表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/56

26話 新曲の行方は

 曲作りは難航した。


 正確に言えば、曲のほうはいくらでも出来上がった。

 しかし、歌詞がうまくいかないのだ。

 ミネルヴァの、前世の国語の成績は3。感想文はあらすじを丸写しするタイプである。


「やれやれ」

 ミネルヴァは涼しい夜風にあたろうと、パーゴラに置かれた椅子に腰かける。よくよく見ると、このパーゴラはモザイクのようなタイルが敷かれていて、どこかエキゾチックな雰囲気が漂う。

 サマール族の血をひくアレックスがこの場所を気に入っているのは、この場所が母親のことを思い出させるからだろうか。 


「ミネルヴァ」

「きゃっ」

 ふと後ろから声をかけてきたのは、アレックスだ。

「アレックス。びっくりさせないでよ」

「すまない。俺の寝室からは、ここがよく見えるんだ。ランタンが灯っているから、もしかしたら君がいるんじゃないかと思って」

「ふうん。それで、ここがよくご令嬢たちとの逢引に使われていたのね」

 軽く嫌味を言うと、アレックスは白い歯を見せて、ハっと笑う。否定しないアレックスに、ミネルヴァの胸はチクリと痛んだが、それにはあえて気づかないフリをした。


「また、詞を考えているの?」

「まあね。そろそろ仕上げないと、作曲家大先生に怒られるわ」

「見せて?」

 アレックスが手を差し出すので、ミネルヴァはしぶしぶ持っているメモ書きを渡す。歌詞をじっと読み進めるアレックスのまつ毛に、ランタンの光が灯る。本当にどこまでも絵になる男だ。


 アレックスは、そのままミネルヴァの考えた歌詞にメロディーをつけて鼻歌を歌う。


 ――やっぱり、いい声。

 低いけれど、のびやかで甘い。ミネルヴァは、うっとりと聞きほれてしまう。

 かすかな声でもこれだけ魅力的なのだ。もっと大きな声で歌ったら、どれだけ人の心を打つだろう。


傷つけられても あの歌は消えない

手を伸ばしても届かない それでも足は進んでしまう


「これ、あんたの気持ち?」

「え?」

 アレックスは手にしたメモから目を離さずに言う。

「不思議だ。あんたが書いたのに、俺のことを代弁してくれてるみたいだ」

「そりゃ、あなたが歌うことを想定して書いたもの」

 その答えは、実は半分は本当で半分は嘘だ。

 ミネルヴァは確かにアレックスの気持ちを代弁して書こうとした。しかし、そこには自分の気持ちも入っている。

 裏切られて、でも、結局それにすがりつくしかない……。

  

「ミネルヴァ、これ、預かっても?」

 アレックスが、強い目でこちらを見返してくる。

「ええ」

「俺の歌だから、きちんと自分の思いがこめられるようにしたい」

 その言葉は、ミネルヴァの心を静かに打った。

「アレックス、もちろんよ! 好きに変えてもらって構わないわ」

「いや、いいんだ。少し、手を加えたいだけだから」

 思いのほか、アレックスも自分ごととして捉えてくれているのがわかり、ミネルヴァには嬉しくなる。 


「そういえば」

 アレックスは、そのままミネルヴァの横の椅子に腰かけて、至近距離で見つめてくる。

「前にアイドルって言ってたよな。歌って、踊って、夢を与える。そういう人たちのこと」

「ええ」

「トラネス国にはアイドルって奴がいっぱいいるのか?」

「……ええと、トラネス国のことはよく覚えていなくて」

「ふぅん。でも、アイドルという言葉は覚えていたと」

「……ええ。なんとなく、だけれど」


――まずい。自分が現代から転生してきたなんてバレたら、それこそ心の病扱いされて、ここまで築き上げてきた信頼関係がなくなってしまう。


「も……もしかしたら、夢で見た物語がごっちゃになっているのかも!」

「夢?」

「そう! 私は、アイドルっていう人たちをプロデュースする仕事をしていて、それでその人たちをデビューさせようって躍起になっていて……。私、昔からそういう夢を何回も見ていたのよ」


――このいい訳は、少し苦しいだろうか。

 ミネルヴァは、祈るような気持ちを込めつつ片目で見上げると、アレックスは頬杖をついたままやはりこっちをじっと見てくる。

「……よくわからないけど、でも、これだけは約束してほしい」

 アレックスはミネルヴァの人差し指を軽く握ってくる。

「もし、危ない目に遭いそうだったら、すぐに手をひくこと。オーケー?」

 指の太さの違いに、ドギマギしながらミネルヴァが「わかったわ」と答えると、アレックスはひどく優しい目でうなずいた。

 

……

 

 そして次の練習の日――。

 「すばらしい!」

 アレックスから渡された歌詞をダグラスは一読して、称賛の声をあげる。

「最初、ミネルヴァ様から草稿をいただいたときには、どうなることかと思いましたが、これなら大丈夫。きっと素晴らしい曲になります!」

「……余計な一言が入った気がするけれど」

 ミネルヴァが言うが、上機嫌なダグラスはその言葉には気が付かない。

「じゃあ、一度通して歌ってみましょう」

「ああ」


傷ついた羽を抱き とわの宵闇の中で 

かすかに響く あの声  かすかに残る ぬくもり


同じ景色の中で うつる空の色数え

手を伸ばしても届かない 震える指握りしめる


いつか 必ず 君の手をとると約束をした

いつか 必ず 一緒に羽ばたくと約束をした

 

 

――塔にいた日々を歌っている……。

 最初、ミネルヴァは、音楽のない世界のことを考えて作詞した。

 もちろんアレックスの心情を察しながら書いてはみたけれど、それでは全然足りていなかったのだ。


「……いい! いいわ!」

 ミネルヴァは、惜しみない拍手を送る。ニコニコと笑うダグラスの横で、アレックスは珍しく照れくさそうにする。

「アレックスにこんなに文才があるなんて知らなかった!」

 勢いのまま言うと、アレックスは、小さく指でミネルヴァの額をこづいてきた。

「俺は褒められて伸びるタイプなんだ」

「ふふ、ごめんなさい」


 少しずつ、形が見えてきて、みんなの心が軽くなのがわかる。

「ところで。朗読会の日取りだけれど。3週間後はどう? アンナの探りによれば、ルーヴル公が外遊でこの国を離れるらしくて。どうせならうるさい外野がいないときのほうがいいと思うの」

「異論はない」

「3週間後というと、ちょうど満月の頃ですね。素晴らしい!」

「朗読の題材は『アステル建国記』。誰もが知っている神話よ。この物語なら、きっと私たちの曲にも合うでしょ? 曲名は……そうね、シンプルに『翼の歌』で行きましょう」

「なるほど、さらに素晴らしい!」


「では」

 ミネルヴァは、さっと片手を斜め下に出すが、ふたりはきょとんとするだけだ。

「手をかざして」

 言われるままにアレックスとダグラスは、ミネルヴァの手の上に自分たちの手を重ねる。

「行くわよー。ファイトー!オー!」

 当然、「オー」と声を出すのはミネルヴァだけだ。

「オーのときに、一緒に声を出すのよ!」

「なんだよそれ」「わかりました!」

 ふたりの反応はまちまちだが、構ってはいられない。ミネルヴァはライブの前には気合を入れたいタイプなのである。

「行くわよ! ファイトー!」

「「「オー!」」」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ