24話 バートラムからの招待
数日後、バートラムから招待があった。
朗読会の前に、どういった場所で何ができるのかを一緒に考えてくれるらしい。ニコライには内々で外出許可を取り、ミネルヴァはアンナだけを伴ってバートラム邸に出かけることにした。
バートラム家は、宮殿からは数キロ離れた港町の近く。もと商家ということもあり、その領地はかなり栄えた場所にあるらしい。
「だんだん町が見えてきました。ミネルヴァ様」
自分の家の馬車で迎えに来てくれたバートラムが、窓の外を指さして教えてくれる。眼下に見えるのは、キラキラと光る水平線とそれを取り囲むように建つテラコッタ色のレンガ造りの家。この町の特徴だろうか、屋根は鮮やかな青で統一されている。
「可愛い街!」
「フィナンスの街です。わが兄が総督を務めております。小さいけれど、治安も良く、商売も盛んな街ですよ」
「名物はレモンカードをたっぷり入れたブリオッシュのようですね」
実は甘党のアンナが豆知識を言ってくる。
馬車は街の入り口に止まった。
「邸宅までは近い。ちょっと散歩していきましょう」
バートラムが手を差し出すので、ミネルヴァは「喜んで!」と言ってそこに手を乗せた。
街は、にぎわっていた。
メインストリートには、魚や野菜、ジャムや花などを売る屋台が並び、たくさんの人が行き来している。まるでアメ横のような賑わいだ、と思い、ミネルヴァはふっと現代が懐かしくなる。
「ミネルヴァ様、こちらをどうぞ」
バートラムが大きな花束を渡してくる。
「わ!いい香り」
「ユリの花です。白ユリはフィナンスの名産で、わが家の紋章にもなっているんです。それからこちらもどうぞ」
バートラムが、次いで小皿を出してくる。皿の上にはピックにささった生魚だ。
「生で食べるなんて!」
アンナが顔面蒼白になって言ってくるが、ミネルヴァは気にしない。
「おいし~♡」
白身の魚は程よい歯ごたえがあり、真鯛のような食感だ。
「この世界でも生で食べる習慣があるのね」
ミネルヴァはつい「この世界」と口に出してしまうが、その言葉は2人は届かなかったらしい。
「この街で採れたハーブのソースをかけております。前菜にぴったりでしょう?」
「ええ!最高! ワインにも合いそう」
「それならこっちはどうだい、お嬢さん!」
声をかけてきたのは、ワインを樽で売っている屋台のおじさんだ。ミネルヴァは、遠慮することなく、花束を抱えながら試飲のグラスをもらう。
「フルーティで飲みやすい~!おじさん、ありがとう~!」
「こっちはいかがですか?」
今度は、小さいイイダコを炭で炙ったもの。こちらもプリっとした食感と炭の香ばしさがたまらない。ナイフとフォークで食べるコース料理もおいしいけれど、やっぱりこういうのも格別だ。仕事帰りに引っ掛けた新橋のガード下を思い出す。
「何ここ、天国?」
思わず、素に帰ってしまう。
「フィナンスの街はもともと漁港なんです。だから魚介が新鮮でおいしい」
「ぼっちゃん、こちらの美女は新しいコレかい?すみに置けないねぇ」
屋台のおじさんが小指を立てて言うと、「ええ、僕の大事な人なんです」とバートラムも笑顔でうそぶく。
その言葉に顔を赤くするほど、ウブではない。ミネルヴァはどんどん先へと進んだ。
「あ、あれは何?」
ふと、鳥や蝶、ハムスターのような小動物を売っている屋台で足をとめた。
ランタンのようなガラスのケースに、何匹かの小さな青い虫が入っている。
「あれは浜ホタルです。この街の海沿いに生息するホタルの一種ですね。
川ボタルと違って夏から晩秋までと楽しめる時期が長いので、愛好家も多いんです。砂糖水や果汁を与えておけば、1~2週間は生きますよ」
「へえ。変わってるわね」
「さ、行きましょう」
バートラムに続いて屋台街を抜けると、今度はたくさんの商店が並ぶ繁華街だ。服飾店に銀行、雑貨店、それからのんびりとした街ににつかわしくない武器店が数店舗並んでいる。
しかし、音楽が規制されているといえども、とくに暗い雰囲気というわけでもなく、以前、キアヌの街で見たような衛兵の姿が目だつわけでもない。庶民はごく普通の生活を営んでいることに、ミネルヴァは幾分ほっとした。




