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21話 皇太后と会いたくない招待客

 そして一か月後。開港記念パーティーの日がやってきた。

 いつかのパーティーと同じように、朝からニコライが自分の元を訪れる。


「やあ、ミネルヴァ、今日も美しいね!」

「ご無沙汰しております。お兄様」

 ニコライとは、あの日の食事会以来、顔を合わしていなかったし、ミネルヴァも連絡を取っていない。ミネルヴァはまだ何も話す気はないし、ニコライも聞く気がないだろう。

「緊張している?」

「ええ、少し」

 ニコライが腕を差し出すので、ミネルヴァはそっと手をかける。

 

 今日のドレスも、いつもの通りアンナの見立てだ。光沢のあるアイボリーのドレスには、フロントにロイヤルブルーの大きな切替が入っていて、新しい港にふさわしく爽やかで清々しい。儚い印象を与える栗色の細く長い髪は、高く結い上げてすっきりと凛とした雰囲気に仕上げている。


 ニコライは、ドレスアップしたミネルヴァを上から下まで見まわして、にっこり笑った。

「今日は、突然脱がないでくれると嬉しいな」

……どうやら、前に庭で突然ドレスを脱いだ噂は、皇帝の耳にも入っているらしい。

 

 長い回廊を歩きながら、ミネルヴァはニコライに話しかける。

「今日は、皇太后様がいらっしゃると聞いています」

「うん」

「どんな方なのですか?」

「そうだね。厳しい方ではあると思うよ」

「それから?」

「正しくあろうとする方でもある」

 厳しく、正しい。そんな人でも音楽を廃し、孫を幽閉するのか。

 考えに固執して、偏屈になってしまうタイプなのかもしれない。ミネルヴァの顔は、少しひきつる。


「……あ」

と、ニコライが、何かを思い出したかのように抜けた声を出す。

「言い忘れていたんだけど、今日はトラネス国のアーネスト皇太子もお呼びしているんだ」

「え!」

 アーネスト皇太子といえば、自分の元夫ではないか。自分は見たことも会ったこともない夫だけれど、ミネルヴァを捨てて他の女との間に子どもまで作った最低男だ。


ーー強敵であろう皇太后に謁見するのだけでも緊張するのに、元夫まで!


「なんで、そんな奴をお兄様は招いていらっしゃるの?」

「まあまあまあ。覚えていないんだから、いいじゃない。トラネス国は大事な貿易相手でもある。君を捨てたクソ男の顔をとっくりと見てやるといいよ」

 ニコライは、はははっと笑った。


 秋の宮殿につくと、従者に促されて大ホールの上座に向かう。

 中央には濃紺のベロアが張られた玉座。手前には、本来は王妃が座るべきであるミネルヴァ用の椅子。そして奥の椅子には、すでに重厚なゴブラン織りのドレスを身に着けた年配の女性が座っているのが見える。ただ座っているだけなのに、そこだけ重い空気が漂っているようだ。


 腕に力が入ったのがわかったのか、ニコライがミネルヴァを見て「大丈夫」というように優しく頷く。

「おばあ様。ご機嫌麗しゅう。お変わりはありませんか?」

 ニコライが正面に立って言うと、皇太后は扇で口元を隠し、目線だけでこちらを見る。

 チラっと見られただけでも、ピリっとした緊張が走る。思ったより小柄なのに圧倒的な威圧感だ。


ーー誰が「ただのばあさん」よ。

 アレックスの言葉をミネルヴァは苛立たしく思い出す。

 皇太后は白髪交じりの美しいグレーヘアを大きく結い上げて、年の割に肌艶は悪くない。息子二人亡くしてもなお毅然としているのは、皇太后たる所以だろうか。おそらく昔は美女だったことだろう、緑がかった瞳はどことなくニコライにも自分にも似ている気がする。

「ありがとう。変わりはありません」

ミネルヴァも膝を折って、最大限の敬意をしめすお辞儀をする。

「おばあ様、ミネルヴァが戻りました」

 皇太后がじっとこちらを見つめ、そして一言。「苦労をかけました」とだけ言ってパチンと扇を閉じた。と同時に、こちらに対する興味も閉じられたのがわかる。


 ニコライが促すので、そのままミネルヴァはひとつお辞儀をして席に着く。思わず、ふうっと大きく息を吐いてしまったのは、やはり緊張していたからだろう。皇太后を前にしたら、怒りや恐怖を感じるかと思っていたが、不思議と親しみの方が大きく感じられたのはやはりミネルヴァに流れている同じ血のせいなのか。

「アレックスは並ばないのね?」

「ああ。王座側に席は用意されてはいないんだ。おばあ様の意向でね。

でもそのうち姿を見せると思うよ」


ーーふうん。やっぱり皇太后はアレックスに対しては嫌な感じではあるのね。

 ミネルヴァがぼんやり考えている合間にも、国賓の皇帝への挨拶は続く。

「ミネルヴァ……。もうすぐアーネスト様の番だよ」

 ニコライの小声で、ようやくミネルヴァははっと正気を取り戻した。

ーーまったく、次から次へと!


「トラネス国王太子アーネスト様と王太子妃ベル様でございます」

 目の前に立ったのは、ブラウンヘアの釣り目の青年。ハンサムと言えなくもないが、日頃アレックスやリアムを見ているミネルヴァからしてみればたいした顔でもない。目線はヒールを履いた自分よりも少し低いぐらい。残念ながらスタイルもいまいちだ。

 ミネルヴァは頭からつま先まで、つまらなそうに目を向けた。

「ご無沙汰しております。皇帝陛下。それから……久しぶりだね、ミネルヴァ」

「ええ」

 何と言っていいかわからないまま、生返事をすると、アーネストは眉をひそめていぶかしげな表情をする。


ーー残念ながらこちらの王子は売れそうにないわ。

 興味がなさそうなミネルヴァを見て、ニコライは苦笑する。

「わざわざお越しくださり、ありがとうございます。今日は過去の遺恨を忘れて楽しんでいただけますよう」

 ニコライが威圧的に言うと、アーネストは小さく「はい」とだけ言って、王太子妃に引きずられるようにして王前を後にした。


 ふと奥の席を見ると、すでに皇太后は席を立とうとして、グレーヘアの男性に体を支えられている。おそらく大臣級の貴族だろう、男はそちらを見ているミネルヴァに対し、軽く目を閉じて挨拶をする。笑みを浮かべているのに、能面のように本心は見えない。


「お兄様、あちらのロマンスグレーの貴族はどなた?」

「あれはルーヴル公。年は向こうがずいぶん上だけど、僕らの従兄にあたる」

 では、あれがマーガレットの父親か。なるほど、年はいっているが、ナイスミドルではある。

 ミネルヴァは、彼の慇懃無礼な紳士ぶりが、なんとなく気になった。

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