28話 マーガレットとリアムへの招待
ダグラスから「カホンの出来は上々!」との手紙が来たのはすぐだった。
ダグラスのことだ、きっと眼鏡の奥をキラキラさせて新しいおもちゃで遊んでいるはずだ。
ミネルヴァは、自室のデスクで、バートラムから届いた必要な小物や準備の書類に目を通しながら3週間後のことを考える。
おそらく朗読会はうまく行くだろう。問題はその後だ。バレたときのことも考えなくてはいけない。
きっと自分は皇妹という立場もあるうえに、おまけに病んでいるとう噂のこともあり、不問になる可能性が高い。しかしながら新興貴族という弱い立場のバートラム、それから廃太子であるアレックスはどうだろう。もしアレックスが謀反の疑いがあるとされて、再び塔に戻されることになったら……。
そんなことは何度も考えたはずなのに、いよいよ実現と言うときに限って不安が頭をよぎってしまう。
最近のアレックスは華やかな女性たちに囲まれていたときと違い、心の底から楽しそうで、そんな彼を再び日陰の身に落としたくはない。
悶々とした気分を変えるため、ミネルヴァは明るい日の光が差し込む窓辺に立つ。
眼下には、穏やかな陽光の中で散策をする令嬢たちの集団が見える。珍しく集団の中にアレックスがいないところを見ると、女遊びを控えろと言う自分の命令をきちんと守っているのだろう。
「あ!」
ミネルヴァは集団の中に、見知ったピンク色の髪の毛を見つけて、急いで自室から飛び出した。
「マーガレット!」
「ミネルヴァ様?」
薔薇の植え込みにさしかかったマーガレットを後ろから呼び止める。ミネルヴァの必死の形相に何かを察してか、他の令嬢はクスクスと嫌な笑いを浮かべながらささっと離れて行った。
「ちょうど良かった。あなたともう一度話したいと思っていて……」
マーガレットは、ニコリともせずに自分のスカートのポケットからハンカチを取り出す。
「走っていらっしゃたのですか?」
「ええ」
「皇帝の妹君ともあろうお方が?」
「ふふ、本当にそうよね」
ミネルヴァは受け取ったハンカチで額をぬぐいつつ、マーガレットをガーデンチェアへと誘う。
「……アレックス様の件なら、お断りしたはずです」
「わかっているわ」
「では何の御用でしょうか」
「3週間後に、バートラムの家で朗読会が開かれるの。ぜひあなたにも来てほしいわ」
「バートラム様の朗読会ですか? なぜミネルヴァ様がお声をかけるのです」
マーガレットが怪訝な表情で、もっともな質問をしてくる。答えあぐねていると、ふたたびマーガレットが静かに口を開いた。
「アレックス様をアイドルにするという、いつぞやの話と関係されているんですね」
「……ええ。きっと私たちがやりたいことが、そこでわかってもらえると思うの。だから、あなたに来てほしい」
「もし、私がお父様に告げ口したら?」
マーガレットが、こちらをまっすぐに見つめて言う。
「あなたはそんなことしない。アレックスもそう言っていたわ」
もちろん、マーガレットがルーブル公に告げ口する可能性だってじゅうぶん考えた。でも自分の人を見る目を信じてみたいのだ。
「それにアレックスのファーストステージよ。あなたはこれをみすみす見逃すことができるの?」
ミネルヴァが問いかけるが、マーガレットはうつむいたまま返事をしない。
マーガレットがもしこのプロジェクトに入ってくれたら。ルーブル公にとっての人質になる。
前世でも、なんどかこうした卑怯な手は使ってきた。まさか、異世界でも同じようなやり口をしてしまうとは。
後ろ暗い気持ちを振り切るように、ミネルヴァは「待っているわね」と告げて立ち上がる。きっとマーガレットは来てくれる。来てくれたなら、きっとこのプロジェクトにも参加してくれるはずだ。
そして、本当は参加してほしい人間がもう一人……。
「リアム」
呼びかけると、リアムが薔薇の影からひょいと姿を現す。
「あれ、気づいてたんだ」
マーガレットと話がしたくて、令嬢たちの集団を追いかけてきたのだが、その集団が追いかけていたのがまさにリアムだったのだ。令嬢たちがひいたときに一緒に姿が見えなくなったと思ったら、こんなところにいるとは。
「悪趣味よ。聞き耳立てていたでしょう」
「人聞きが悪いなぁ。僕はお気に入りのバラの香りが嗅いでいただけなのに」
リアムの茶化すような言葉を、ミネルヴァはあえて無視して話をすすめる。
「聞いていたなら、話は早いわ。朗読会にあなたにも来てほしい」
「どうして?」
リアムがこちらの真意を問うように、すぅっと目を細めて見つめてくる。
「きっとあなたが見たいものを、見せられると思うから」
「本当に? アレックスが輝くところを? 僕が本当に見たいと思う?」
リアムが薄っすら笑いを浮かべて聞いてくる。
「……違うわ。私が見せたいのは歌の持つ力よ」
「歌の持つ力」
リアムがミネルヴァの言葉をただ繰り返す。
そんなものあったっけ、とでも言いたそうな不思議そうな顔だ。
「……本当に、見せてくれるの?」
「約束する」
ミネルヴァが言うと、リアムは白い薔薇を一輪つんでミネルヴァの耳に差し込む。
「じゃあ、約束をやぶったら、何をしてくれる?」
わざとだろうか、バラのガクについたトゲが少しだけ耳を刺激する。
「僕と結婚してくれる?」
リアムはそのまま少し痛む耳たぶを優しくなでてくる。この美しい顔でそんな甘い言葉を言うなんて、卑怯な男だ。
だからこそ、自分も卑怯になれる。
「いいわ。でももし、あなたが今度の朗読会で満足することができれば、私の言うことも聞いてちょうだい」
ミネルヴァは銀糸のようなまつ毛に縁どられたグレーの瞳を、挑むようににらみつける。
「あなたも、アレックスと一緒に歌うのよ」




