァの上にバサバサっと落とされたのは手紙の山だ。

「何これ」

「昨夜のお礼状です。皆さま、帰宅されてすぐに書かれたのでしょう。今朝、ミネルヴァ様の手紙入れを見た時には、すでにいっぱいになっていたのです!」

 ミネルヴァは手紙の差出人を一枚ずつチェックする。シュゼット嬢に、サラ嬢、それからシュタイナー伯爵。スタロー伯爵にラズロ男爵は、バートラムが呼んだ若い貴族たちの名前だろう。ミネルヴァは一番上にあったサラの手紙の封を開けてみる。


「ミネルヴァ様 

 昨日は本当に素晴らしい会を開いていただき、ありがとうございました。

 いつかのお茶会の折に、私が申したことをミネルヴァ様は覚えていらっしゃるでしょうか。

 あのときの私は、音楽は下賤なもの、と決めつけたような発言をしておりました。猛省いたします。

 アレックス様の歌声を聴いて、私はこの世にこんなにも美しいものがあるのかと涙が出る思いでありました。

 また、アレックス様の歌の披露する場でしたら、いつでも我が家をお使いください。

 父も母もアレックス様の大ファンでございます。きっと賛同してくれると思っております。

 ご連絡、お待ちしております。

 あなたの友人 サラ・ダドリー」

 

 シュゼット嬢の手紙は、もっとすごい。

 

「ミネルヴァ様 

 アレックス様って、何者なのかしら?  

 天使なのかしら? 悪魔なのかしら?

 私、すっかり心を奪われてしまいましたわ。

 アレックス様の歌声を世に広めようとするミネルヴァ様のご慧眼にも感服いたします。

 このシュゼット、どこまでもおふたりについていきます。

 またお会いできる日を心待ちにしておりますわ。

 シュゼット・リスボン」

 

 ミネルヴァは、ふわっとその両手に手紙を抱きしめる。この世界で最初にもらったファンレターだ。


「ねえ、アンナ? 昨日の朗読会、素敵だった?」

 ミネルヴァが上機嫌で訪ねると、「素敵ですって?」とアンナがジロリとにらみつけてくる。

「素敵だなんて言葉じゃ言い表せません! 私だって、昨日は興奮して眠れないほどでしたから!」

「ふふふ。そうよね」

 ミネルヴァは、そのままバタンとあおむけに倒れる。

「でも、戦いはこれからよ」


――さて、初ライブは済んだ。次は地獄の営業巡りといこうか。

 

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