23話 リアムのつれない返事と新しい協力者
「答えは、ノー」
必死の説得にもかかわらず、リアムの返事はすげないものだった。
思ったよりも音楽を失ったトラウマは根深いのだろうか。幸い、アイドル活動をしようとしていることは黙ってくれるというけれど。
アレックスは「こんな奴いれる必要ない」なんて言っていたけれど、もしリアムが入ってくれたらファン層もぐぐっと広がったはずで、ミネルヴァは内心あきらめきれないでいた。
――しょうがない。リアムとのデュオも捨てがたいけど、当面はアレックスのソロプロジェクトで行くことにしよう。
ミネルヴァはいったん気持ちを切り替えると、アンナを自室に呼んだ。
「はい、ミネルヴァ様」
アンナは何も言わないが、おそらく自分が何を企てているのかは気づいているだろう。にもかかわらず、黙ってこちらのリクエストに応えてくれる。彼女はもはや侍女というより有能な秘書だ。
「アンナ、私も朗読会に興味があるの。どうすればいいのか教えてくれる?」
「そういうことでしたら……」
と、そこで呼ばれたのは、シュゼット嬢とサラ嬢だ。
「ふたたびご招待にあずかるなんて、光栄ですわ!」
「本当に。またぜひお話ししたいと思っていましたの」
シュゼット嬢はいつも鼻息が荒いし、サラ嬢はおっとりとしているし、なんて良いコンビだろう。
「私、最近朗読会に興味があって。どうやって主宰や参加ができるのか、お聞きしたいと思ったの」
ミネルヴァが言うと、2人はキャーッと甲高い声をあげる。
「ミネルヴァ様!ぜひぜひご参加ください」
「そろそろ開かれる頃ですの。招待があれば、連絡いたしますわ」
「招待があれば……って、こちらからは主宰はできないの?」
そうミネルヴァが言うと、2人はふたたび顔を見合わせる。
「そうですわね。普通は貴族の男性が自ら主宰して、参加メンバーと招待メンバーを決めるんです」
「女性から声をかけるのは、はしたないこととされていますの」
「……なるほど」
手詰まりになってしまった。もし、アレックスが最初に歌を披露するなら、朗読会でゲリラ的にコンサートを開くしかないと思っていたのに。
ミネルヴァは少し考え込む。
「あの、どうしてもミネルヴァ様が開きたいのであれば、リアム様に開いていただくようお願いすることはできないのですか? ミネルヴァ様はとても仲が良いように見受けられますけれど」
おずおずとサラが言う。そういえば、サラはリアムが好きだと前回のお茶会で言っていた。しかし一度ノーと言われたからには、リアムにこれ以上お願いすることもできない。
「リアムにはそこまで甘えられないわ」
「そうですか」
ミネルヴァの言葉で、サラが少し安心したような表情を見せたのは気のせいではないだろう。
……
それなら。
「私が、朗読会を主宰ですか?」
話を聞いた長髪の青年、バートラムが目を丸くして言う。理知的なイメージがあったが、こんな表情もするのかと新鮮だ。
いつも会議のあとに庭園の小路を横切ると優秀なスパイにもなるアンナに聞いて、がっちりそこを捕まえた。隣にいるアレックスもバートラムの肩を抱いて、逃げられないようにしている。
もとより口が堅い男であるというのは、アレックスのお墨付き。ミネルヴァは、この計画にバートラムを引き入れることにしたのだ。
「この活動を知っている貴族は、ダグラスとリアムぐらいなの。でもダグラスは父親に知られたりしたら、きっと手を引かせられてしまう。それにリアムの協力はあおげなくて」
「そして、その朗読会で、アレックスがアイドルなる活動のスタートを切る、と」
バートラムがゆっくりかみ砕くように言う。
「そう! 最初は音楽と言っても、メロディーに乗せて言葉を発するだけ。もしバレたときでも、朗読といえば騙せるぐらいの楽曲を考えているわ」
「ふ……む」
それに、バートラムの住む屋敷は、宮殿からはかなり遠い。
皇太后に近いルーヴル公とは貿易権をめぐって対立関係にあり、交流がほとんどないのも好条件だ。
「おもしろい」
バートラムはニヤリと不適な笑みを浮かべ、「その話、私にもかませていただきましょう」と言って立ち去った。
バートラムが去ると、アレックスが「あいつ、何か企んでるな」とつぶやく。
「企む?」
「ああ。バートラムはこっちの言うことは聞いてくれると思っていた。なんせ奴は現実主義者だから、俺や皇帝の妹であるミネルヴァに恩を売るのは悪くないと考えるはずだ。でも、あれは、それ以上のことを考えている顔だ」
ミネルヴァは、先ほどのバートラムの顔を思い出す。
たしかに目だけを細めて、口元だけは笑顔を浮かべて、化け狐のような底の見えない笑みだった……。
一瞬、ブルっと寒気がする。
「ただ。奴は裏表はないんだ。そこだけは安心していい」
皇太子から身分をはく奪されたアレックスのことだ。きっと裏表のある人物たちとたくさん会ってきたのだろう。
「バートラムは、新興貴族よね。どこで知り合ったの?」
「バートラム家は、もともと商家だからな。計算や隣国情勢に強いんだ。それでバートラムの長兄が、塔から出されたばかりの俺の家庭教師として雇われたというわけ。15歳から18歳まで一緒に学んだ、いわばご学友というやつさ」
アレックスが、ごくたまに見せる無邪気な顔で笑う。
今より若く、塔から出されたばかりのアレックス。きっとバートラムは、孤独なアレックスの最初の友人になってくれたのだろう。
――アレックスのこと、もっと知りたい。
ふとそんな考えが頭をもたげるが、それは個人的な興味ではなく、あくまでマネージメント側の事実確認だと自分に言い聞かせる。
「……アレックス、12歳から塔に入れられたのよね。その、塔ではどんな生活を?」
きっと、思いつめた顔をして聞いていたのだろう。アレックスが「ハハッ」と軽く笑って、ミネルヴァの眉間あたりを指で伸ばしてくる。
「そんな顔をするまでもない。きちんと絨毯がひかれて、ベッドのある部屋だよ」
まず、その言葉にミネルヴァは心底安心する。
「もちろん自由に出ることはできないけど、本を読んだり、湯あみをしたり、食事やお茶だって普通にできた。……ただ」
いつも艶めいているアレックスの瞳から光が消える。
「退屈だった。籠の中の鳥はこんな気分なんだなって。最初は、毎日毎日、夜が来るのを数えたけど、それも600日目でやめた」
食う寝るには困らない監獄。それが、どんなに精神を削っていくのか、想像に難くない。
「でも、そのうち警備兵の何人かと仲良くなったんだ。警備兵なんてつまらない仕事だから、彼らはだいたい下っ端で、遠い異国の血が入っている奴らもいた。彼らの故郷の歌を歌ってやると、ひどく喜んでいたっけ。バレて、飛ばされた奴もいたけど……」
牢獄のような孤独な塔で、同じように孤独な兵に歌っていた。
だから、アレックスの歌声は涙が出るような切ない響きがあるのだろう。
「だから、俺は口が悪いってわけ」
最後に皮肉な笑顔でそう締める。
「いい話ね」
ミネルヴァが言うと、アレックスは「どこが?」と鼻で笑った。




