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30話 いよいよお披露目! アステル国初のアイドルの誕生!

 いよいよその日がやってきた。

 ミネルヴァとアレックス、ダグラスは、サロンの控え室に隠れて様子を伺った。


 花で飾られたテーブル席に座っているのは、サラ嬢、シュゼット嬢、穏健派で学者肌のハートランド公爵、渡航経験が長く先進的な考えを持っているシュタイナー伯爵夫婦、一番奥のテーブルには、リアムも座っている。

それから、バートラムが呼んだ朗読をする若い貴族が3名ほど。おそらくビジュアルで選んだのだろう。サラ嬢とシュゼット嬢が、ちらちらと男性陣の顔を見ては楽しそうに話しているのがわかる。

 

――まだ来ていないのは、マーガレットだけね。


「ミネルヴァ、緊張してる?」

きょろきょろと会場を見渡すミネルヴァにアレックスが問いかける。

「ううん。むしろワクワクしているわ。あなたは?」

「俺もだよ」

 アレックスは、ニッと不敵に笑う。

 彼がこんな風にいたずらっぽい表情をするなんて珍しい。久しぶりに人前で歌うことがよほど楽しみなのか、それとも禁忌を破ることへの甘い快感か。あるいは、その両方なのだろう。


 朗読が進み、いよいよバートラム、そしてアレックスの出番になる。まずはバートラムが窓際のステージに歩み出た。


「本日は、我がグリーン家主宰の朗読会にご参列いただき、まことにありがとうございます。最後の朗読は『アステル建国記』より、終章 鷲の約束と旅立ち です。最後となりますので特別な趣向と特別なゲストをご用意しております。ぜひお楽しみくださるよう」

 

 シャンデリアの灯がぱっと消えると、漆黒の闇。

 すぐに小さなろうそくを手に持ち、バートラムがゆっくりと語り出す。

 

「大鷲は男に言った。お前ごときに私の苦しみが分かるかと。

 男は言った。分かることはない。でもお前が苦しむのは見ていられない」


 一節読み終えたところで、ふと奥のドアが開き、誰かがサロンに入ってくる。筋の光に照らされて、ピンク色の髪の毛がキラリと光る。


――マーガレット! 来てくれたのね。


 朗読が終わりに近づき、ミネルヴァはアレックスに目で合図を送る。アレックスは軽く頷くと、カーテンの内側、サロンの大きな窓のちょうど中央にスタンバイする。


 「鷲は言った。さらば、栄えん。永遠に」

 バートラムが最後のセリフを言って、ろうそくの火をふっと消す。

 ミネルヴァが合図を送ると、使用人の一人がカーテンの紐をひっぱって一気にカーテンが開く。


「傷ついた羽を抱き とわの宵闇の中で 

かすかに響く あの声  かすかに残る ぬくもり」

 

 ちょうど満月を背に歌が始まる。計算通り、ほぼ南中の満月がアレックスを照らし出す。

 夜に溶けるようなネイビーのジャケットには細かいビーズが縫い留められていて、全身がキラキラとまばゆい光を放つ。冷たい光を放つ月明りが、まるでアレックスから放たれたオーラのようだ。

 

「同じ景色の中で うつる空の色数え

手を伸ばしても届かない 震える指握りしめる」


 シュゼット嬢とサラ嬢がとろけるような表情をして、アレックスを見つめている。他の客たちも息を呑んでアレックスを見守っている。滑り出しは上々だ。


 ミネルヴァがさらにダグラスに合図を送ると、ダグラスはカホンで小気味よいリズムを刻み始める。どこか懐かしくて、切ないのに、心躍るような軽快なメロディーだ。


 ミネルヴァは控えの間を薄く開けて、ホタルをサロンへと送り出す。ゆらゆらとした光がアレックスの周囲を舞い、ほうっと歌を邪魔しないほどの歓声があがる。甘く切ない声で歌うアレックスは、無数の光に包まれて直視できないほどにまばゆい。

 アレックスが手を伸ばしたり、軽い振りを踊るだけで、ホタルはさっと光の線を描き、まるで観客たちに魔法をかけているようだ。遠くに向けたその眼差しがあまりにも熱く真摯で、ミネルヴァは胸がしめつけられるような気持ちになる……。



 ……あっという間の5分間だった。 

 歌が終わり、シャンデリアが再びともされる。しかし、その場はシーンとしたままだ。



 焦ってテーブルの方を見ると、シュゼットとサラは手を握り合いながら涙を流している。

 そして呆けた顔をしている若い貴族たち。遅れてきたマーガレットも、心をすっかり奪われて放心しているようだ。

 静寂を破るように、パン、パンと手を鳴らす音がする。まっすぐにアレックスを見ながら手を叩くのは、意外にもリアムだ。

 そして、その音にかぶさるようにして、拍手が沸き起こった。


「素晴らしいわ!」

「なんて素敵だったんでしょう!」

「すごいものを見たよ!感動した」

 参加者たちが口々に言う。

 

 しかし――。

「どういうことだ! 今のは音楽だろう? こんな秘密の会に参加させられて、もし皇太后さまやルーヴル公にばれたらどうなると思ってる?」

 控えていたバートラムに食ってかかるように声をあげたのは、どの貴族ともうまく付き合う穏健派であるハートランド公爵だ。


 やはり。こうなることは予想されていた。

 ミネルヴァはひとつ深呼吸をしてからドアを開け、サロンに足を踏み入れた。


「ハートランド公爵。手を下げなさい」

「ミネルヴァ様!」

「今回の会は、私が企画したものです。バートラムは場所を提供してくれたのにすぎません」

 

「音楽が禁止されたのは、前皇帝であるグスタフ帝の喪に服すため。そうですよね? それには何の法律も条令も定められていない。そもそも衛兵による取り締まりが横行していることだっておかしいのです」

「それはそうだが。しかし……皇太后とルーヴル様に逆らったと思われる」

 ハートランド公爵は言いにくそうに口にする。おそらく彼の本音はそれだろう。招待客の顔にも不安の色がにじんでくるのがわかる。


「父上は、音楽を、母上を愛していました」

 沈黙を破ったのはアレックスだ。

「だからこそ、病に伏してしまわれた。私は今、父への鎮魂の祈りを込めて歌を歌わせていただきました」

 語る声に力が入る。そこにいるほとんどの客が、今までこんなに真剣な表情で何かを発言する彼の姿を見たことはないだろう。

「この世界から歌が、踊りがなくなって、およそ10年の時が経ちました。

 私は、父も母も、こんな世界を望んでいないと思う」

 その地位を失ってなお、消えることがない天性の魅力。みんながアレックスから目が離せないでいる。


「いずれ、私たちのことはおばあ様の耳にも入るでしょう。それはもう織り込み済みです。ただ私たちの活動はこれから始まったばかり。もしご賛同いただけるのであれば、場を貸していただきたい。私たちは、歌の素晴らしさを届けたいだけなのです」

 ミネルヴァも訴える。


 そう、やり口としては地下アイドルだ。ひそかにいろんな場所でライブをして、しだいに口コミで人気を広げる。

 そして事が明らかになったときに、ファンが国民の中での一大勢力になっていれば、その声を無視することはできないはずだ。そして、アレックスにはその力がある。


「協力しますわ!」

 最初に声をあげたのは、シュゼット嬢だ。

「私も!」

 それからシュタイナー伯爵夫人。

「私ももっと聞きたい」「なんでこんな素晴らしいものが禁止されているんだ!」

 その他にも、バラバラと声がかかり、控えめな拍手が起こる。

 

「……わかりました。私は協力はできない」

 ハートランド公爵が居住まいを正しながら、静かに口を開く。

「ただ、あなたがたがどのように音を取り戻すのか、拝見させていただきますよ」


「ありがとう。じゅうぶんです」

 アレックスが固く頷いた。


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