22話 初めまして!元旦那様
開港記念のパーティーには多くの国賓が来ているが、音楽がないから、ダンスもないし、ほとんど立食パーティーだ。幸い、宮殿の料理長の腕前はなかなかなので、みんな喜んでセイボリーやプティフールを楽しんでいる。
ニコライが会談とやらで席を外しているので、ミネルヴァもしかたなくテーブルの前に陣取って、スイーツを堪能することにした。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」
ひそかに指先を動かしていると、ふと横に嫌な気配がする。
「ミネルヴァ」
「ゲッ・・・…」
トラネス国のバカ王子。出かかった言葉を言わなかった自分をほめてほしい、ミネルヴァはそう思う。
「ずいぶん雰囲気が変わった。最初会ったときは、誰かと思ったよ」
「そ、そうかしら? まぁ、いろいろあったから」
表情を読まれたくなくて、口元を扇で隠す。
「……辛い思いはしてないか?」
その手元を急に握られて、ミネルヴァは肌が泡立つのを感じた。別れた女がいつまでも自分のことを思っていると勘違いする、よくいるキモ男だ。しかしながら、相手は隣国の王子。無下にすることもできない。
と、そこへ、アーネストの現妻であるベルがグラスを片手に戻ってきた。
「あら、そこにいらっしゃるのは……ミネルヴァ様?」
さっきはよく見ていなかったが、ベルときたら、ものすごい肉感あふれた女性だ。ゴージャスな紫紺のドレスのビスチェからは、ほとんど胸の半分が見えている。ミネルヴァは、残念ながら華奢な体系で、残念ながら胸も現世のミナホと大差がない。これはアーネストが惹かれるのもわかる気がする。
妙に納得して眺めていると、ベルはこれみよがしにアーネストの腕にまとわりついた。
「倒れたと聞いていたので心を痛めておりましたの。もうお加減はよろしいの?」
「ええ、おかげさまで。……ベル様もお元気そうで何よりです」
――早くこの場を立ち去りたい。
「うふふ。今日は久々にアーネストさまと二人の外遊ですもの。新婚時代に戻ったみたいで、気分が華やいでいるみたい。留守番している王子が寂しがって泣いていないといいんですけど」
どうやら見た目通り、性格も下品な女らしい。子どもを生めずに国に返された元妻にとって、これほど辛い一言はないだろう。しかしながら、今のミネルヴァにはちっとも響かない。
「あら、久しぶりの外遊なんですね。どうりでドレスも大張り切りでいらっしゃる」
――これぐらいの嫌味なら許されるだろう。
ミネルヴァが笑顔を張り付けたまま言うが、相手もまったくひるまない。
「でもこのドレス、見てくださる? せっかく流行りのデザインで新調したというのに、首元が寂しいでしょう? このドレスに映えるサファイアのネックレスは泥棒猫に奪われてしまったの。とってもお気に入りだったのに」
首元が寂しいと言いながら手でぎゅっと胸元を押さえるので、豊満な胸がはみ出てまったく寂しそうではない。
そして、サファイアのネックレスと言えば、あのミネルヴァのドレッサーにあったネックレスのことだろう。ミネルヴァからトラネス王太子妃の立場を奪った泥棒猫はそちらの方だと言うのに、なんという言い草だ。
頭が爆発しそうになるが、外交問題になっても大変だし、嫉妬に狂った哀れな前妻と思われるのも癪だ。おまけに、周囲を見渡せば、暇な貴族たちの好奇の眼差しまでヒシヒシと感じられる……。
と、そこへ、「ミネルヴァ」と入ってきたベルベッドのような声。
「アレックス」
「おや、こちらのお美しい女性は?」
アレックスは、ミネルヴァの方をあえて見向きもせずに、近づくや否やベルの手をとり、甲にキスをする。しかもいつもよりも長めにキスをして、上目遣いでベルの瞳をじっと見るというサービス付きだ。
「……私は、トラネス国のベルと申します!」
効き目は抜群。ベルの声の上ずりからも興奮状態がわかる。
「トラネスにはこんなにセクシーな女性がいるなんて。僕ももっと若い頃に遊学しておくべきでした」
アレックスは手の甲を指でそっとなでながら、ベルに言う。
「おい、お前! トラネスの王太子である私の妃に対して失礼だぞ」
アーネストがあせって口を出してくる。
「これは残念。ご主人がいらっしゃったんですね」
アレックスがぱっとベルの手を離すと、ベルはあからさまに残念な表情をした。
「ええと、アーネスト様。アレックスは私の従弟なの」
どこまで国の事情が知られているかはわからない、ミネルヴァはあたりさわりのない紹介をする。
「今のところはね」
そしてアレックスは、今度はアーネストに見せつけるようにミネルヴァの肩を抱き、こめかみあたりにキスを落とす。自分を助けるために一芝居売ってくれているのだろうが、それにしてもプレイボーイの本領発揮に素直に感心してしまう。
アーネストを見ると、怒りなのか驚きなのか、顔面が蒼白だ。
と、そこへ。
「ミーナ。こんなところにいたんだね」
アステル国を代表する美男子がもう一人。リアムはベルには目もくれず、ミーナの手をとる。右にアレックス、左にリアム。まさに両手に華だ。
「誰、こちらの小柄な殿方は?」
「……ぷっ。そりゃ確かにあなたたちよりは小さいけれど」
思わずミネルヴァも口に出して言ってしまう。アーネストは今度は顔が真っ赤だ。
「トラネス国のアーネスト様よ。私の元旦那様」
「ふうん。こんな男と結婚していたんだ」
リアムは興味なさそうに言うと、ベルを失礼なほどに見つめる。ベルは急に現れた美青年2人にあっけにとられているようだ。
「……素敵な趣味だね」
あまりに奇麗な笑顔で言うから、ベルにはそれが嫌味なのか褒め言葉なのかわからなかったらしい。アーネストの方を見ると、怒りで唇がふるえている。これは、そろそろ離れたほうがよさそうだ。
「ええと、パーティーは久しぶりなの。そろそろ足が痛くなってきてしまったわ。……これで、失礼させていただくわね」
ミネルヴァはアレックスとリアムの腕につかまったまま、その場をそそくさと離れた。
……
「はあ~。すっきりした」
人気のないバルコニーに出て、ミネルヴァは大きな声を出した。
「ありがとう、アレックス、リアム」
「別に。面白そうだから手を貸しただけだ」
「ミーナが困っているならいつだって駆けつけるよ」
アレックスとリアムは、ふたり同時に話し出す。さすが幼馴染、不思議と息が合っているようだ。
「でも、あとで面倒なことにならないかしら? 相手は隣国の王子様でしょう?」
「それは大丈夫だよ。そもそもアステルとトラネスでは立場が違う。ニコライ様は、ミーナが自国に返されるとき、莫大な結納金の返納とトラネス国内の主要道の通行証と関税の免除を求めたんだ。
それに今度は新しい港ができたろう? トラネス国は内陸地だからね、自分たちの特産品を海の外に広げるために、アステル国の港の使用権が喉から手が出るほどほしいんだ。ただでさえ、皇帝の妹君を粗末に扱ったんだ。アステル国には頭が上がらないはずさ」
ニコライは妹の離縁の慰謝料代わりに、自由にトラネス国でも商売できる権利を手に入れたのか。やはり食えない性格だ。ミネルヴァは、ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべる兄がタヌキのように思えてくる。
「ところで」
せっかくアレックスとリアムが揃っているのだ。話したいことはたくさんある。
「おばあ様のことだけど。いつもあんなに話さない方なの?」
「まあね。だから問題ないと言っただろ」
「前皇帝が倒られてからは、ひとりで国政を執られていたんだ。なかなかの女傑でいらっしゃることは間違いないよ。でも今は、表舞台にはニコライ様がいらっしゃるからね。影の権力者というところかな」
「なんだか石像と向き合っている気分だったわ」
「おばあ様が石像?」
ミネルヴァがこぼすと、アレックスが口を手で押さえてクックッと笑う。
「昔はやさしい方だったんだけどね。……石像とは、そいつはいい」
よほど気に入ったのだろう、アレックスの笑いはなかなかとまらない。
「それからルーヴル公はどんな方なの?」
「ルーヴル公は、長いことおばあ様の片腕を務めている。家柄もいいし、20年前はアステル国一の美男子。それから、貿易センスもあるから、最近はだいぶ隣国との交易で儲けているという話だ」
「……私の従兄と聞いているけれど。なんだか不気味な雰囲気の方だったわ」
「なかなか鋭い。ルーヴル公は相当あくどいこともやっているし、国政の汚れ役を買って出ている。
たとえば……」
「8年前の焚書を主導したのは、ルーブル公だと言われているよね」
アレックスの言葉を引き継いで、リアムが言う。
「ミネルヴァはトラネス国にいたし、アレックスもその頃はまだ北の塔にいた。だから、ふたりは焚書を実際には見ていないよね」
「ええ……」
「あの時、ルーヴル公は、率先して楽器を投げ捨てていたんだ」
「リアム……」
「口元には笑みまで浮かべてさ」
リアムが苦々しい顔で言う。シルバーの眉毛をひそめたその表情まで美しい。やはりリアムは、音楽を失ってからの世界に憤りを感じているのだ。
――どうしてもリアムを取り込みたい。
「ねぇ、リアム。私の話を聞いてほしいの」
ミネルヴァは口を開いた――。




