26話 新曲の行方は
曲作りは難航した。
正確に言えば、曲のほうはいくらでも出来上がった。
しかし、歌詞がうまくいかないのだ。
ミネルヴァの、前世の国語の成績は3。感想文はあらすじを丸写しするタイプである。
「やれやれ」
ミネルヴァは涼しい夜風にあたろうと、パーゴラに置かれた椅子に腰かける。よくよく見ると、このパーゴラはモザイクのようなタイルが敷かれていて、どこかエキゾチックな雰囲気が漂う。
サマール族の血をひくアレックスがこの場所を気に入っているのは、この場所が母親のことを思い出させるからだろうか。
「ミネルヴァ」
「きゃっ」
ふと後ろから声をかけてきたのは、アレックスだ。
「アレックス。びっくりさせないでよ」
「すまない。俺の寝室からは、ここがよく見えるんだ。ランタンが灯っているから、もしかしたら君がいるんじゃないかと思って」
「ふうん。それで、ここがよくご令嬢たちとの逢引に使われていたのね」
軽く嫌味を言うと、アレックスは白い歯を見せて、ハっと笑う。否定しないアレックスに、ミネルヴァの胸はチクリと痛んだが、それにはあえて気づかないフリをした。
「また、詞を考えているの?」
「まあね。そろそろ仕上げないと、作曲家大先生に怒られるわ」
「見せて?」
アレックスが手を差し出すので、ミネルヴァはしぶしぶ持っているメモ書きを渡す。歌詞をじっと読み進めるアレックスのまつ毛に、ランタンの光が灯る。本当にどこまでも絵になる男だ。
アレックスは、そのままミネルヴァの考えた歌詞にメロディーをつけて鼻歌を歌う。
――やっぱり、いい声。
低いけれど、のびやかで甘い。ミネルヴァは、うっとりと聞きほれてしまう。
かすかな声でもこれだけ魅力的なのだ。もっと大きな声で歌ったら、どれだけ人の心を打つだろう。
傷つけられても あの歌は消えない
手を伸ばしても届かない それでも足は進んでしまう
「これ、あんたの気持ち?」
「え?」
アレックスは手にしたメモから目を離さずに言う。
「不思議だ。あんたが書いたのに、俺のことを代弁してくれてるみたいだ」
「そりゃ、あなたが歌うことを想定して書いたもの」
その答えは、実は半分は本当で半分は嘘だ。
ミネルヴァは確かにアレックスの気持ちを代弁して書こうとした。しかし、そこには自分の気持ちも入っている。
裏切られて、でも、結局それにすがりつくしかない……。
「ミネルヴァ、これ、預かっても?」
アレックスが、強い目でこちらを見返してくる。
「ええ」
「俺の歌だから、きちんと自分の思いがこめられるようにしたい」
その言葉は、ミネルヴァの心を静かに打った。
「アレックス、もちろんよ! 好きに変えてもらって構わないわ」
「いや、いいんだ。少し、手を加えたいだけだから」
思いのほか、アレックスも自分ごととして捉えてくれているのがわかり、ミネルヴァには嬉しくなる。
「そういえば」
アレックスは、そのままミネルヴァの横の椅子に腰かけて、至近距離で見つめてくる。
「前にアイドルって言ってたよな。歌って、踊って、夢を与える。そういう人たちのこと」
「ええ」
「トラネス国にはアイドルって奴がいっぱいいるのか?」
「……ええと、トラネス国のことはよく覚えていなくて」
「ふぅん。でも、アイドルという言葉は覚えていたと」
「……ええ。なんとなく、だけれど」
――まずい。自分が現代から転生してきたなんてバレたら、それこそ心の病扱いされて、ここまで築き上げてきた信頼関係がなくなってしまう。
「も……もしかしたら、夢で見た物語がごっちゃになっているのかも!」
「夢?」
「そう! 私は、アイドルっていう人たちをプロデュースする仕事をしていて、それでその人たちをデビューさせようって躍起になっていて……。私、昔からそういう夢を何回も見ていたのよ」
――このいい訳は、少し苦しいだろうか。
ミネルヴァは、祈るような気持ちを込めつつ片目で見上げると、アレックスは頬杖をついたままやはりこっちをじっと見てくる。
「……よくわからないけど、でも、これだけは約束してほしい」
アレックスはミネルヴァの人差し指を軽く握ってくる。
「もし、危ない目に遭いそうだったら、すぐに手をひくこと。オーケー?」
指の太さの違いに、ドギマギしながらミネルヴァが「わかったわ」と答えると、アレックスはひどく優しい目でうなずいた。
……
そして次の練習の日――。
「すばらしい!」
アレックスから渡された歌詞をダグラスは一読して、称賛の声をあげる。
「最初、ミネルヴァ様から草稿をいただいたときには、どうなることかと思いましたが、これなら大丈夫。きっと素晴らしい曲になります!」
「……余計な一言が入った気がするけれど」
ミネルヴァが言うが、上機嫌なダグラスはその言葉には気が付かない。
「じゃあ、一度通して歌ってみましょう」
「ああ」
傷ついた羽を抱き とわの宵闇の中で
かすかに響く あの声 かすかに残る ぬくもり
同じ景色の中で うつる空の色数え
手を伸ばしても届かない 震える指握りしめる
いつか 必ず 君の手をとると約束をした
いつか 必ず 一緒に羽ばたくと約束をした
――塔にいた日々を歌っている……。
最初、ミネルヴァは、音楽のない世界のことを考えて作詞した。
もちろんアレックスの心情を察しながら書いてはみたけれど、それでは全然足りていなかったのだ。
「……いい! いいわ!」
ミネルヴァは、惜しみない拍手を送る。ニコニコと笑うダグラスの横で、アレックスは珍しく照れくさそうにする。
「アレックスにこんなに文才があるなんて知らなかった!」
勢いのまま言うと、アレックスは、小さく指でミネルヴァの額をこづいてきた。
「俺は褒められて伸びるタイプなんだ」
「ふふ、ごめんなさい」
少しずつ、形が見えてきて、みんなの心が軽くなのがわかる。
「ところで。朗読会の日取りだけれど。3週間後はどう? アンナの探りによれば、ルーヴル公が外遊でこの国を離れるらしくて。どうせならうるさい外野がいないときのほうがいいと思うの」
「異論はない」
「3週間後というと、ちょうど満月の頃ですね。素晴らしい!」
「朗読の題材は『アステル建国記』。誰もが知っている神話よ。この物語なら、きっと私たちの曲にも合うでしょ? 曲名は……そうね、シンプルに『翼の歌』で行きましょう」
「なるほど、さらに素晴らしい!」
「では」
ミネルヴァは、さっと片手を斜め下に出すが、ふたりはきょとんとするだけだ。
「手をかざして」
言われるままにアレックスとダグラスは、ミネルヴァの手の上に自分たちの手を重ねる。
「行くわよー。ファイトー!オー!」
当然、「オー」と声を出すのはミネルヴァだけだ。
「オーのときに、一緒に声を出すのよ!」
「なんだよそれ」「わかりました!」
ふたりの反応はまちまちだが、構ってはいられない。ミネルヴァはライブの前には気合を入れたいタイプなのである。
「行くわよ! ファイトー!」
「「「オー!」」」




