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25話 バートラムの協力の条件とは

 グリーン家は、宮殿に比べれば豪華ではないが、美しく洗練された邸宅だった。

「こちらへどうぞ、ミネルヴァ様」

 バートラムが、腰をかがめてサロンへと案内してくれる。

 首をかしげるたびに、長い髪が揺れるのは、自分がどう見えるかを計算してのことなのだろう。今のところ、食えない男、というのがミネルヴァのバートラム評である。

「ありがとう」

 

 グリーン家のサロンは、深いグリーンとブラウンで統一された落ちついた空間だ。

 空間としては8畳ぐらい。6角形のような形をしていて、背面の3面には大きな窓が張り付けられている。シャンデリアは中央にひとつ。舞台にするなら、やはり窓際のスペースだ。最初はカーテンを引いて、歌とともにカーテンを開けて登場を印象づけたい。ピアノはもちろん運ぶことはできない。音源はどうすればいいだろう……。


 ミネルヴァは、あれこれと考える。

 思えばロージアの最初のライブもこのぐらい小さなステージだった。小さな街の夏祭りの特設ステージで、割り当てられたスペースは2畳ほどの空間。


――まったく、私って変わらないわね。

 生まれ変わっても、同じようなことをしている自分にあきれてしまう。

 

「ミネルヴァ様」

 いつの間にか、バートラムがテーブルにティーセットを用意してくれている。

「ひと息どうぞ」

「ありがとう」

 アンナが淹れた紅茶も美味しいが、バートラムが手ずから淹れてくれたお茶もなかなかだ。

「グリーン家の当主様とはご挨拶したほうが良いかしら? たしか、お兄様がいらっしゃると聞いたけれども」

「父は隠居しておりますので、現当主は兄ですが、1年の半分は商談のために留守にしております。いわば私が当主代行ですね。とはいえ、この町の民は根っからの商売人です。商工会が強いので、私など何もすることはない」


 確かに町には活気があった。しかしこの抜け目なさそうな男が、本当に何もしてないとは思えない。きっと町の発展の影には、グリーン家の暗躍があるのだろう。

「それから、こちらもどうぞ」

皿の上には、粉砂糖のかかったお菓子がのっている。

「レモンカードの入ったブリオッシュ、です」

「わあ。美味しそう! いただきます!」

バートラムは、前の椅子に座って、ブリオシュを頬張るミネルヴァをじっと見つめる。

 少しだけ、空気が変わるのがわかった。

「それで?」

「それでって?」

「……あなたの目的は何ですか?」

「……目的?」

「そう。今や見捨てられた皇太子をまつりあげて、アイドルとやらにしたてあげて。一体どうするおつもりですか?」


 正直、そんなこと、考えたこともなかった。そもそもこの国の政治的なことなど、ミネルヴァにわかるはずもない。ミネルヴァは、ただ昔も今も、自分のやりたいことをやっているだけなのだ。

「……考えたことなかったわ」

「そう」

バートラムが、目を細めて「それなら結構」と言う。底冷えのするような冷たい瞳だ。

「ニコライ陛下がいつまでも結婚しないのは、いずれアレックスに帝位を譲るつもりだという話があります」

「お兄様が?」

 バートラムは軽く頷く。

「おやさしいニコライ陛下の考えそうなことです」

 確かに、パーティーでの他国のアピールぶりを見れば、ニコライに縁談の話が山のように舞い込んでいるのはわかる。そして、それをかたっぱしから断っているであろうことも、うすうす気づいていた。


「あなたは?」

 今度はミネルヴァが聞く番だ。

「あなたが私たちに協力するのは、アレックスに権力を戻したいから?」

 バートラムはまた、狐のような笑みを浮かべる。

「どうでしょう」

「違うの?」

「……政治的に利用された哀れな人形と揶揄されていたあなたの評価は、間違っていたようですね」

 やっぱり、そんな風に言われていたのか。それを臆面もかくさず自分に言う根性は、見上げたものだ。


「……わが町をご覧になりましたよね。どういう印象をお持ちに?」

「どういうって……。すごく栄えていたわ。食べ物もおいしかったし、お店もにぎわっていた」

「なんの店が目につきましたか?」

「なんのって……八百屋や魚屋、スイーツショップ……それから、武器屋?」

 バートラムが頷く。


「この町は、古くは楽器の産地でもありました」

「え!?」

「でも、もう楽器店はひとつもありません。楽器の材料となる良質なウォールナッツ、それから貴金属は、そのまま良質な武器にもなります」

 ミネルヴァは、通りにあった武器屋を思い出す。確かに無骨な武器屋にはにつかわしくない、クラシカルな店構えだった。あれは、もともと楽器の工房だったからなのだろう。

「音楽が禁止されて、楽器屋が武器屋に鞍替えしたってこと?」

「ええ。しかも、それを奨励したのはルーヴル公です。楽器工房が鞍替えしやすいようにと、ここ10年、武器屋の開業には法人税がかけられていないのです。

 国に武器を治めれば自治領への納税は免除されるというのだから、わが街の収益は減益の一方。職をなくした工房への救済措置と言う名目なのだから、意義を唱えることは許されません。おまけに、ルーヴル公は輸出が禁じられている武器を秘密裡に横流しすることで富を築いておられる」


「どうして捕まらないの? 普通、他国に武器を横流しするなんて、反逆罪になるでしょう?」

「証拠がありません。いや、正しく言えば、証拠を集めていたわが家中のものは何者かによって亡き者にされました」

「そんな……」

 ミネルヴァは思わず、口元を押さえる。

 逆を言えば、何か抑えられてはいけないものがあったということだ。

「店を問いただすことはできないの?」

「武器屋は商売として、買いたい人間に武器を売っているだけ。それがなければ彼らの生業は成り立ちません。売ったものがどこに行くかは、彼らにはなんの責任もない」


 バートラムは続ける。

「ですが、平和的な解決法がひとつだけ」

「何?」

「楽器店が戻ればいい。武器屋なんて必要がないのです」

「だから……音楽があればいいと、協力してくれるのね」

「ご名答。美しい街にはふさわしい特産品が必要です」

「もう一度、聞くわ。アレックスに、権力を戻したい?」

「それは、どちらでも。アレックスにはアレックスの自由がある」

 その答えはミネルヴァの気に入った。


 アレックスをアイドルにし、この世界に音楽を取り戻し、武器屋を楽器屋に戻す。

 しだいに、目標が大きくなって、背筋が興奮でぞくぞくとしてくるのがわかる。

  

 ミネルヴァは、熱にうかされたように右手をさっと差し出す。

「バートラム・グリーン。プロジェクトへようこそ。手を組みましょう」

 バートラムは、一瞬、鳩が豆でっぽうを食らったような顔をした後、またすっと目を細めてミネルヴァの手を、思いのほか、強く握ってきた。

 

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